第2話
ダンジョンの安全エリアで遭遇した、オモチャの列車みたいな精霊。
名前はフレイトと言うらしいが、現在は倒れている。
どれほど車輪とエネルギーによって高速移動が可能な列車とはいえ、その車輪を線路に押し込めない倒れた状態ではあまりにも無力である。
「……」
輪白は目をパチパチと瞬きした後、フレイトに近づいて、そのまま彼を起こした。
「おう! 特に何の疑問もなく起こしてくれて助かるぜ嬢ちゃん」
「精霊列車。と言っていたけど」
「おう、俺様はさっきも言った通り――」
「精霊って何?」
「そこからかーい!」
非常にノリのいい性格のようだ。
「はぁ……嬢ちゃん。モンスターが基本、ダンジョンから出てこないってのは知ってるな?」
「管理ミスが発生して『スタンピード』が発生しない限り、出てこないと聞いてる」
「その認識であってるぜ。で、『人間に危害を加えられない代わりに、ダンジョンの外にも出られるモンスター』……それが精霊だ!」
「要するに、フレイトもモンスターと言うこと?」
「もちろん。俺様を叩き壊せば魔石が出てくるぜ」
「なるほど」
意外と正直な俺様列車である。
「ところで嬢ちゃん。何かいい感じのインゴットとか持ってねえか? 俺様はそれを使うと、新しい車両を作ることができる! 運搬も戦闘支援もなんでもござれだ!」
「……仮に何も渡さないと、どうなるの?」
「そりゃぁ、積載量2キロのオモチャの列車がウロウロするだけだぜ」
「……ふむ」
輪白はそれを聞いて、先ほどポーチに突っ込んだ、虹色に光る鉄インゴットを取り出した。
それを見たフレイトの反応だが……。
「じ、嬢ちゃん。それ、『ダメージスチール』か!? 『サクリ素材』の一種の!」
「そう」
「すげぇ! サクリ素材はそのまま持ってると人体へのダメージを肩代わりするだけだが、高度な魔力操作を持ってる場合、『消耗』の代わりに『成長』する素材だ! すげえ技術を持ってんだな。これはぜひとも契約してえ!」
フレイトが言ったとおりの性質なのだろう。
サクリ素材は、人体へのダメージを肩代わりする。
これを装備に仕込めるように加工して所持することで、危険なダンジョン探索が民主化されているのだ。
ただし、この素材にはもう一つの道がある。
攻撃を受ける際に、高度な魔力操作を使うと、素材が消耗する代わりに成長する。
それゆえに、鈍色のインゴットではなく、虹色の光りを持つインゴットになっているのだ。
素材を使って車両を作るとフレイトは言っていたが、そんな彼が感激していることを考えると、素材としての価値は圧倒的だろう。
「……ふーむ」
「あ、あり? 嬢ちゃん。無理っぽいのか?」
「私は私で、これは取引相手がいる」
「なるほど……だったら交渉するしかあるまい! 嬢ちゃん。その素材の取引相手に会えるのはいつだ?」
「一時間後」
「早すぎんだろ! まぁいいや。俺様もそこに同席させてくれ!」
「構わないけど……」
「よっしゃあっ! 絶対に交渉で買ってやるぜ!」
「……」
輪白は目をパチパチさせて、インゴットをポーチに突っ込んだ。
★
「なぁ、嬢ちゃん」
「どうしたの?」
「俺様を鞄に突っ込んで運ばれると、列車としての沽券にかかわるんだが」
「そんなの知らない」
「まぁ、精霊は人間界だと目立つみたいだし、厄介ごとを招くよりはマシか」
早めに切り上げて……いや、そもそも『一時間後に取引相手に会う』と言っていたことを考えると、そこそこ早めに切り上げる予定ではあったのだろう。
「しっかし、あのレベルまで成長するサクリ素材を作れるとは、嬢ちゃんは有名人なのか?」
「真逆」
「真逆? 風の噂だと、あのレベルのサクリ素材は、3キロ5000万円で取引できるって聞いたことあるぜ? そんなことありえるのか?」
「私を評価する人間は限られている」
「なるほど、要するにこれから会うのは仲介人ってわけか」
3キロで5000万円。
それが、虹色に輝く鉄インゴットの適正価格だ。
それを作れる技術を持っているなら、普通なら輪白は有名人だろう。
しかし、世間的には評価が真逆であり、『稼げない』とされている。
ただ、『取引している』ということは渡す相手がいるわけで。
確実に、これから会うのは仲介人だろう。
「……まぁ、当たらずとも遠からず。かな」
ダンジョンを出て、管理支部で魔石を換金して、街を歩く。
そして、近くのパーキングエリアに入っていく。
「パーキングエリア? 誰かと待ち合わせで、どこかに行くのか?」
「んー、むー」
「説明を諦めるの速すぎんだろ」
説明を考えたようだが、何かめんどくさくなったのか、そのまま歩く輪白。
それはともかく、輪白はパーキングエリアに泊まっている一台の大型トラックのコンテナに近づいた。
「……アンジュ~。来たよ~」
