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第4話

「あー! もう、イライラするわ。こっちの言い分を聞いていればいい物を。あの不良女が調子に乗りやがって!」


 涼花はとても機嫌が悪かった。


 今まで2000万で買っていたアイテムを1000万に値切ろうとして、『舐めたお仕置き』として2500万に値上げされて、交渉決裂。


 彼女が捨て台詞を残して個室から出て行った。と言った話ではある。


 ただ、涼花の目線では、『舐め腐っていいはずの不良グループがいうことを聞かなかった』という。


 自分の権威に傷がついたような、そんな屈辱を感じるものだ。


 涼花の頭の中では、アンジュたち『カタリストリート』に対する明確な見下しがあった。


 彼らがなぜ、高品質のサクリ素材――ダメージスチールを用意できるのか。

 涼花に言わせれば、答えは簡単。


「どうせ、学校の管理外にある未発見ダンジョンで、質のいい天然の鉱脈でも見つけただけでしょ! 拾ってきただけのインゴットなんだから、製造コストなんてゼロじゃない! だったら、未来の英雄である私たちに安く売って恩を売るべきなのに!」


 だから涼花は「1000万にして当然だ」と信じて疑わなかった。


 ……より厳密に言えば。

 他にも、『値下げするための屁理屈』はいろいろ考えていたが。


 常識と偏見、そして過小評価の結果、『拾ってきただけの石ころを3キロ2000万で売り付けていた』という結論に落ち着いた。ということだ。


 別に、値下げできるなら理屈は何でもよかっただろう。


「はぁ、まあいっか。高品質のダメージスチール。あんな不良グループが用意してたんだもん」


 涼花は顔を上げる。

 その先にあるのは、『アトラス・マーケット』と看板に書かれた店。


「学内三大ギルド、『アトラス』なら、それくらい揃えてるはず」


 涼花は中に入って、すぐに階段を上る。


 高額な商品は上階にある。

 一階にあるような、低ランク探索者が使う装備や素材に興味などない。


 涼花は四階まで上がってくると、一流の探索者たちが使う高額なアイテムがズラリと並んでいる。


 涼花は迷うことなく、素材買い取り・販売のカウンターへと向かい、ベテランの男性店員に声をかけた。


「ちょっと。最高品質のダメージスチールをちょうだい。3キロよ」


 そういって、一千万の現金をカウンターに乗せる。


「おや、これはミリオネア・ラウンドの美澄さん。毎度ありがとうございます。最高品質のダメージスチール……3キロですと、これだと少々足りませんが」


 店員は一千万円の札束を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。


「え? 足りない?」

「はい。当店の最高級品、純度Aランクの『白銀(しろがね)スチール』になりますと、3キロで1200万円になります。学生割引を利かせても、1000万ではお譲りできませんね」


 カタログを見せてくる。

 写真のそれは、色は鉄だが、光沢が白銀(しろがね)のインゴットだ。


「白銀……? ちょっと待って。私が欲しいのはそんな色のじゃないわ。鉄そのものの色をしてるんだけど、光に当てると『虹色の光沢』を放つインゴットよ! それが最高品質でしょ!?」


 涼花がそう叫んだ瞬間。

 店員の動きがピタリと止まった。


「……虹色の光沢、ですか?」

「そうよ! 1000万払うから、それを出してちょうだい!」


 苛立ちを隠せない涼花に対し、店員は呆れたような、あるいは可哀想なものを見るような目を向けた。


「……美澄さん。探索者たちの間で語られる『おとぎ話』をご存じですか?」

「は?」

「サクリ素材は、極限の魔力操作によって限界を超えて成長した場合のみ、表面に虹色の光沢を浮かべると言われています……ですが、それはあくまで理論上の、あるいは神話の話です。現実の市場に、そんな純度のものは出回っていません」

「……え?」

「もし、仮に。その『虹色の光沢を放つダメージスチール』が実在して、市場に持ち込まれたとしたら。それは国宝級のアーティファクトとして扱われます。3キロでの適正価格は……最低でも5000万円。オークションにかければ、1億は軽く超えるでしょうね」


