第8話 初出仕、ご主君の過剰な期待と無茶ぶり――しかしその時!
ここは許昌、曹操勢力の中心とも言える都で、漢王朝の皇帝(※献帝)を擁立してからは〝漢王朝の都〟ということになる。
(※細かいことだけど献帝在位中は〝許〟のはず。まあでも、ややこしいからゲーム中では〝許昌〟で通されていて、こっちの世界でも同じっぽい。まあ地名とかコロコロ変えられても困るし、ありがたいわね)
そんな勢力中心の地で、主君が座するお城だからか、もちろん臣下は多い。いくら乙女ゲームの世界とはいえ、いきなり女が出仕してくることに、胡乱な眼を向けられるのは至極当然だった。
左右に並び立つ文官と思しき人物たちが、私を見て何事か囁き合っている。
『ヒソヒソ……おい、アレが例の……?』
『ああ、噂では、あの郭殿(※郭嘉のこと)の後継なのだとか……?』
『あのような女人が、まさかそんな……丞相(※曹操)のいつもの気まぐれじゃ』
『郭殿の智嚢は唯一無二、戯志才殿も亡き今、代わりなどおるものか』
『……う、美しい……』
(ウッウワアアアアッ。空気、重ッ! ゲームでも最初はそうだったけど、実際にこの場にいるとハンパないわ、圧! 事件はリビングで画面越しに起こってるんじゃなく、現場で起こってたのね! おおお落ち着け私ぃ~っ!)
こういう時は、素数を数えれば落ち着くと読んだことがある。素数が一つ、素数が二つ、素数が三つ……フフッ、定番の間違い★ ええ~い落ち着けるかー! という訳で人材を数えま~す!
えーと、杜襲が一人、王粲が一人、陳琳が一人……え、ウソ、錚々たる顔ぶれじゃん、曹操幕下だけに……逆になんで私、こんな所にいるんだろ、元はただのOLなのに……。
落ち着いたかもしれないけど、一方で大いに打ちひしがれていると――この面々の中でも最上位に座する、主君たる曹操様が威儀をもって言葉を発した。
「――日々精勤、御苦労、皆の衆」
『『『――――!!!』』』
曹操様が、声を発した瞬間――先ほどまで囁き合っていた文官たちが、一斉に主君の方へ顔ごと向ける。
ああ、この整然とした態度、やっぱり天下の曹操陣営だなぁ……なんて、ついついオタ魂がうずいてしまう。
幕臣たちの視線を一身に集めつつ、けれど当の曹操様にとってはいつものことのようで、気弱な印象は鳴りを潜めて堂々と発言した。
――ただその内容が、私にとってはちょっと問題がある。
「さて、既に聞き及んでいる者も多かろうが、新たなる才人を我らの幕臣として迎える。かの〝郭 奉孝〟から教えを受け、その遺風を受け継ぐ者だ。女人だからと軽んずることは、おれが許さぬ。良いな」
(わっわああああ。ちょ、大げさすぎ、ぶち上げすぎですってば!? ただでさえ怪訝な眼で見られてるのに! これ以上、針の筵に立たせないでぇ!?)
『ヒソヒソ……!? 聞きましたかな、今のご主君の御言葉を……!』
『あの申しよう、郭殿を逆に貶める発言では……!?』
『あれほど重用していた郭殿を……死者には用無しということでしょうかなぁ、全く、奸雄殿にも困ったものじゃ』
『こ、孔融殿、言葉が過ぎますぞ……しかし、う~む……』
『……髪、めっちゃ綺麗すぎる……』
(キャーーーッ!? あああ、案の定~っ!!)
凄まじい勢いで縮み上がって震えている私に、何か勘違いしているのか、曹操様は秀麗な面貌で微笑み、うんうん、と頷いていた。
「おお、溢れんばかりの才気が身中に渦巻き、今にも弾けんと震えているようだ……頼もしいな! 今日よりその才気、思う存分に発揮してほしい!」
『!? ヒソヒソ!』『ヒッソヒソ!!』『ヒソヒソォォォ!!!』
(ドヒェーーーッ!? エグイ、無茶ぶりがエグイ!! そーいうとこはホント奸雄だな~~~もうっ! もはや周りもヒソヒソ話レベルじゃないし! 曹操様、勘弁してくださいよぉ~~~!)
「さて、そうだな。では早速、皆に名乗って――」
『――待たれいッッッ!!!』
「「!?」」
『!?』『!!』『……!』
その時、明らかに文官のものとは異なる、威圧感の籠った大声が雷鳴のように轟いた。
華美で荘厳な建築意匠の施された城中には、あまりにも不釣り合いな出で立ちの――それはもう武人らしい、大柄な人物だ。
――眼帯で片目を覆った人物が、鎧姿のままで上がり込んでくる――




