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第10話

 一之瀬ウェポンズの緊急記者会見場は、異様な熱気と、血に飢えた獣のような殺気――もとい、ジャーナリズムの熱狂に包まれていた。


 ミリオネアのギルドマスター、倉間永利によって放たれた本物の殺気。


 それによって完全に腰を砕かれ、特ダネ……そう、涼花の涙をしゃぶり尽くせなかった記者たちは、行き場のない強烈なフラストレーションを抱えていた。


 記者会見の場に入っておいて、手ぶらで帰るわけにはいかないのだから。


 そこへ、青ざめ、足元をふらつかせた一人の男が放り出されたのだ。

 一之瀬ウェポンズ開発部長、霧島康臣。


 彼は丸腰であり、彼を守る防波堤はもはや何一つ存在しなかった。


『――霧島部長! あの事故について、専門家から「剣の設計自体が三流だった」という指摘が上がっていますが!』


 会見が始まるや否や、最前列の記者がウッキウキでマイクを突きつけた。


『自動車の安全設計などでも常識ですが、衝撃を逃がす「しなり」や「クラッシャブルゾーン」がなければ、反動はすべて術者に返ります。あの剣にはそういった設計思想が一切なく、「ただ硬い素材を削って作っただけの鉄の塊」だった。これは開発責任者としての、明らかな設計ミスではないのですか!?』


 その鋭利すぎる指摘は、エリートを自称する霧島のプライドを最も残酷な形でえぐり取った。


「せ、設計ミスだと!? ふざけるな! あれは圧倒的な火力を叩き出すための最適解だ!」


 余裕を完全に失った霧島は、カメラが回っていることも忘れ、声を荒らげた。


「あの強烈な反動こそが、威力の証なのだ! それに、今はサクリ素材という絶対的なインフラがあるだろうが! 反動なんてものは、高いスチールをセットして肩代わりさせるのが現代の常識だ! それを怠り、あまつさえ偽物を使ったあの子供たちのリテラシーが足りなかっただけだ!」


 言ってはならない、最悪の自己正当化だった。

 記者たちは、自分たちが欲しかった以上の「爆弾発言」を引き出したことに、内心でガッツポーズを決めた。


『……つまり? 御社は「安全対策をすべて他社製品に丸投げ」し、術者の命を守る構造をあえて省いたと?』

『サクリ素材の消費を激しくすることで、提携メーカーと共に不当な利益を得ようとしていたのではないですか!?』

『使用者が怪我をしたのはリテラシー不足のせいだと!? 子供に責任を押し付けるのですか!』


 四方八方から浴びせられる、怒涛の糾弾。

 フラッシュの瞬きが、霧島の歪んだ顔を白日の下に晒し続ける。


「ち、違う! そういう意味では……ッ!」


 言葉に詰まり、退路を絶たれた霧島。


 彼に余裕がないのは明白だが、記者たちも少し、言動にブレーキがかかっていない人もいる。

 霧島に余裕がないのと同じで、倉間の殺気で腰を砕かれた分、記者たちもまた、余裕があるとは言えない。


 ここで霧島を怒らせて、焦らせて、失言を引き出せるならなんでもいい。


 本当なら、失言を恐れて表に出さず、社長が代わりに出てくるような会見だ。


 それが、何の裏付けも持っていない、明らかに自己正当化をする男が出てきたのだから、ここで攻めて攻めて攻め続けて、熱狂につながるようなネタを確保したいに決まっている。


 ……いや、そもそも。

 記者会見に、倉間と言う本物の強者がやってきたことが間違いだったのだろう。


 理想は関係ない。

 多くの人間が望む謝罪会見と言うのは、謝罪する人間と言う『敗者』と、正義だけ掲げる記者と言う『弱者』が織りなすエンタメなのだから。


(こ、こんなはずでは……)


 彼の脳裏に、先ほど会議室で自分を見捨てた一之瀬社長の冷酷な顔が浮かんだ。

 自分だけが泥を被り、会社をクビになり、全責任を負わされる。そんな理不尽を、このプライドの高い男が受け入れられるはずがない。


「……私だけの責任じゃない!」


 霧島はマイクを握り締め、絶叫した。


「あの『反動全振り』の設計思想にゴーサインを出したのは、一之瀬社長だ! 当然だろう。『サクリ素材の摩耗が激しい方が、提携先も儲かる』と! 私は、命令されてあの剣を仕上げただけだ! 悪いのは私を切り捨てようとした会社の上層部だ!!」


 ――死なばもろとも。


 どうせ沈む船なら、船長ごと道連れにしてやる。

 その浅ましいルサンチマンが、一之瀬ウェポンズという大企業に、正真正銘のトドメを刺した瞬間だった。


 会見場は一瞬の静寂の後、これまでにない狂乱の渦へと飲み込まれていった。


 ★


「あーっはっはっはっは! 最高っスね! 見苦しい大人ってのは、どうしてこうもウチの期待を裏切らないんスかねぇ!」


 カタリストリートの事務所にて。

 アンジュはスマホで生配信されている地獄の記者会見を見ながら、腹を抱えて大爆笑していた。


「……すげぇな。あの霧島ってヤツ、会社ごと自爆しやがったぜ」


 フレイトが呆れたように呟く。

 霧島の暴露により、「一之瀬ウェポンズは安全を軽視し、サクリ素材メーカーと癒着してユーザーから搾取していた」という最悪の事実が全世界に確定してしまった。


「そりゃそうっスよ。他人に責任を押し付けるような人間が、いざ自分が詰められた時に『はい、全部私の責任です』なんて大人しく切腹するわけがないっス。自分を守るためなら、会社だろうが社会だろうが全部売り払う。……それが『大人の都合』の正体っスよ」