 ――3キロで5000万円。


 その数字を聞いた瞬間、涼花の頭の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れ去った。


『私はコレを、取引し始めてからずっと3キロ2000万でやってるっスけど、それすらも本来の適正価格よりも低いってことっスよ』


 先ほどの、アンジュの呆れたようなため息が脳裏に蘇る。


 嘘だ。

 そんなはずがない。

 あんな不良のゴミ拾いどもが、1億円の価値があるものを、たった2000万で卸してくれていただなんて。


「……じ、じゃあ、もう、その、白銀の奴でいいわ。1000万で買える分。出してちょうだい」

「わかりました」

「それから、ここで話したこと、黙ってて」

「……わかりました」


 余計なことに首を突っ込むものではない。

 そんなこと、接客業をやっていれば当然のことだ。

 何かあったとしても、監視カメラの映像が残っているし。


 涼花は白銀の光沢をもつ鉄インゴットを受け取ると、店から出て行った。


「う、あぁ、はぁ、はぁ……」


 路地裏に駆け込み、壁に手をついて荒い息を吐く。

 血の気が引き、心臓が早鐘のように鳴っていた。


 理解してしまった。

 自分が先ほど、どれほど致命的なミスを犯したのかを。


 アンジュが提示した『お仕置きの2500万円』は、ぼったくりどころか、それでもまだ半額以下の『破格の慈善事業』だった。


 大哉が今まで無傷でイキっていられたのも、すべてはあの『虹色のスチール』が、本来なら剣が爆発するほどの反動を吸収し尽くしてくれていたからだった。


「ど、どうしよう……い、いや、大丈夫よ。大哉なら、大丈夫」


 重い足取りで、涼花はギルド室に戻っていった。


 ★


「お、涼花、おかえり。スチールは手に入れたのか?」

「ええ、手に入れたわ」


 ギルド室に戻ってくると、大哉が剣の手入れをしていた。


「ならよかった。今回の作戦は、最初から超火力を出す必要があるからな」

「えっ?」

「えって……涼花も知ってるだろ? 重要作戦」

「も、もちろんよ」


 テーブルの上には、重要作戦の資料がある。

 そこに書かれているのは、『バーサーク状態の隠しボス三分討伐によるテンスリワード確保作戦』というものだ。


 ボスの名前は、『タングステン・グリズリー』と書かれている。


「しっかし、バーサーク状態のモンスター。都丸がよく戦ってるって話だが、討伐時間によって報酬が変わるなんて珍しい」


 バーサーク状態のモンスター。


 盾だけを構えて、一切攻撃も反撃もしない輪白が挑んでいるモンスターであり、時間経過で自滅し、魔石を獲得できる。


 しかし、モンスターは種類ごとに時間が決まっており、それよりも短い時間で討伐すれば、報酬が跳ね上がる。


 制限時間の半分なら、ハーフリワード。

 四分の一なら、クォーターリワード。

 十分の一なら、テンスリワード。


 これらがそれぞれ適応される。

 当然、守ることしかしない輪白には、絶対にクリアできない項目だ。


「今回の隠しボスは30分だから、その十分の一、3分で倒す必要がある。最初から超火力が必要で、そのためには高品質なダメージスチールが不可欠だ」

「……ど、どれくらい、不可欠なの?」

「ん? ああ、サクリ素材って、人体へのダメージを肩代わりするだろ? だから、武器をとにかく頑丈にして、反動を全部、自分の手に集めるような構造にする」


 大哉は手入れしている剣を鞘に納めた。


「それで高品質なダメージスチールを持ってると、武器は頑丈だから負荷が少なく、手に来る反動はスチールで無視できる。これで、超火力を維持できるってわけだ」


 当然のことを今更。と言った様子で、大哉は涼花の方を向いた。


「スポンサーの、『一之瀬ウェポンズ』の武器はこの頑丈さが他の企業よりも上だ。低品質のスチールは俺の反動に耐えられないからすぐに壊れて使い物にならない。な? 不可欠だろ?」

「そ、そうね……」

「あ、装備に組み込むから、インゴット、渡してくれ」

「ええ」


 涼花は鞄から、虹色に輝くインゴットを渡した。

 大哉は受け取って……。


「……なんかいつもよりちょっと少なくね?」

「値段が少し上がっちゃって、でも、それでも問題ないはずよ」

「わかった。じゃ、俺は調整してくるから」


 大哉はインゴットを受け取って鞄に突っ込むと、剣の鞘を掴んで部屋から出て行った。


「……はぁ」


 涼花は鞄の中から、一つの懐中電灯を取り出した。


「……物体に、虹色の光沢を付与するアイテム。断面にも光沢が適用されるから、どのように加工しても、本当は白銀だってバレないはず」


 涼花は滝のような汗を流して、床に座り込んだ。


「大丈夫、モンスターを速攻で片付けてしまえば、何も問題ないんだから」


 白銀のダメージスチールだって、品質は高い。


 虹色の光沢ではなくとも、結局、モンスターを倒せるだけの品質なら問題ないのだ。


 ただ、涼花は一つ、大きな勘違いをしている。


 アンジュは『今回は1000万にして、次回3000万にする』という交渉を受け入れる余地があると言っていた。


 その実力一つで、一千万をツケにできるということは。


 それだけ、剣崎大哉は、『天賦の才』を持っていることに他ならないのだ。


 その天賦の才は、負荷や反動をダメージスチールに肩代わりすることで、超火力を実現するという方針で磨き上げている。


 もはや、火を見るよりも明らかだろう。

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