第7話 女軍師・甄嘉の初出仕と―― ★女軍師・甄嘉のやわらか人物評・チュートリアル★(!?)
さて、主君・曹操孟徳――曹操様の〝女軍師〟として転生後の世界を生きる、と決めてから早数日が過ぎる。
心身共に色々と準備を整え、時節を選び、ついに私こと甄嘉は、曹操陣営の城中に出仕することとなった。
あえて現代風に言うなら、大企業に入社したての初出社だ。いやあえて現代風に言う必要は無いんだけど。でもアレで、ホントもうすっごい緊張するっていうか。
だってまず日本じゃないから馴染みないし、中華建築バリバリの意匠って雰囲気が重いし雅だし、周りの人とかみんな朝服ビシッと着こんでるし。
当然、女の人なんてほぼ見かけない。だからこそ文官らしき人とすれ違うたび、怪訝な顔をされて居心地が悪くなってしまう。
城内への門を通った直後、硬直してその場に立ち尽くしてしまっていた。そんな私に、思いがけず声がかかる。
「――甄嘉! よく来てくれた、昨晩は眠れただろうか? 見たところ、随分と緊張しているようだが……」
「はひっ。……へっ、あっ!? そ……曹操様!? な、なぜここに?」
まさかの最高権力者――これは勢力内だけの話でなく、現時点での中華全域で最高権力者、という意味だ。しかも私にとって主君である、曹操孟徳その人に出迎えられた、という状況である。
例えるなら、国一番の大企業の社長自ら、新入社員に声をかけて出迎えてくれるような異例の待遇だ。何か私、アレね、なんやかんやでまだまだ前世でOLだった感覚、抜けきってないわ。
まあそれはそれ、さすがに驚かされた私に、曹操様は柔らかに微笑みつつ言う。
「言っただろう? 奉孝(※郭嘉のこと)からキミの後事を託されていた、と。それに、おれの軍師になって仕えてくれようという者に、行動で礼を示すのは君主として当然だ。おれでは不足かもしれないが、付き添おう」
「……ふえっ!? い、いえいえ、主君自ら新人の手を引いてくれるなんて、むしろ過分すぎて困るくらいですよ!? 不足っていうなら役者がじゃなくて役不足って話です!」
「役不足? 甄嘉は面白い言葉を知っているな、それでいて何となく意味も伝わってくるし。もしかすると甄嘉には、言葉の才能があるのかもしれないぞ。ははは――」
「あっ……ッ! …………」
しまった、この時代にはない言葉か、少し気をつけないと――……なんて焦りも一瞬でブッ飛んじゃうくらい、私は今、ボーッとしているはずだ。
初めて見た時は、薄暗い闇夜の中だった。月明かりに照らされて、それはそれで、幻想的な美形に見えたものだけど……。
今、太陽の下で見る曹操様は――日輪が天と地に二つあるかのような、異様なほどの存在感! 青みがかった黒髪が日光を吸い込み艶が増しているようだし、マジこのイケメンどうなってるのよ!?
〝治世の能臣、乱世の奸雄〟は〝月光の美男子、陽光のイケメン〟か! いい加減にしてよね!
――私の情緒もどうなってんのよ!
「ははは……ん? 甄嘉、どうした? 何やら体を震わせているが……やはり緊張しているのだろうか。ふふっ、可愛いものだ――」
「そっ、その顔で嫋やかに微笑んでんじゃないですよぉ~っ!?」
「えええ主君が笑っただけで諌められるとか、そんなことあるだろうか!? 逆に新たなる時代の到来を予感させる、斬新なる家臣の誕生!?」
「はっ……も、申し訳ございません、曹操様! つい、そう……緊張のあまり、妙な態度を取ってしまいました! ど、どうかお許しを!」
「あ、ああ、なるほど。……ふふ、いや、分かるぞ。おれも昔、洛陽で北部尉を務めたのが初めてで、緊張したものだし――」
「なんか権力者の親族とかブッ殺してませんでした?」
「え、良く知っているな。そうそう、漢王朝を専横していたあの十常侍の親族だったかが治安を乱してな。まあつい殺っちゃったが、それも役目を厳格に務めようと、緊張しすぎた結果というか……若気の至りかな、ははは」
「あらあら、まあまあ、うふふ♪」
笑いごっちゃねぇ、と思わなくもないけど、私も中華歴史が好きな一オタク(※強火)として、こういう話は大好物です。砕けた言い方をすれば、超楽しい。しかも乙女ゲームとはいえ、本人の口から聞けるとか垂涎ものですよ。
思えば歴史モノにハマったのも、私の転生前の名前が〝嘉那慧〟ってそこそこ難しめの漢字なのが原因なのよね……小学生の頃とかテストで名前を書くだけで時間とられたし、先生に『か、カタカナでいいよ?』とか気を遣われるくらいだった。
でも、そう、思えばそこの変な共感から三国志にハマって……〝嘉〟繋がりで郭嘉様に注目し始めて、その列伝や逸話を知れば知るほど、推しに……推しに……。
……つい思い出し涙が溢れそうになり、顔を思い切り上に向けてグッと堪えていた、その時。
『――おや、曹操殿ではありませんか。朝から女人を連れ立ってのご出仕とは、この上なくご精勤でございますな?』
「む。……その物言い、よもや……」
ん? ……私が上を見ている間に、誰かが話しかけてきたみたい。曹操様の声のトーンが微妙に低くなった気がするけど、相手はお構いナシな感じだ。
「ハハハ、いえいえ、純粋に感心しておるのですよ。権威ある漢王朝にて丞相にまで上り詰められた御方なら、女人を連れ立っての御出仕にも、何か大いなる意味があるのでしょうな。酔狂先生、とでもお呼びしましょうか。ハハハハ」
「……少々、言葉が過ぎますぞ。しかも今日が初出仕の者に、名乗りもせず――」
「おお、これは失礼いたしました! 王朝より官位を頂いている身分で、女人にこちらから挨拶せねばならぬとは、まさか思いも寄らず! いや、儒者がお嫌いな丞相様におかれましては、及びもつきませんでしたかな? おっとこれは重ねて失礼、女人殿? わたくしめは――」
「――あ、孔融さんだ」
「「!?」」
あ、やばっ、つい名前を口走っちゃった。ていうか何か面食らっている感じなんですけど、そんなにビックリすることかな?
