第12話
「そういえば」
「どうした嬢ちゃん」
「世界一の精霊列車になるって、どういうこと?」
「今まで一度も気にならなかったのか!?」
カタリストリートのオフィスにて。
輪白の疑問に、フレイトの車体を震わせるようなツッコミが響き渡った。
部屋の長椅子では、輪白が腕の中にすっぽりと収まった赤ん坊に哺乳瓶でミルクを飲ませていた。
「まぅー♪」
無表情のまま手首の角度を微調整し、赤ん坊が最も飲みやすい体勢を完璧にキープしている。その姿は完全に熟練の保育士のようだ。
赤ちゃんはとても満足そうである。
「いや、俺様と契約して結構経つぞ!? 俺様の夢であり最終目標だぞ!? なんで今更なんだよ!」
「なんとなく、聞いてなかったなって」
「なんとなくかよ!」
赤ん坊がむせないように、輪白は優しく背中をトントンと叩く。ゲップをさせる手つきも鮮やかだ。
「ふあぁ……う~」
お腹いっぱいになって眠くなってきたようで、赤ちゃんは寝てしまった。
「……なんか、嬢ちゃんが赤ちゃんの世話してるとき、良く寝るよな」
「むー……私もよくわかんないけど、確かにそう」
優しく赤ちゃんを抱く輪白。
とはいえ、赤ん坊はそんなものだ。
なんか抱かれていて気持ちが良いのが輪白の体であり、加えて、輪白はカタリストリートの子供たちに対して、『自分に面倒を見る責任がある』と自覚して接している。
赤ん坊の世話と言うのは慣れていないと、『自分の世話が正しいのかどうか』という不安が手から赤ちゃんに伝わるため、泣き出すのだ。
経験豊富な輪白はそんな不安はないし、『しっかり面倒を見る』という意志が固いため、赤ちゃんの方が安心できるのだ。
そんな安心できる場所でお腹いっぱいになったら、寝ることも多くなるだろう。
「で、どういうこと?」
「はぁ……まぁいい。説明してやるよ」
マスコットサイズの先頭車両の姿でテーブルの上に鎮座していたフレイトは、気を取り直してエッヘンと胸を張る……ではなく、ライトを光らせた。
「そもそも精霊ってのはな、人間界で活動して、自分の役割や概念を拡大することで『精霊界から認められる』システムになってるんだ。認められれば、精霊としての『ランク』が上がっていく」
「ふーん」
「俺様のような列車型の精霊の場合は、車両を増やしたり、輸送網を広げたりして、実際に活躍することがランクアップの条件になる。工場車とか、寝台車とか、食堂車とかな」
「食堂車」
「おっ、そこに食いつくか嬢ちゃん」
輪白の目がほんのわずかに見開かれたのを、フレイトは見逃さなかった。
「ただよぉ……ここからが問題なんだが。列車ってのは、何かを運んでほしい。届けてほしいって需要があることで成り立つもんだ。俺様はどこで活動して、その実績とやらを積めばいいのかって考え中でな。いきなり地上の表通りを走るわけにもいかねぇしよ」
「あー、それなら問題ないっスよ」
部屋の扉が開き、分厚い書類の束を抱えたアンジュが入ってきた。
彼女は一之瀬ウェポンズとの悪魔的事業提携を済ませ、絶好調といった様子である。
「カタリストリートはただのスラムじゃないっス。数千人が暮らす、巨大の町っスよ」
「町、ねぇ」
フレイトはアンジュから言われたことを頭の中で反芻して……。
「いやおかしくね? どういうことだ? 町を一つ作ったのか?」
「そうっスよ。一個のデカい土地を買って、その中に街を作ったんスよ」
「その土地を買うための資金は……」
「当然、姉様からもらう虹色のスチールっスよ」
「……え、3キロ2000万で買えるものなのか?」
「あっはっは! 取引相手が涼花だけだなんて言ってないっスよ」
「そりゃそうか」
「で、そこで稼いだ金で、『デカい私有地に、行き場のなくなった人たちが集まる街』を作ったんスよ。それがカタリストリートっス」
「ストリートって組織名についてるのは珍しいと思ってたが、マジで町なのか。発想がヤベェな」
「精霊に言われたら冥利に尽きるっスね」
