第5話
「……なるほど、交渉は決裂か」
「そうっスね。ただ、取引に関して、停止とも中止とも言ってないんスよ。向こうが金を用意したらこっちも出すっスよ」
「3キロじゃなくて1キロだけとか、そういう買い方はしないのか?」
「細かく渡す契約になってないんスよ。まぁ、加工の都合で、丸ごと渡した方が良いのも事実っスね」
「まぁ、俺様もそこは納得しとくぜ。具体的な理屈は長くなるから端折るけどな」
ダンジョンの中。
石造りの廊下を、輪白、アンジュは歩いて、フレイトは線路を走っている。
なお、別に線路が元々敷かれているわけではなく、フレイトが通ろうと思った場所に線路が出現している。
どういうことなのかと聞いても、フレイト自身もよくわからないとのことなので、アンジュは理解することを諦めた。
なお、輪白は元々興味が無かった。
「……で、嬢ちゃんはこれからどうするんだ?」
「フレイトに渡すインゴットを用意する」
「おっ! いいのか!」
素材を使って車両を増やす。
それがフレイトの力であり、輪白のインゴットを狙っているわけだが、『いつになるかなー』と思っていたらすぐに取りかかってくれるということで、気分が上昇中。
「このあたりのバーサークモンスターとなると……『タングステン・グリズリー』っスか?」
「その通り」
「なんかすごく厳つい名前のモンスターだな……」
名前を聞いただけでなんだかすごくめんどい印象があるが、輪白はいつもと同じ無表情で歩いていく。
そして、一つの扉を開けて、部屋に入る。
そこには、一つの水晶だけが部屋の中央に存在するシンプルな部屋だ。
「あの水晶に触れると、部屋にいる人すべてが、タングステン・グリズリーがいる特設エリアに転移する」
輪白は水晶に向かって歩いて、すぐに触れる。
「心の準備とかないんか。嬢ちゃん」
「姉様はいつもこんな感じっスよ」
「そりゃ苦労が絶えないねぇ。まぁ、俺様はそういうの嫌いじゃねえがな」
というわけで、『部屋の中にいる全員が転移する』という仕様のため、三人は同時に、特設エリアに入っていった。
★
「……廃墟?」
石造りの洞窟から一辺。
ボロボロになったビルが並ぶ『廃墟』に転移した。
「こういった特設ステージが用意されているとなると、何かの廃墟には、重要なアイテムが隠されていることも多いっスけどねぇ」
アンジュがきょろきょろ見渡している。
「……私の感知魔法には何も引っかからないっスね。フレイトはどうっスか?」
「俺様もよくわからねえな。そういった車両があれば話は変わるんだが」
「姉様はどうっスか?」
「耐えるだけだから何もいらない」
「強すぎっスね」
三人で話していると……近くの曲がり角から、一体の、熊が姿を現した。
全長四メートルと思われる体は筋骨隆々であり、圧倒的な体躯。
タングステンを思わせる、光沢のある銀灰色の毛並みで、こちらに向かって歩いてくる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
突如として、グリズリーが咆哮。
同時に、体から魔力があふれて、オーラが体を包み込んだ。
「戦闘開始か。って、なんだあのオーラ。俺様は見たことねえぞ!」
「ちょっと分析……うわぁ、ヤバいっスね。富裕層が用意するシェルターに組み込まれてもおかしくない頑丈さっスよ」
「それが襲ってくるってのも意味が分からねえ。嬢ちゃん。大丈夫なのか? そんな小さな丸盾で」
「問題ない」
グリズリーが、三人めがけて走ってくる。
輪白は前に出て、右手で丸盾を構えた。
「……本気でいらっしゃい」
グリズリーが、腕を振り下ろす。
それだけで、その辺の車なら粉砕できそうな威力だ。
しかし。
輪白は丸盾でそれを受けると、微動だにしない。
体重も、勢いも、全てが乗っていたグリズリーの攻撃を受けて、全く動かない。
「うわぁ。やっぱりエグい防御力っスね」
「物理法則に喧嘩売りすぎだろ!? これが、サクリ素材の成長させる高等技術か!」
「……」
グリズリーは輪白を見下ろす。
どうやら敵側も、輪白を先に片付ける必要があるとわかったようだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
