異変
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──異変
「え、え、え? なんで……?」
「嘘っすよね!?」
九条と桜庭たちが同時に動揺している。
不味いな。このままだとミノタウロスそのものではなく、それによって生じた混乱でパーティが全滅しかねない。
混乱による友軍誤射や士気の崩壊は大きなリスクだ。
「落ち着け!」
俺は軍人として鍛えられた声でそう命じる
「九条は藤田と松本を連れて下がれ! 桜庭、お前もだ!」
「りょ、了解です!」
しかし、混乱によって生じたずれで桜庭の撤退が遅れる。
「────!」
ミノタウロスは言葉にできない雄たけびを上げると逃げ遅れた桜庭に手にした巨大なこん棒とともに突っ込んできた。
「う、うわああ──っ!」
3メートルあまりの怪物の突撃を前にして、桜庭は腰に下げた超高周波振動刀を抜くこともできずへたり込む。
そして、こん棒が振り下ろされた。
「あいにくだったな、牛頭。俺が相手になる」
しかし、桜庭に向けて振り下ろされたこん棒は俺の両腕が受け止めていた。
機械化された腕はミノタウロスの攻撃を容易くとは言わずとも防ぎ、そのことによってミノタウロスは混乱した様子を見せる。
恐らくこいつは自分の攻撃を止められたのは初めてなのだろう。
「桜庭、今のうちに下がれ! こいつは俺がどうにかする! だから九条たちと藤田たちを守れ!」
「わ、分かったっす!」
桜庭は何とか立ち上がり、大慌てで九条たちの方に向けて走る。
「──────ッ!」
ミノタウロスが再び咆哮し、こん棒をさらに振り上げて叩き下ろしてくる。
俺は桜庭が完全に下がるまで攻撃を受け止めた。
振り下ろされたこん棒はチタン合金製の俺の腕に金属音を響かせてぶつかるが、俺の方はこの程度ではびくともしない。
「そら、お返しだ!」
ミノタウロスが打撃を放った瞬間に俺はそれを弾き、よろめいたミノタウロスの脇腹に蹴りを叩き込んだ。
ミノタウロスが苦痛に表情を歪め、やつはじわじわと後退し始めた。
だが、この程度で倒れるほどミノタウロスは軟じゃない。
特に戦闘で興奮しているミノタウロスは多少の痛み程度では止まらない化け物だ。
「────ッッ!」
案の定、やつは怒りを燃やしてこん棒を振り上げると俺に向けて、闘牛の牛のように突撃してきた。
これをまともに受ければ流石の俺でも耐えられないだろう。
だが、もはや九条も桜庭たちも安全な位置まで下がった。
まともに相手をしてやる義理もない。
俺は腰のホルスターから超高周波振動ナイフを抜き、突進してくるミノタウロスに向けて構える。
そして突進を斜めに躱すとやつの首を狙ってナイフを突き立てた。
しかし、ミノタウロスの首は分厚い脂肪と筋肉に守られており、一撃では頸動脈を切断できなかった。
ミノタウロスは苦痛に唸るも、それによってより興奮し、危険になっている。
「さて、慎重にやらないとな……」
手負いの獣には用心しろという。
今のミノタウロスはまさに手負いの獣だ。
「────────ッッッッ!」
ミノタウロスは再び大きく咆哮すると、こん棒を振り回しながら突撃してくる。
壁に当たるのもお構いなしに振り回されるこん棒が壁に当たると、石造りのダンジョンの壁が音を立ててて砕ける。それだけ強力な打撃だ。
死が間近に迫ったことで身体が生き延びようとアドレナリンを煮えたぎらせ、ミノタウロスの力を極限まで引き出しているのだろう。
慎重にやらなければ狩られるのは俺の方になる。
「────────ッッ!」
そして突撃してくるミノタウロスを前に俺は強化脳インプラントを起動。
スローモーになった体感時間の中でゆっくりと動くこん棒を身を低くして回避し、攻撃を掻い潜ると、まずはミノタウロスの足の腱を狙ってナイフを振るう。