アンジュはフフッと微笑む。
「数千人が暮らしてるっスから、何かを運んでほしいって話もたくさん出てくるはずっスよ。フレイトは小柄だから倉庫だって縦横無尽っス。ここでガンガン働いて、ランクを上げればいいっスよ」
アンジュの明快な解決策に、フレイトは「おっしゃあ!」と車輪を空回りさせて喜んだ。
だが、肝心の輪白はといえば、赤ん坊の口元をガーゼで優しく拭きながら、ぼーっと宙を見つめていた。
物流網だのインフラだの、彼女の興味の範疇外なのは明らかだ。
(……いかん、嬢ちゃんのモチベーションが上がってねぇ)
このままでは、ただの便利な「荷物運びの足」として使われて終わってしまう。フレイトは、契約者である輪白の心を燃え上がらせる『最強のカード』を切ることにした。
「いいか嬢ちゃん! 俺様がこの町でガンガン実績を積んで、精霊界の頂点……『精霊王』の一角にまで上り詰めたらどうなると思う!?」
「どうなるの」
「精霊王になれば、精霊界から『究極の概念車両』を具現化する権限が与えられる! それはすなわち……どんな猛烈な火力にも耐え、精霊界で最もうまいピザを焼き上げる『最強のピザ窯車両』だ!!」
ピタッ、と。
輪白の動きが止まった。
一切の感情が読み取れなかった瞳に、熱量が込められていく。
……のだろうか、基本が無表情すぎてフレイトもちょっと自信がない。
「……最強の、ピザ窯」
「そうだ! 走りながら、どんなレア具材の旨味も逃がさずに焼き上げる、夢の超特急だぜ!!」
「……」
輪白は無言のまま赤ん坊を片手で抱き抱え、もう片方の手を、自分の衣服のポケットへと突っ込んだ。
ゴトリ。
テーブルの上に、無造作に置かれた「それ」。
見た瞬間、アンジュが持っていた書類の束を床にぶちまけ、フレイトはヘッドライトを限界まで見開いた。
「「…………は?」」
それは、インゴットだった。
だが、ただの金属ではない。
白銀ランクでもなく、ミリオネアが偽装してまで欲しがった虹色ですらない。
一切の濁りがなく、ただそこにあるだけで周囲の空間の魔力が浄化されていくような、神々しいまでの光を放つ金属。
ダメージスチールの最高到達点にして、神話の中にしか存在しないとされる『純白』のインゴット。
国家予算がどうこうという次元を超え、世界中のギルドや国が、戦争を起こしてでも奪い合いになるレベルの超絶アーティファクトである。
「お、おい嬢ちゃん……!? なんだよそれ、そのありえねぇ魔力の塊は……ッ!」
「り、理論上はあり得るっスよ? でも。純白って、明らかに十年くらいは、毎日毎日、何時間も、人体へのダメージをうまく流し込む必要があるっス」
「嬢ちゃんって、今、十六歳だよな。てかそれ以前に、普段から虹色のスチールを量産してたら、こんなの作る時間はないはずだぜ!?」
「……入手経緯は言えないけど、これは紛れもなく本物」
輪白は赤ん坊の背中を撫でながら、さも「その辺で綺麗な石を拾った」くらいのテンションで答えた。
「これを……」
「これを?」
「フレイトが精霊王になったら、これでそのピザ窯を作る。約束」
世界最高の絶対安全素材。
あらゆる致死の反動をゼロにする純白のダメージスチールを、なんと『ピザ窯の材料』として予約したのだ。
「……っはは!」
絶句していたフレイトだったが、やがて腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。
神話級の素材をピザ窯に使うという狂気。それにワクワクしてしまう自分もまた、この狂った少女の立派な相棒なのだ。
「言ったな!? よし、約束だ嬢ちゃん! 絶対に俺様が精霊王になって、その純白のピザ窯で、世界一うまいピザを食わせてやるぜ!!」
「うん。楽しみ」
赤ん坊が、満足そうに「あうぅ」と声を上げた。
一企業の陰謀も、大人の都合も届かない地下の町で。
絶対の盾を持つ少女は、今日も最高にくだらなくて、最高に壮大な夢を見るのだった。