次々と腕を振り下ろす。
シェルターを思わせる頑丈さのオーラを纏った腕が、何度も何度も振り下ろされる。
爪が、拳が、丸盾に衝突するが、輪白の方は一歩の下がらない。
「うひゃぁ、見ていて寒気がするっスね」
「そりゃ、あんなに体格差があったら――」
「それもそうっスけど、姉様の盾は特殊なつくりになってるっスよ」
「特殊?」
「めちゃくちゃ頑丈な上に、『攻撃のエネルギーを逃がさず、手に集める構造』になってるんスよ」
「正気か!?」
敵からの衝撃を逃がすのではない。
むしろ、その衝撃を全て、手に集めるような構造。
普通なら手が使い物にならなくなる。
「集めるからこそ、そこに魔力操作を搦めてサクリ素材に移すことで、効率よく成長させてるっス」
「おかしいだろ!」
アンジュは輪白の盾のことをよく知っているらしい。
ただ、その事実は、あまりにも人間の技を超えた想定をしている。
「魔力操作が狂ったら、サクリ素材に移すはずのエネルギーはすべて手に返ってくる。そういう仕様のはずだぜ。それをあんな涼しい顔でやってんのか!?」
「その通りっス。マジで寒気が止まんないっスよ。ちょっとでも魔力操作が狂ったら、文字通り、姉様の腕はミンチになっちゃうっス!」
「美味しくないよ?」
「嬢ちゃん余裕ありすぎだろ!」
盾で何度も振り下ろされる腕を防御して、衝撃は他に一切逃がさず、手に集めて、それをサクリ素材に移している。
盾の中にダメージスチールなどを仕込んでおり、それによって圧倒的な『成長効率』をたたき出す。
だが、何度も言うように、少しでも魔力操作が狂えば、輪白の腕は無事では済まない。
だというのに、軽いノリで話に入ってくるのはあまりにも理解できない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
グリズリーが少し下がった。
そのまま、腕を真横に、思いっきり振る。
「……!」
もともと、体の表面にとんでもない魔力がこもっているのか、その魔力が爪に集まって、斬撃として放たれる。
それは、輪白を狙ったものではない。
輪白たちの後ろにある、廃墟だ。
十階建てと思われるそれの三階部分に、爪の形をした魔力の塊が直撃。
低階層を粉砕され、バランスが崩れた上階層が輪白たちに降ってくる。
「うそおおおおおおんっ!」
「腕を振ってビル破壊っスか!?」
降ってくる瓦礫の山。
「……バリアホバー」
輪白が小さく呟くと、アンジュとフレイトと輪白の下に、半透明な障壁が出現した。
横にスーッと水平移動した。
「嬢ちゃんシュールすぎんぞ!?」
フレイトが驚愕すると同時に、降ってきた瓦礫がグリズリーに降りかかる。
「……やったか?」
「本当にやったと思ってるんスか?」
「そりゃぁ、様式美ってやつだぜ」
「なるほど、嫌いじゃないっスね」
次の瞬間。
瓦礫の内側から莫大な魔力があふれ出して、瓦礫が全て吹き飛んだ。
挑戦者に驚く隙も与えない。と言うことだろう。がれきを全て吹き飛ばすと同時に、輪白に向かって突撃する。
剛腕に魔力を纏わせて、叩きつけた。
「……」
しかし、輪白は無表情のままで、それらすべてを受け切るだけ。
「……ん?」
グリズリーの体から溢れていたオーラが、消えた。
「あれ、三分立ったみたいっスね」
「なるほど、多分制限時間が30分ってことか。テンスリワードが欲しけりゃ、さっきのオーラを貫通しろと」
「一万トン近い瓦礫に押しつぶされても無傷で済むオーラを3分で突破ってふざけてるっスよね」
「俺様もテンスリワードを狙うような相手じゃないことは理解できるぜ」
グリズリーはオーラが消えても、輪白に向かって突撃して攻撃する。
テンスリワードはもう狙えない。
しかし、クォーターリワードやハーフリワードはまだ圏内だ。
それらを狙うなら、今のグリズリーを倒す必要がある。
もっとも、輪白がそれを狙うことはない。
「……ここからはほぼ、消化試合」
オーラがあっても、輪白の表情を変えるには至らなかった。
ならばここからは、彼女が言ったとおり、消化試合である。