輪白が声をかけると、コンテナの側面にある扉から一人の少女が出てきた。
頭をすっぽりと覆うフードパーカーと、ホットパンツが特徴的な少女だ。
頭はほぼ見えないが、わずかに見える顔は、愛嬌のある美少女のそれである。
「姉様。待ってたっスよ」
アンジュ、と呼ばれた少女は、輪白をコンテナの内部に招く。
通常、大型トラックのコンテナは荷物を運ぶために使う物だが……。
その内部は、まさに『秘密基地』だ。
重厚な金庫。魔力測定器と作業台。最新式のモニターが並ぶテーブル。
ヴィンテージの革張りソファとローテーブル。
ハイエンドなエスプレッソマシンと冷蔵庫。
整備用ツールボードと武器ラックと簡易ベッド。
探索者がここを拠点として活動できるレベルの設備が、トレーラーのコンテナに備わっている。
「な、なんじゃこりゃ!?」
「……さっきから気配があったんスけど、鞄に何か入れてるんスか?」
「ん」
輪白はソファに座ると、カバンからフレイトを取り出した。
「……コイツのこの気配。精霊っスね」
「そうだぜ! アンジュちゃんは知ってるみたいで話が早い」
「名前はフレイトって言うらしい。素材を使って車両を増やしたいみたい」
「素材を使って車両を増やす……フフッ、面白いっスね」
フードの裏側で微笑むアンジュ。
「さて、アンジュちゃん。単刀直入に言うぜ! 嬢ちゃんが作った高品質のダメージスチール。俺様はそれが欲しいんだ!」
「3キロ5000万のイかれたインゴットっスよ? 一体どれくらいメリットがあるんスか?」
「そうだなぁ……まぁ、いろいろだ!」
「あっはっはっはっは! 舐めすぎな上に清々しいっスね」
アンジュは楽しそうに笑う。
「そうっスねぇ。まぁいずれにせよ。これからインゴットを使った取引があるんスよ。今回はこっちが貰うっス。ただ、次からどういう配分にするかの交渉ってことで良いっスか?」
「順番待ちでこっちに回ってくるなら上々だぜ。別に時間制限があるわけでもねえしな」
「聞き分けが良いオモチャっスね」
「精霊な?」
というわけで、インゴットはアンジュの手に渡って、そのまま金庫に入れられた。
「で、姉様。200万っスね」
「む」
アンジュから封筒を受け取る輪白。
「なぬ!? あのレベルのインゴットを作れるのに、嬢ちゃんには200万だけだと!?」
「私が提案した数字だから問題ない。別にお金は大して求めてないし、私には面倒を見なければならない子供たちが多いから」
「なるほど、そういうことなら――」
「姉様よりも年上の人が多いっスけどね」
「もうちょっと頑張れよ!」
フレイトが騒いだ時だった。
「あ~。うあ~」
「ん? どうした?」
近くの……ベビーベッドだろう。
そこから声が聞こえる。
「桃花ちゃん。起きちゃったみたいっスね」
「ん? 誰?」
「あー、湊さんが最近、産んだみたいっス。トラックで私が一旦預かって、これから『街』に戻って預ける予定っスね」
「ふーん……」
輪白はベビーベッドに近づいた。
赤ん坊の女の子が腕と足をバタバタさせている。
輪白は桃花ちゃんを見て……。
「ももかちゃんでちゅね~。いいこいいこ~♪」
「あう~!」
今まで無表情だったのが嘘のように、優しく、朗らかな笑みを浮かべて、桃花ちゃんの頬をツンツンとついている。
桃花ちゃんは嬉しそうに輪白に手を伸ばした。
「おー、だっこしてほしいの~?」
「あ~♪」
輪白は桃花ちゃんを優しく抱き上げると、慣れた手つきで優しく抱きしめる。
「だこ~♪」
「かわいいね~。ほーれ、たかいたかーい♪」
「わっきゃぁ♪」
身長があまり高くない輪白だが、朗らかな笑顔で桃花ちゃんを持ち上げる。
「まま~♪」
「おー。ママは湊さんだぞー」
「まま~!」
「よーしよーし、ママですよ~」
優しく抱きしめる。
「……なんだ今の会話」
「あはは……」
「てか、嬢ちゃん、ずっと無表情だと思ってたけど、ああいう顔もするんだな。なんか意外だったぜ」
「姉様曰く、『赤ん坊と子供は笑顔で接するべき』とのことっスね」
「間違いねえな」
アンジュとフレイトが遠くで納得している。
「あうっ、ふあぁ……」
「お、むりやり起こしちゃったからね~。まだまだ寝たいよね~」
「あう~」
「次は美味しいミルクを持ってくるからね~。いまはぐっすり寝るんだよ~」
「ふあぁ、うぅ……zzz」
すー、すーっと、桃花ちゃんは寝てしまった。
輪白は優しく桃花ちゃんをベッドに戻すと……。
「というわけで、後のことはよろしく」
「嬢ちゃんの表情が一瞬でなくなったんだけど、どうなってんだアレ」
「さぁ? サクリ素材の成長技術より、そっちの方が疑問っスね」
何はともあれ、今回、輪白が用意したインゴットはアンジュが取引に使うことが決定。
次回以降、配分によってはフレイトが手にすることになるだろう。




