第8話
「……部長。よろしいでしょうか」
ダンジョン内。タングステン・グリズリーがいる特設エリアへと繋がる『水晶の部屋』から、最も近い安全エリア。
そこにはミリオネアが用意した数多くのモニターや、配信用の機材が並べられ、簡易的なベースキャンプが構築されている。
一之瀬ウェポンズの新任開発部長である霧島康臣は、腕を組んでメインモニターを見上げており……。
そこへ、公園で運転手を務めていた男が、青ざめた顔で耳打ちをしてきた。
「なんだ。もうすぐ生放送が始まるというのに」
「先ほどの公園での忠告が気になり、直前の機材チェックの際、剣崎君の大剣の鍔にセットされたスチールの波長を記録したのですが……」
男は声を潜めて、霧島に言った。
「あれは虹色ではありません。表面に特殊な光沢コーティングを施しただけの『白銀』です。市販品ですよ。剣崎君の出力でウチの剣を振れば、数発で限界を迎えます」
「……なんだと?」
霧島の眉がピクリと動く。
視線の先、モニターの端には、顔面蒼白で両手を組んで祈っているミリオネアのマネージャー、美澄涼花の姿があった。
(……なるほど、そういうことか。見栄のために予算をケチったか、あるいは使い込んだか。愚かなガキだ)
だが、問題はそこではない。
今すぐ放送を中止して大哉を止めれば、腕が吹き飛ぶことは回避できる。
しかし、全世界の注目を集めたこの『ミリオネア・ラウンドの重要作戦』を直前でドタキャンすれば、スポンサーである一之瀬ウェポンズの株価にも影響が出るし、何より新任部長としての自分のメンツが丸潰れになる。
「……黙っていなさい」
「ぶ、部長!?」
「剣崎君は天才だ。市販品のスチールであっても、彼の才能なら反動をねじ伏せ、数発の間にあの熊を仕留めきるかもしれない」
天才。
紛れもなくそうだ。
大人に希望的観測の正当性を与えるほどに、剣崎大哉は、天才なのだ。
「もし失敗して腕が吹き飛んだとしても、それは『ギルド側が偽装した粗悪品を持ち込んだせい』だ。ウチの最高傑作の剣に責任はない……行くぞ、カウントダウンだ」
★
「よっしゃ、行くぞ天姫!」
「ええ。油断しないでね、大哉」
タングステン・グリズリーは、特定の部屋に入って水晶に触れることで、特設の廃墟エリアに転移することで戦える。
大哉と天姫はそれぞれ、大剣と杖を構えて、特設ステージに転移した。
本来なら涼花を含めたスリーマンセルだが、タングステン・グリズリーの最初の三分はあまりにも強すぎて、涼花は一瞬で足手まといになる。
そのため、今回は涼花を安全エリアのベースキャンプに残し、大哉と天姫の二人で挑む形となっていた。
「グルルルルルルルルォォォオオオオオオオオッ!」
廃墟の奥から、圧倒的な体躯を誇る銀灰色の熊が姿を現す。
同時に、全身から莫大な魔力が溢れ出し、絶対防御のオーラが展開される。
「あれが、グリズリーか。最初の三分はあのオーラがあるみたいだが、叩き斬ってやるよ!」
ドローンカメラが上空を飛び交う中、大哉は一之瀬ウェポンズが開発した剣、『シンギュライト』を構えて、突撃する。
グリズリーは大哉を見て、腕を振り下ろす。
大哉は横に回避。
グリズリーの腕は止まらず、魔力が乗った攻撃の余波は地面に着弾。
そのまま、人が何人も入れそうな大穴を生み出した。
「そんな大振りが当たるかよ!」
大剣を真横に一閃。
オーラを上から切断し、グリズリーにダメージを与えていく。
一万トン近いがれきに埋もれても無傷なオーラに、上からダメージを与える。
紛れもなく、剣崎大哉は、天才だ。
「……ん?」
天姫は聞こえた。
剣の鍔から、ピキピキっと。
ダメージスチールから、嫌な音が。
「大哉!」
「あっ? スチールか? 問題ねえよ。俺の攻撃が強すぎるだけだ。壊れたりはしねえよ!」
ダメージスチールは『人体へのダメージを肩代わりする』のだから、絶大な反動を肩代わりすれば、ある程度は損傷するに決まっている。
むしろ損傷したほうが、カードリッジ式であるスチールを取り換える目安になりやすい。
だから大丈夫だと、大哉は言ったが……。
「グルオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「おらあああああっ!」
グリズリーが再び腕を振り下ろしてきたため、大哉は回避。
攻撃の余波だけで地面に大穴を開ける剛腕を掻い潜り、大哉は再び剣を一閃。
オーラを切断し、グリズリーにダメージを与えていく。
「行ける。行けるぞ。テンスリワードなんて関係ねえ。一分で終わらせる!」
グリズリーが怯んだところで、飛び上がる。
「いや、これで、終わりだああああああああああああああ!」
しっかり大剣の柄を握って、グリズリーの脳天に狙いを定める。
大哉は飛び上がったことで空中にいて無防備だが、グリズリーは怯んでいてそれに対抗できない。
(貰った!)
