自宅にて
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──自宅にて
俺はサタナエルを自宅に連れ帰った。
俺に自宅というのは、ダンジョンが現れた当初それに対応するために展開した陸軍が建設したプレハブの兵舎であり、本当に簡素なものだ。
「ここだ」
俺は防犯のために取り付けた何重ものカギを開錠し、狭い自宅の中にサタナエルを招き入れた。
「綺麗な部屋ですね」
「軍隊で掃除と整理整頓については叩き込まれたからな」
俺の部屋は男の家にしては片付いている方だと思う。
服は脱ぎ散らかしておらず箪笥に収められており、食べかけのものがテーブルに置いてあるということもない。
埃ひとつないとは言わないが、掃除もちゃんと定期的にしている。
部屋の乱れは心の乱れだと軍隊で徹底された結果だ。
そんな俺の部屋にはベッドがひとりあり、ソファーと小さなテレビがある本当に小さなリビングスペースがあり、あとはユニットバスとトイレがあるだけだ。
大学生が下宿するような部屋の間取りとよく似たものであった。
「さて、これからのことを話し合おう」
俺はソファーに座るとサタナエルも俺の隣に座った。
「確認するが、本当に俺にずっとついて回るつもりなのか?」
「ええ。そのつもりですよ」
「そうか……」
サタナエルが気変わりしたことに期待したが、虚しい期待だった。
「だが、俺はここでじっとしているわけではないぞ。俺がここにいる理由はダンジョンに潜り、その最深部にあるお宝を手にして大金持ちになることだ。それについてお前はどうするつもりだ」
俺がそう言うとサタナエルはじっと赤い瞳で俺の方を見つめる。
「やはり最深部を目指されるのですね」
「ああ。そこに財宝があると言う話だからな。……違うのか?」
サタナエルはダンジョンは地獄に繋がっていると言った。
もしかすると、最深部に財宝などないのかもしれない。
そうなったら……俺が今までやってきたことはどうなるんだ……?
「ご安心を。財宝は確かに存在します」
サタナエルは俺の不安を感じ取ったのか、優しげな声色でそういう。
「しかし、それを得るにはダンジョンの奥深くに向かわなければなりません。その覚悟がおありなのですか?」
「大いにある。俺はダンジョンの財宝を得る。そして、ゆっくり暮らすんだ……」
働かなくても食べていけるだけの、不安にならないだけの、それだけの金を手にしてダンジョンからも戦場からも身を引く。
そして平穏に、ただただ安心して暮らしていきたい。
今までのナイフの刃を歩くような不安定な生活から脱したい。
「それでしたらボクがお手伝いしましょう」
「……なに?」
サタナエルの言葉に俺は思わず聞き返した。
「ボクが旦那様がダンジョンの最下層に至るのを支えます。ボクは旦那様に幸せになってもらいたいですから」
「本気で言っているのか?」
「もちろんです。冗談を言う必要がありますか?」
「いや、それはないだろうが……」
サタナエルは強い。それは間違いない。
こいつの正体はドラゴンであり悪魔だ。弱いわけがない。
しかし、それが俺に手を貸してくれるというのは、どうにも話が出来すぎている。
「対価に何を求めるつもりだ?」
悪魔は対価を求める。おとぎ話では大抵そうだった。
「愛を」
サタナエルは言う。
「溢れんばかりの愛をボクに注いでください。それだけで結構です」
とても甘い笑みでそう言う。
「愛を、か……」
最後に誰かを愛したのはいつだろうかと思う。
戦場には確かに信頼し合った戦友はいたがそれは愛ではない。
そして戦場帰りとして社会から排斥されてから、俺は出会いなど求めなくなった。
そんなことをしても落胆するだけだと思って。
「難しいかもしれないな」
どうやって相手を愛していいのか。
俺にはその方法が分からなくなってしまっていた。
「ただ衣食住を面倒見て、そばにいてやることぐらいならできる」
「今はそれで充分です」
「今は、ね」
サタナエルの言葉に俺は肩を竦めた。
「とりあえず俺はシャワーを浴びてくるから着替えて寝ていてくれ。ベッドを使っていい。俺はソファーで寝る」
「同衾してはいただけないのですか?」
「それは勘弁してくれ……」
俺は別に童貞というわけではないし、女遊びをしないわけではない。
だが、相手は悪魔でドラゴンだ。一緒に寝るのはおっかなすぎる。
そういうわけで俺はシャワーを浴びるためにバスルームに向かう。
血を浴びた衣類を洗濯機に放り込み、替えの下着を準備してからバスルームに入る。
シャワーの蛇口をひねると最初は冷たい水が出てきて肌を刺激し、それからややあって温かいお湯が出始めた。
俺がそうやって浴びた血を流していたとき、がらりとバスルームの扉が開く音がして俺はぎょっとした。
「旦那様」
入ってきたのは全裸のサタナエルだ。
「お、お前、何しているんだ……!」
「お背中を流してさしあげようかと」
「いらないから服を着て外に出ろ……!」
全裸のサタナエルは中身がどうあれ美女だ。
人形のように整った顔立ちとすらりとした手足、そして女性的な膨らみ。
それが全裸であれば魅力的どころの騒ぎではない。
流石にこいつは目に毒だ。
「ご遠慮なさらず。ボクの血を流すのであればボクが手伝いますよ」
「おい。入ってくるな!」
俺の制止を無視してサタナエルはバスタブの中に入ってくる。
肌が触れ、温かさと柔らかさが伝わってきた。
しかし、浮かれられるようなものではない。相手は人間の皮を被った化け物なのだ。
「傷だらけですね、旦那様」
俺の身体を手で触りながらサタナエルはそう言う。
傷だらけの身体をサタナエルの手が這う。
銃創から爆発やナイフによって生じた裂傷のあと。そういう傷跡が山ほどだ。
「まだ機械化していない部位には砲弾の破片がいくつか残っている。銃弾は取り出せたが、細かい破片は取り出せなくてな」
「痛くはないのですか……?」
「大丈夫だ。とっくに慣れた。痛覚マスキングも入れているしな」
俺の身体には閾値を超えた『痛み』を遮断して『痛い』という情報だけを伝えるナノマシンが叩き込まれている。
元を辿ればこれも俺の機械化された身体同様に軍の技術だが、金のある探索者はこの手の技術を組み入れているのが普通だ。
「ボクは痛みを感じたい。あなたが感じている痛みを感じたい。それを共有できればいいのですが……」
俺の背中に身体を押し付けて、サタナエルは耳元でそう囁く。
サタナエルの胸の柔らかさ伝わってくるし、本来ならば興奮してもいい状況だ。
だが、不思議と何も感じなかった。
「俺の痛みは俺のものだ。誰かに渡すつもりはない」
「ふふ。そういう強欲な旦那様も好きですよ。強欲は美徳です」
「そうかい……」
俺は背後からサタナエルに抱きしめられたまま、頭からシャワーを浴び続けた。
ただ水がじゃあじゃあと流れる音だけが、バスルームの中に響いていた。
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