第11話
カタリストリートの事務所にて。
アンジュとフレイトは、タブレットを見ながら言葉を交わしていた。
「にしても、アンジュちゃん。なんであんなデカい会社が、たった一回の生放送の爆発でここまでオワコンになっちまったんだ?」
フレイトが素朴な疑問を口にする。
確かに、企業が不祥事を起こすことは珍しくない。
だが、ここまで短時間で時価総額が吹き飛び、社会から「存在してはいけない会社」のような扱いを受けるのは、あまりにも異常な速度だった。
「簡単っスよ。この世界が『安全神話』という土台の上に立っているからっス」
アンジュはタブレットから視線を外し、淡々と解説を始める。
「探索者ってのは命を懸ける商売っスけど、自殺志願者じゃない。剣崎大哉みたいな天才が持て囃されるのは、サクリ素材という絶対的な安全装置が命を守ってくれるという『大前提』があるからっス」
「……あー、なるほど。その前提が崩れたのか」
「そうっス。一之瀬ウェポンズは、その盾を信じすぎて、自分たちの『武器を安全に設計する』という責任を完全に放棄した。他人のインフラにタダ乗りした結果、自分たちの欠陥でその土台にヒビを入れてしまったんスよ。土台が崩れれば、上に乗ってるものは全部崩れる。当然の理屈っスね」
アンジュは小さく息を吐き、窓の外の巨大なビル群を見上げた。
「大人は、都合のいい天才を使い捨てて、壊れたら次を探す……でも、ウチら『カタリストリート』は違うっス」
「違う?」
「まぁ、お楽しみっスよ」
アンジュは微笑んだ。
★
一之瀬ウェポンズ本社、社長室。
豪奢なデスクの奥に座る一之瀬社長は、数日前よりも十年は老け込んだように見えた。目の下には濃い隈ができ、覇気は完全に失われている。
「……何の用だ。ハゲタカにくれてやるものは何もないぞ。見ての通り、ウチはもう終わりだ」
ノックもそこそこに部屋へ入ってきたアンジュを前に、一之瀬社長は自嘲気味に笑った。
無理もない。信用は地に落ち、株価は紙屑。彼にできるのは、会社の清算手続きを進めることくらいだ。
「ハゲタカなんて人聞きが悪いっスね。ウチは15パーセントの株を持つ『筆頭株主』として、御社のV字回復を提案しに来たんスよ」
「V字回復だと? ……笑わせるな」
一之瀬は力なく首を振った。
「ウチの信用はゼロだ。どんなに高性能な武器を作っても、もう誰も買わない。それに……社運を賭けて開発していた最新の魔法武器製造設備も、タングステン・グリズリーを三分以内に倒さねば得られないテンスリワード、『暴走魔核』がなければ、まともに動かない粗大ゴミだ」
そう、一之瀬ウェポンズの隠し玉であった最新製造ラインは、要求する魔力が異常すぎて、並の電源では稼働すらしない。
剣崎大哉がグリズリーの討伐に失敗した時点で、この会社の未来は物理的にも閉ざされていた。
「社長。誰が『武器』を作るって言ったっスか?」
アンジュのその一言に、一之瀬は顔を上げた。
「信用がゼロなら、マイナスからプラスに振り切るしかないっス。提案するのは、御社の徹底した『絶対安全方針』への転換。……あの設備を転用して、世界最強の『反動制御グローブ』の製造ラインにするっスよ」
「反動制御グローブだと……? だが、今の設備は武器の成型を前提としている。グローブのような微細な加工には向かないし、何より魔力電源がないという問題は解決していない!」
「そこは、ウチが解決するっス」
アンジュはにっこりと笑い、カバンから分厚い契約書の束を取り出してデスクに置いた。
「まず、魔力電源についてっスけど。私が関わる銀行の貸金庫に、エグい『魔力結晶』が眠ってるっス」
「魔力、結晶……?」
「知り合いが深層から取ってきた永久機関クラスの代物っス。グリズリーの魔核と同等以上の出力がある。それをウチが御社に『リース』してあげるっス」
一之瀬は息を呑んだ。深層の魔力結晶など、市場に出回れば国家予算レベルの金が動く代物だ。
単なる魔石ではない。
魔力を生成することに特化したマジックアイテムというのが、あまりにも、価値がある。
「次に、精密加工の問題っス。これも簡単。プレス機の微細な重要パーツ……それを全部、ウチが用意した『虹色のダメージスチール』に換装するっス」
「なっ……虹色のスチールだと!? 馬鹿な、あれは……」
「ダメージスチールは、魔力伝導率が段違いに高いんスよ。それを機械の神経に組み込めば、マシンそのものが別次元に進化する。驚異的な精度で、完璧なグローブが縫い上がるようになるっスよ」
沈黙が落ちた。
一之瀬社長の頭の中で、アンジュの言葉が急速に組み上がり、一つの完成された未来図を描き出す。
一之瀬の設備に、アンジュの用意した電源とパーツを組み込む。
そうして出来上がるのは、『一之瀬の武器の反動すら完全に殺しきる、絶対安全のグローブ』。
一度爆発を起こして地獄を見た企業が、過剰なまでに安全に振り切って開発した画期的な防具。
安全の崩壊で、一度、地に落ちた企業が復活するときは、毎度、このやり方だ。
これなら、必ず市場の信用を取り戻せる。
もちろん、道は地獄だろう。決して楽ではない。
だが、同時に一之瀬は理解した。
「……つまり、我が社は今後、君たちから魔力電源と虹色スチールのパーツを供給されなければ、何も作れない体になるということか」
会社の生殺与奪の権を、心臓部ごとアンジュに完全に握られる。
永遠に、このスラムの少女たちの手のひらの上で踊り続ける下請けになるということだ。
「そういうことっス。でも、会社は生き残る。社員も路頭に迷わない。……悪いディールじゃないはずっスよ?」
悪魔の微笑み。
一之瀬は震える手でペンを握った。
プライドを取って破滅するか、屈辱を飲んで生き残るか。経営者としての答えは、最初から一つしかなかった。
「……負けだ。君の言う通りにしよう」
一之瀬社長が契約書にサインを書き入れる。
その瞬間、大人の都合で暴走した企業は、カタリストリートという巨大なインフラの一部として吸収され、新たな道を歩むことになった。
「まいどありっス」
アンジュは微笑んだ。
その笑みは、明らかに、美少女がやったとしても許されないような、悪いものだった。