私が何となく居心地悪くなっていると、ぶっちゃけ汎用寄りっぽい孔融さんが、長い顎鬚を片手で梳かしつつ話しかけてくる。
「……おや、麗しいご婦人に顔と名を知られておるとは、光栄ですな。曹操殿からでも、聞きかじったのかな?」
「あ。ええと、それは。…………」
ぶっちゃけ〝ロード・オブ・三国志シリーズ〟を全制覇し、十年以上ものめり込んできた身としては、たとえ汎用人物であろうと、細かな違いで見分けて名指しするなんて朝飯前だ。全員分の顔グラ、並べて持ってこいって感じ。
とはいえそんなこと、こちらの世界の人たちが知る訳も無いし……かといって、主君である曹操様や、推しの郭嘉様の顔に泥を塗る訳にはいかないよね。
改めて気合を入れ直し、私は口を開いた。
「……本日より出仕させて頂く身、敬うべき先達を覚えておくのは当然です。それに私は、まだまだ未熟ではありますが、郭嘉様より学びを得ております。故人の教えに倣い、四海の津々浦々まで、人材の把握は怠ってはいない、と自負しております」
「ほ、ほう……それは感心なことですな。いや、しかし権威ある漢王朝の臣としては、女人がこうも大手を振って出仕なさるのは、どうも心地がのう――」
「もちろん。……儒学の創始者にして偉大なる孔子の末裔である、孔融殿のことも存じております。ご自身も稀なる儒学者でありながら、同時に建安七士に名を連ねる文学者でもあらせられる。敬うべき御方です」
「む、う。……す、少しは弁えておるようですな。まあ、よろしい……精勤に励まれるよう、ではこれにて失礼……」
まだ言いたいことはありそうだけど、ここが退き際と判断したのか、孔融殿はそそくさと去っていく。
……ふう、こんなもんでいいのかな。まあ私も別に嘘はついてないし、中国史でも一番ハマった三国志関係の人物なら、全員分は本気で言えると思うから。
ちなみにさっきの孔融殿は、こんな感じの人だ↓
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか人物評★――――――
『孔融』汎用人物(※汎用は攻略対象じゃないって意味でね)
さっき軽く言った通り紀元前に〝儒教〟を創立した〝孔子〟(本名は孔丘さん)って人の子孫。〝建安文学〟っていう中国に初めて文学を生んだ〝建安七士〟という七人の一人で、文人としても優れた才能があった人。
……なんだけど、そこそこ儒教に傾倒しすぎというか、鼻にかけてる感じもある。保守派な儒教と進歩主義な曹操様とだと、そりゃ相性最悪よね。
曹操様のあることないこと吹聴しまくって貶めていくのが基本スタイル。しかも文人として優秀な分、口が上手いのがまた始末に負えない。まあでも最終的にはそれが原因で処刑されちゃう感じ。無念、ウフフ(笑いごっちゃねぇ)
「ああ言えば孔融」といえば大体コイツのこと。
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……とまあ、こんな感じで私自身も整理するため、ちょくちょくオリジナル人物評的なこと挟んでいこう。うん。
さて、そんな孔融殿が去った後、曹操様は何やら瞳を爛々と輝かせてきた。
「し、甄嘉、キミは……思った以上に知恵者なのだな!? ううむ、奉孝がおれに後事を託したのも、理解できる……いやあるいは、先見の明がある奉孝のこと……託したではなく、奉孝の後事を託されたのがキミということもあるのか!」
「……ひえっ!? い、いえ、それはさすがに、過剰評価が過ぎまくり、といいますかぁ……あ、あうあう」
「いやいや、あの孔融がすごすごと引き下がるしかないとは! 痛快だったぞ、ふふっ……甄嘉、キミは面白い人だな――」
「っ、っ――そ、それ以上、私に顔を近づけるなァァァァ! 死のループに陥りますよ、私が!!」
「ええええ臣を褒めただけで怒られ、更に死を危惧されようとは!? しかも自身の!? あまりにも斬新すぎて、おれの興味が逆に急上昇!」(好感度↑)
こうして、またも謎のツンデレをかました私に――曹操様の好感度のようなものが、ナゼナニ上昇していらっしゃる気がする。
とにかく私は今度こそ出仕すべく、城中へ足を踏み入れるのだった。




