第31話 この世界の、理解者。 ※第三幕ラスト
突然に、私の転生前の名前を呼んだ――そんな荀彧殿から話を聞いて、私は気を落ち着けた後、改めてその内容を復唱した。
「つ、つまり、郭嘉様が私の後事を、荀彧殿に託した時……私が、その……この世界とは別の世界からの〝転生者〟だって、聞いていたん……ですか?」
「はい。大方は……そんなところです」
「それで、私の名前も知って……で、でも何で、今まで黙っていて……そして今、言ってくれたのですか?」
「それは……わたくし自身、その〝転生者〟という意味が呑み込めておらず……しかしこうして、女軍師となった甄嘉殿と接してきて、何となくですが多少は理解ができたのです。ゆえに今、告白させて頂いた、というわけです」
「な、なるほど。……そ、そうだったのですか……でも、なんでまた……」
確かに推しである郭嘉様には、私が〝転生者〟である事実を、彼の生前にお伝え申し上げていた(惜しみない謙譲語で)。
けれど荀彧殿にそのことを教え、同じく後事を託した曹操様には(多分)伝えていない理由までは分からない。
ただ荀彧殿は、言葉少なでも私の疑問を察したのか、推察してくれる。
「恐らく郭嘉殿は、甄嘉殿が……嘉那慧殿としての境遇を知る者が他になく、その孤独を相談できる相手がいなくなることを、危ぶんだのでしょう。だからわたくしには、貴女の真実を教えた……曹操様は、ほら、まあ意外と押されると弱い部分もあるので、ポロッと何処かで秘密を漏らしては事ですし、郭嘉殿も教えるのを控えたのでしょう」
「あ、ああ、なるほど……あ、ありがとうございます。納得しました」
確かにⅩの曹操様、乱世の奸雄にしては隠し事とか苦手そうだからなぁ……そんなことを考えている私に、荀彧殿は指先で頬を掻きつつ言った。
「まあそういうわたくしとて……先ほど言った通り、〝転生者〟というのがどういうものか、完全には分かっていないのです。何やら別世界から来て、何やら凄い力や知識を持つ、という……印象としては、洛神や嫦娥のような女神が、人の身を借りて転生した、というような解釈をして――」
「めっ……女神!? いえいえ、それこそ本気で言い過ぎですよ!? 私なんて平凡な、えーと……一般人なのに!」
「! あ、ああ、これは、その……失言、でした。お忘れください」
言いながら、赤らんだ頬を手で隠しつつ、荀彧殿は顔をそむける。
? ?? その様子はよく分からないけど、荀彧殿は気を取り直すためか咳払いした。
「こ、こほんっ! とにかく……わたくしの言いたいことは、要するに、そういうことなのです」
「……ふえっ!? あ、えーと、そういうこと、というのは……すみません、察しが悪くて……ええと、どこら辺のことでしょうか……?」
「あ、ええと、ですから……貴女の、嘉那慧殿という名を知る者は、他に一人もいないわけではない……わたくしが、おります。ですから貴女は、一人ではない。それを知っていて欲しかった、ということです」
「! ……荀彧殿……」
実は蔡琰――サイちゃんも同じ転生者だから、知っている人はいる。でもサイちゃんのことを本人の許可を得ず教えるのも、さすがに悪いかと思い、これはまだ秘密にしておくことにした。
それに、荀彧殿が気遣ってくれる気持ちは……純粋に、嬉しいから。
「荀彧殿、その……ありがとうございますっ! 私、本当に心強いです!」
「! ふふっ、そうですか……それならば、わたくしも告白した甲斐があった、というもの。……あ、ところでわたくしは、甄嘉殿と嘉那慧殿、どちらでお呼びすれば良いでしょうか?」
「あ、えーと、それじゃ……ごっちゃになると、ややこしそうですし……今まで通り、甄嘉、とお呼びくださいっ」
「ふふっ、承りました。……ですが別の名で呼ばれたい時は、いつでもお申し付けくださいね。さて、と……」
話に一区切りがつき、荀彧殿がコリをほぐすように伸びをしてから、別の話をしてきた。
「この話を、今させて頂いたのには、もう一つ理由があります。わたくしは曹操幕下の軍師としてだけでなく、漢王朝でも官位を頂いている身。色々と仕事がありまして、数日後には許昌(※曹操の主拠点・漢王朝の現在の都)に戻らなくてはならないのです」
「あ……そう、なのですか? それは……寂しくなります」
「ふふ、社交辞令でも、そう言って頂けるのは嬉しいことです」
「そんな、社交辞令じゃないですよっ。本当に……色々とお仕事も教えて頂いて、お世話にもなっていて……」
本当に、これは嘘偽りのない、本心だ。荀彧殿と離れてしまうこと、それは純粋に寂しくて、心細くも感じる。
そんな私の気持ちを見透かしたのか、荀彧殿はやはり穏やかに笑いながら、落ち着いた口調で言ってくれた。
「ご安心ください、甄嘉殿――たとえ離れていても、荀彧は心魂から、貴女の安寧をお祈りしておりますよ。助けを求められる時は、危機に陥れば、そうでもない時だとて――荀彧が必要な時は、いつでもお呼びください。たとえ九万里の距離があろうと――わたくしは貴女の下へ、飛んでゆきますから――」
こうして私は、この世界において、荀彧文若という――清廉なる心を持つ智謀の士にして、かけがえのない理解者を得た。
…………そして。
もうすぐ先の未来に、待ち受けるのは。
三国志における――運命の戦い――