 アンジュは笑い涙を拭いながら、手元のタブレット端末を操作する。


 一之瀬ウェポンズの株価は、もはやストップ安という言葉すら生ぬるい。

 市場の完全なパニックと、会社の不正暴露により、その価値は「紙屑」と同義にまで暴落していた。


「さてと。ゲームのソフトは、すっかりバグだらけのクソゲーに成り下がったっスね。これなら、100円でも買い手がいないんじゃないっスか?」


 アンジュは悪魔的な笑みを浮かべ、画面上の『買い戻し(決済)』のボタンをタップした。


 ピロンッ、と無機質な電子音が鳴る。


 高値で借りて売った株を、底辺の底辺まで落ちきった今の値段で買い戻し、証券会社に返却する。

 その莫大な「差額」が、アンジュの裏口座へと凄まじい勢いで流れ込んでいく。


「……大漁っスねぇ。カタリストリートの全員に、毎日最高級の肉を食わせてもお釣りが来るレベルっスよ」

「マジかよ。なんか、汗水垂らしてゴミ拾いしてたのがアホらしくなってくるな」

「金融(錬金術)ってのはそういうもんスよ。あ、そうだ」


 アンジュはタブレットを閉じると、スマホで電話をかける。


『……なんだ? アンジュ。俺は忙しいんだが?』

「まあまあ、久しぶりっスね倉間。元気にしてたっスか?」


 アンジュの電話の相手は、ミリオネア・ラウンドのギルドマスター。倉間永利。

 コール一回でつながるような関係が、アンジュと倉間にはある。


『会見。見たんだろ? 見ての通りだよ』

「クククッ、なかなかいい見世物だったっスよ。それにしても、珍しい殺気を放ってたっスね」

『スチールの偽造は、今の時代、とんでもない爆弾を抱えるようなもんだ。後で発覚した時にごちゃごちゃ言われるとめんどくせえからな。謝らせる必要はあるが、そうなったときの記者なんて、ああでもしないとコントロールできねえだろ?』

「まあ、そのあたりの建前は、個人的には楽しいけどどうでもいいっスね。『他人の名誉を土足で踏み荒らすなら、足切りラインは越えて来いよ』って副音声が聞こえたっスよ?」

『良い耳してんな。で、そっちは最近、どうなんだ?』

「初めてのハイハイと姉様に取られる悲しい母親が一人増えたっスよ」

『ほー、子供が生まれたのか。そりゃめでたいねぇ』


 打てば響く会話。


『元気そうで何よりだ。まぁ俺としては、いつまで大哉の栄光が続いたものかと思ってたがな。虹色のスチール。涼花に売ってたのはアンジュだろ?』

「当然っスね。このあたりで虹色のスチールを3キロ2000万で取引してくれるところなんて他にないっスよ」


 適正価格は3キロ5000万。

 あまりにも破格であり、本来ならあり得ない価格設定だ。


『3キロ2000万ねぇ。具体的な金額は知らなかったな。まぁ、お前がミリオネアのエースパーティーを贔屓する理由はわかるけどなぁ。その中でも、大哉に関してはどうでもいいと思ってそうだが』

「それはそうっスね。というか、今回の重要作戦。倉間は何も知らなかったんスか?」

『二年前のスタンピードで大暴れしただろ? アレで、俺ら側は箔が付いちまったからな。まぁ、最近は目立った功績もねえし、ここらで一発、何か当てて俺を超えようとしてたんだよアイツら』

「あー、なるほど、超えようと思ってる相手を、自分たちに関わらせようとはしないっスよね」

『そんなところだ。まぁ、関わってなくても、会見には出なけりゃならないのがめんどくせぇけどな』

「それは仕方ないっス。とはいえ、涼花ちゃんは16歳っスから、会見の場で頭を下げれたなら上々っスよ」


 謝罪動画を出したり、声明を発表するわけでもない。

 記者会見の場で、頭を下げる。


 16歳の少女にとってこの上ないほどの試練だっただろう。

 それをやったのだから、アンジュとしては禊は済ませたといえる。


 大哉の腕を壊したのは問題だが、怪我ならポージョンで治るわけで。


『だな。とりあえずそこにもっていくのにかなり時間がかかると思ってたが、プライドはあるらしい』

「……まぁ、あの人に似てるっスよね。そういうところ」

『だな……あ、すまん。用事だ。切るぞ』

「ほいほい、そんじゃまたっス」


 通話終了。


「……アンジュちゃん。ミリオネアのギルマスと知り合いだったのかよ」

「そうっスよ。さて、気になることを調べて、必要なところを切り取りに行くっスよ」

「どういう意味だ?」

「おそらく一之瀬ウェポンズの工場には、『タングステン・グリズリーのテンスリワードを前提とした何か』があるはずっス。ストップ安で紙切れになった株を買い漁って筆頭株主になれば、問答無用で聞き出せるっスよ」

「ほう……」


 フレイトはよくわかんねえなー。と言った雰囲気だ。


 とりあえず、散々なことになっている一之瀬ウェポンズにも。

 まだ、何かあるらしい。

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