見事、ナイフはミノタウロスの腱を切断。
ミノタウロスが大きくよろめき、前のめりに倒れる。。
「あばよ、ラビュリントスの怪物」
俺は倒れたミノタウロスの背後から首を持ち上げ、喉笛を深々と掻き切った。
大量の血が噴き出し、ミノタウロスはそのまま出血性ショックで死亡。
脅威は排除された。
「九条! そっちは無事か!?」
俺は一度退避した九条たちにそう呼びかける。
「ぶ、無事です! けど……」
「どうした──」
俺は九条が身を震わせているのを見て、何か起きたのかと彼女たちの周囲を見る。
そして、その光景に絶句した。
「これは……」
人間の焼死体がいくつも転がっていた。
黒焦げになった人間の死体。男女すら区別のつかないそれが九条たちの周りに転がっている。
「何があった?」
俺はサタナエルの方に視線を僅かに向けて九条に尋ねる。
「え、えっと。佐世保さんがミノタウロスと戦っているときに、突然武装した人たちが私たちを襲ってきたんですけど……」
「いきなりぼーっ! って燃え上がったんっす!」
九条と桜庭はそう説明。
「……そうか」
俺は再びサタナエルを見るが、やつは微笑んだまま。
これら死体に嫌悪感も危機感も覚えていませんって顔であった。
「まさかとは思いますが、彼らがミノタウロスを連れてきたのでは?」
ここで藤田がそう尋ねる。
「どういうことですか?」
「研究者の間ではダンジョンのクリーチャーのサンプルをダンジョンの外で研究したいという人間もいるのです。そういう人間のためにダンジョンからクリーチャーを連れ出す仕事があると聞いたことがあります」
「それでミノタウロスを……」
九条の問いに藤田がそう説明。
「迷惑千万っす!」
「本当にね」
桜庭が眉を歪めて怒りを示し、九条も同意した。
「けど、佐世保さんがいてくれて助かりました! 本当にありがとうございます!」
それから九条と彼女のパーティメンバーが俺に頭を下げる。
「気にするな。だが、10階層以降に挑むならミノタウロスは倒せる必要があるぞ。しっかり鍛錬を積んでおけ。桜庭も皇を超えるならば、やつから教えを乞うといい」
「そうするっす……」
桜庭は今回の戦いではまともに戦えなかったが、新人はそんなものだ。
新人がこの手の災難を幸運で生き延び、経験を積み重ねることでベテランの探索者になるのである。
「それじゃあ、俺たちは10階層に向かうからここでお別れだ。気を付けてな」
「はい!」
俺とサタナエルは九条たちに別れを告げて、10階層に向かう。
「……サタナエル。お前がやったんだろう?」
「ご迷惑でしたか?」
「いいや。助かった。感謝する」
俺がそう言うとサタナエルは一瞬驚いたように無表情になったが、すぐにぱあっとした笑みを浮かべた。
「ふふ。旦那様に感謝してもらえるのが何よりです」
「そうかい」
サタナエルが微笑むのに俺はただそう返した。
「しかし、あのミノタウロス。10階層のエリアボスだと思うが、本当に人間が連れてきたと思うか?」
「何を心配されているのです?」
「お前が現れたことでダンジョン内に変化が生じたことだ」
10階層の本来のエリアボスはミノタウロスだ。
だが、そこにサタナエルが現れ、こいつはまだ倒されていない。
そのことでダンジョンに異常が生じたことを俺は恐れていた。
「それでしたら心配なされず。人は変化しても、地獄は変わりません」
「……ふん」
サタナエルがダンジョンが変わらないと言うのではなく、地獄が変わらないというのに俺は気味の悪さを感じた。
このダンジョンの底に本当に財宝はあるのか……。
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