ダンジョンの外の世界
本日2回目の更新です。
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──ダンジョンの外の世界
俺が機械化している戦争帰りと知ったせいか、少女は黙り込んでしまった。
俺たちは無言で1階層を抜ける出口に向かっている。
「あの」
もうすぐ出口というところで少女が俺に声をかける。
「どうした?」
「私も実は機械化してるんです」
「そうか」
「ええーっ! もうちょっとリアクションしてくれてもよくないですか!?」
少女がそう言うのに俺は深々とため息を吐く。
「どうせ事故に遭って機械化したはいいけど医療費を払えきれなくなったとか、そういう口だろう? ここではそう珍しくもない」
「そ、その通りなんですけど……その……」
「俺を気遣ってくれたのは嬉しいが、その優しさはもっとまともなやつのために取っておけ。俺相手には勿体ない」
「そんことは──!」
「出口だ」
俺は少女の声を遮って地上に続く階段を指さす。
地上に続く階段は民間軍事会社のコントラクターがアサルトライフルを手に警戒に当たっており、その階段を地下に潜るものと地上に戻るものがざわざわとざわめきながらすれ違っている。
「誰かとパーティを組むつもりなら、いいやつらを紹介してもいい。どうする?」
「あなたとは組めませんか?」
「俺は誰かと組む気はない」
少女の言葉に俺は即答する。
「そ、そうですか……。残念です……」
「大丈夫だ。他にもっといい人間がいる」
俺はそう言い、地上に向かう階段を上っていく。
「そういえば自己紹介がまだでした。私は九条栞といいます。お兄さんは?」
「佐世保朔太郎」
「ありがとうございました、佐世保さん」
もうお兄さんというよりおじさんって年齢なんだけどなと、そう思いながらも俺は階段を登り切った。
ダンジョンの出口には街がある。
それもそうだろう。このダンジョン──熊本ダンジョンは熊本市のど真ん中に存在しているのだから。
かつて熊本の中心街としてそこそこ繁栄していた場所は、今ではダンジョンに浸食された場所となっている。
ダンジョンそのものというよりも、ダンジョン目当てにやってきたメガコーポや犯罪組織と言った連中にというべきか……。
異国の言語で書かれた看板、異国の料理の匂い、そして異国の人間。
そういうものがここでは溢れかえっている。
「とりあえず」
俺は言う。
「その血を流してきた方がいい。それから人を紹介しよう」
「はい!」
俺は九条と待ち合わせ場所として食堂のひとつを指定した。
そこはこのダンジョンに浸食された熊本であって、まともな日本食を出す場所だ。
かつ丼が絶品で俺は稼ぎがある日はいつもそこで食事をしている。
そう、稼ぎだ。九条と落ち合う前に俺は今日の稼ぎを換金しに向かう。
ダンジョンに潜って具体的に何を得るのかといえば、それはひとつ。
ダンジョンに眠る財宝だ。
まずダンジョンにはどういうわけか、地球に存在するような金銀財宝が出現する。
金や銀のインゴット、ダイヤや真珠のネックレス。
そういうものが不思議なことに宝箱の中に入っているのだ。
どうしてそういうものが出現するのかを突き止めた人間はいない。
だが、みんなそれが欲しいからダンジョンに潜っている。
他にも奇妙な品がダンジョンでは見つかることもある。
逆さに砂が落ちる砂時計や永遠に一定の高さに跳ね続けるボールと言ったもの。
それらはアーティファクトと呼ばれ、企業が高値で買い取ってくれる、らしい。
らしいというのは俺が実際にアーティファクトを見つけたことがないからだ。
一度はこの目で見てみたいものである。そして換金したい。大金をゲットしたい。
さて、俺の今日の稼ぎはそこまで多くはない。
金銀のインゴットがそれぞれ1本ずつ。それだけだ。
暫くの間の生活費にはなるだろうが……正直、すぐにまた潜る必要があるな……。
俺はそんなことを思いながらダンジョンの近くにある信楽焼の狸が出迎える換金店に向かう。
