第3話
「……はぁ、いつも待たされるんスけど、一体いつになったら改善するんスかね」
アンジュは喫茶店の個室でため息をついた。
アルミ製のトランクケースを持っており、この中に、取引で使うインゴットが入っているのだろう。
ホットパンツゆえによく見える足を組んで、フードパーカーの袖をめくって腕時計を確認するが、アンジュの反応からすると、毎回、相手は遅れているようだ。
「……はぁ、何度も言ってるんスけどね。社会は舐めていいけど取引相手は舐めるなと。まったく、これだからお子さんはもう……まぁ、私の18っスから、何かあっても子供の喧嘩っスけどねぇ」
愚痴が増えてきた時だった。
「久しぶり。ちゃんとインゴットは持ってきたんでしょうね」
「ん?」
個室に一人の少女が入ってくる。
ミリオネア・ラウンドのエースパーティーに所属する美澄涼花だ。
大哉の取り巻きのような雰囲気だった彼女だが、こうして交渉の場に来るほどの能力があるのだろうか。
「……もちろんっスよ」
トランクケースを開けて、虹色の輝きを放つ鉄インゴットを見せる。
「高品質のダメージスチール。いつも思うけど、どうやって作ってんの?」
「それは機密っスよ。で、そっちもお金は持ってきてるんスか?」
「あー。それなんだけどね」
涼花が取り出したのは、一万円札が百枚束にしたものを、十個。
持ってきたのは、一千万円ということらしい。
「これまで、3キロで2000万円だったでしょ? 思うんだけど、私たち学生じゃない? あまりにも高いと思うのよね。未来ある若者への投資ってことで、半額にしてくれない?」
「……」
アンジュはため息を押し殺しつつ、一千万円を見下ろした。
これまでは、3キロで2000万円だった。
とはいうものの、先ほど、フレイトは言っていた。
このレベルなら、適正価格は3キロ5000万円だと。
2000万円も確かに大金であり、3キロの素材に対して払うと考えれば相当な価格だが、それでも適正価格から六割引きしていることに変わりはない。
その上で、価格を1000万に。
現在の取引額の半額。適正価格から八割引きを求めてきた。
「……これでも、学生価格で大幅に下げてるんスけどね」
「は? 何言ってんの?」
「私はコレを、取引し始めてからずっと3キロ2000万でやってるっスけど、それすらも本来の適正価格よりも低いってことっスよ」
「なら、もっと下げてくれてもいいじゃない。アンタたち、確か『カタリストリート』って不良グループでしょ? そんな社会のあぶれ者が、ミリオネア・ラウンドの役に立てるんだから、むしろ光栄に思うべきよね」
「……はぁ」
アンジュはため息をついた。
「2500万っスね」
「なっ……」
「こんな相手を舐めた交渉がまかり通る成功体験は積むべきじゃないっスよ。お仕置きが必要っスね。個人的な事情で引いてた分を上げることにするっスよ」
「ふ、ふざけんじゃないわよ! 払えるわけないじゃない!」
机に手を叩きつける涼花だが、アンジュはそれを見てもどこ吹く風。
「……そういえば、ミリオネア・ラウンドは『重要作戦』があるみたいっスね。1000万。必要になったんスか? それで、このインゴットを半額にすれば捻出できると」
「な、なんで、作戦のことを知って……」
「まぁ、細かいことはどうでもいいんスよ。重要なのは、これが欲しければ2500万円を持ってこいって話っス」
「わ、私が誰だか、分かって言ってるの?」
「学内三大ギルド、ミリオネア・ラウンドのエースパーティーっスよね。確か3人組。剣崎大哉、美澄涼花、六髪天姫の三人で構成され、短期で圧倒的な額を稼ぐそうっス」
「そうよ。そんな私たちが、買ってあげてるのよ? 尊重しようとは思わないの?」
未来ある若者は尊重されるべき。
確かにその通りだ。全く持って正しい。正論だ。
しかし、絶対に必要。というわけではない。
「別に思わないっスね。『重要作戦のために金が必要になった。次の取引で3000万払うし契約書も書くから、今回は1000万にまけてくれ』……それが、尊重されるための最低限の態度っスよ」
「ぐっ……」
「もちろん、ツケも続くと信用に響くんスけど、『お子様』なら許されるっス」
「お、お子様って……」
「あと、別に世の中の不良グループを馬鹿にしてようがどうでもいいんスよ。ただ、目の前の取引相手を舐めるのは、大きな間違いっスね」
アンジュはふあぁ、と欠伸した。
「で、どうするんスか? 2500万。出せるんスか?」
「……い、1000万よ。次回、3000万払うわ。だから今回は――」
「認めないっス。これは涼花ちゃんに必要なお仕置きっスよ。2500万っスね」
「……ば、バカにすんじゃないわよ!」
再び、机に手が振り下ろされる。
「アンタのインゴットなんて、ほんとは必要ないの。大哉は抜群の才能を持つ剣士よ。取引は停止。二度と、アンタのところから買わないから!」
「……あっそ。ま、こっちは困らないっスよ」
3キロで適正価格5000万円。
サクリ素材と呼ばれるアイテムたちが『ダンジョン探索の民主化を支えるインフラ』であることを考えると、通常品質のものは大量に出回るものだ。
しかし、それが高品質になれば、文字通り、価格が跳ね上がる。
価格が跳ね上がるということは需要があるということ。
涼花が買わないなら、別のところに買ってもらうだけだ。
それこそ、今までは『学生価格』ということで、3キロ2000万だったが、他はもっと高く買ってくれることだろう。
アンジュが何故、これまで破格の値段で取引していたのかはともかくとして。
アンジュと涼花の交渉は、決裂だ。
「高品質のダメージスチールなんて、探せばいくらでもある。ミリオネア・ラウンドと取引できなくなったこと、後悔するわよ」
「……はぁ」
アンジュはため息をついた。
「一応、先に言っておくんスけど。私と君なら、子供の喧嘩っス。ただ、大人がしゃしゃり出てきたら、大人の方は容赦しないっスからね? そこだけは覚えておいてほしいっス」
「ふざけんな! 絶対に許さないから、覚えておきなさい」
涼花はブチ切れた後、個室を出て行った。
残されたアンジュは、トランクケースを手にもって……。
「……はぁ、剣崎大哉の戦闘は見たことあるっスけど、1000万なんて、実力を担保にツケにしてくれるってことがわからないんスかね。これだから、戦闘担当と交渉担当が分かれてるとズレるんスよ」
そんなことを呟いたあと、席から立ち上がって、個室から出て行った。