そのまま、全力で、剣を上から振り下ろした。
その結果は……。
「あっ、がっ、ああああああああああああああっ!」
バギバギッと、本来、人間の腕から出てはいけない音が響く。
鍔に設置したスチールが一瞬で塵となって消滅し、反動が全て大哉の腕で暴れまわる。
「大哉!」
しかも、脳天を狙った攻撃は、オーラを貫通できていない。
その分……グリズリーは怯みから立ち直るのが早い。
一振りで地面に大穴を開ける腕が、白目をむいて気絶した大哉に振り下ろされ……。
「バウンドグランド!」
杖を地面に当てて魔法を行使。
大哉がいる地面が跳ねて、彼の体を後ろに弾き飛ばした。
グリズリーの腕は何にも当たらなかったが、再び、地面に大穴が開いた。
「オオオオオオッ!」
弾かれて空中にいる大哉に向けて、グリズリーは魔力を爪に纏わせて振りかぶる。
「ライフルスライム」
杖から高速で、少量の液体が飛ぶ。
それはグリズリーの顔面に向けて放たれた。
あまりの速度に、攻撃しようとしていたグリズリーは対応できず、目をつむり……その目元に粘性がある液体がかかって、目が上手く使えなくなった。
「フレイムボックス」
再び、杖を地面にあてて魔法を行使。
炎の箱が出現し、グリズリーを閉じ込めた。
まだオーラがあるため、ダメージはない。
しかし、炎に包まれるというのはそれだけで、運動能力を削ぐことができる。
「グ、オオ、オオッ……」
酸素濃度が3パーセント下がれば、安全限界であり歓喜が必要なレベルだ。
通常、魔法の炎は魔力を燃料として燃えているが、『周囲の酸素』を使うように調整することで、こうした妨害も可能。
「よし、撤退する」
弾き飛ばされた大哉を抱えて、天姫は後ろに走る。
廃墟エリアにも水晶は設置されており、触れることで、触れた対象は元の部屋に転移できる。
「オオオオオオオオオオッ!」
グリズリーが体から魔力を噴射した。
その勢いで、炎の箱が一瞬で霧散する。
「チッ……『ウィンドスラスター』」
杖から、ロケットエンジンのような炎が噴射され、天姫は加速。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
グリズリーは魔力を爪に纏わせて、大きく振りかぶって、天姫たちに向けて腕を振り下ろした。
爪の形をした斬撃の魔力が、その剛腕から放たれる。
「……」
天姫は無言で、炎を噴射している杖を下に向けると、体が上に飛んだ。
そのまま爪の斬撃は天姫たちの真下を通過して、水晶に直撃する。
帰還するためのギミックは破壊不可能であり、これは直撃しても問題はない。
再び炎を後ろに向けて噴射。
「オオッ!?」
逃走IQが高すぎる動きにグリズリーは驚愕。
ただ、驚くということは、その分、逃げる時間を稼げたということだ。
天姫は水晶に触れると、戦闘エリアから脱出する。
同時に、部屋から誰もいなくなったためか。
ドローンたちも、グリズリーの近くに落としていた大剣も、一緒に転移した。