メガコーポが日本政府に圧力をかけ、ダンジョン周辺を特区という名の無法地帯にすることに成功したため、ダンジョンで取れたものを換金するのは容易だった。
ここには警察も国税庁も存在しないのだ。
「失礼する」
俺は『文福質屋』という看板の掛けられた店の扉を開けてそう言う。
「やあやあ。お久しぶりだねぇ。今日は収穫があったかい?」
俺を出迎えるのはどこか狸を連想させる顔立ちをした、30代前半ほどという若い女の店主だ。
店主はにこにこと微笑み、俺を手招きする。
「ああ。これだけだが……」
「あれまぁ。がっかりな戦果だねぇ」
俺が金と銀のインゴットをごとりとテーブルの上に乗せるのに店主は渋い顔。
「今度は大儲けするさ。換金を頼む」
「はいはい」
インゴットの重さを計り、換金してくれる店主。
「はい。20万円だよ」
ダンジョンと異国に浸食されているこの場所でも、日本円で支払いは行われている。
俺はようやく稼いだ20万円を大切に懐に収めた。大事な当座の生活費だ。
「じゃあ、また戦利品を獲たらおいでねぇ~」
「ああ」
俺は店主に別れを告げて、九条と待ち合わせていた場所に向かう。
指定した食堂はまだ熊本の形が残るアーケード街にある。
人間、食欲と性欲はごっちゃにしても不快にならないのか、猥雑としたピンクの看板が並ぶ通りのそばに探索者たちの飢えを満たす食堂街はあった。
俺としては分けて考えたいのだが……。
「あ! 佐世保さん!」
九条は血を洗い流し、さっぱりとした様子で俺に手を振ってくる。
「待たせたな」
「いえいえ。私も今ついたところです」
デートで待ち合わせた男女みたいな言葉を交わし合う俺たち。
「では、パーティを組んでくれそうな人間を紹介しよう。こっちだ」
「はい!」
元気よく九条は返事し、俺は九条を連れて食堂の中に入る。
食堂の中は4人掛けの木製のテーブルが5つ並べられ、カウンター席もあるがほとんど満席だ。主に探索者である客が一心不乱に飯にがっついている。
「皇」
「ん。佐世保か」
そして、俺は食堂の中にいた腰に刀を下げている女に声をかける。
声をかけるまでは親子丼を貪っていた20代後半の人工的に染めた金髪と白いインナーカラーの髪をミディアムボブにした人物。女にしてはかなり長身のそれが俺が九条に紹介する人物だった。
「紹介したい人間がいる。というより、よければそっちで面倒を見てもらいたい」
「そこの女の子か」
「ああ。九条栞という。九条、こいつは皇琴葉だ」
皇は口の周りをウェットティッシュで拭うと九条の方を見た。
「足と脊髄を機械化しているみたいだね」
「え! 分かるんですか……?」
「機械化した人間の動きは普通の人間とは微妙に異なるから」
九条が驚くのに皇は肩を竦める。
「どうして彼女をあたしに?」
「ダンジョンで男に襲われているところを助けた。そういう縁だ」
「あんたも相変わらずお人よしだね。だけど嫌いじゃないよ」
皇は俺の言葉に皇はにやりと笑ってそう言う。
「えーっと。皇さん、パーティを組んでくださるのでしょうか?」
「誰かと組む意志があるなら、あたしのクランに入れてあげるよ。女の子ばっかりのクランだから安心して」
皇は探索者たちの集まりのひとつであるクランを仕切っている。
そのクランの仲間同士でダンジョン内で一緒に行動するパーティを組むのだ。
クランの名前はリリス・グループ。皇の説明通り女性ばかりのクランだ。
「あ、ありがとうございます!」
これで一安心というところか。
「ところで、佐世保。あんたの頼みは聞いてやったから、こっちの頼みも聞いてもらえないか?」
「……金はないぞ」
「あんたから金をせびろうとは思わないよ。10階層の話、まだ聞いてないか?」
「10階層?」
「ああ。エリアボスとしてやたら狂暴なクリーチャーが出たって話さ」
皇はそう言ってお茶をすすった。
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