第28話 VS常山の義龍・趙雲!!
「はあ、はあ……はあっ……ケホッ……っ、はあっ」
丘を駆け下り、曹操軍の兵士が民に対して牽制するのをすり抜け、上から見下ろして確認していた目的地へと、息を切らして向かう。
こんなに遅い駆け足では、もう全て終わっているかもしれない。それでも、諦めて投げ出すなんて、出来るわけがない。
そう思い、ひたすら懸命に足を前に動かしていると――私は、ようやく辿り着いた。
『! !!』
『…………!!』
「はあ、はっ……あっ! か、夏侯惇殿、良かった……まだっ――」
騎馬を巧みに操る若武者と、戦っている――戦っているのだ。夏侯惇殿は、まだ無事、生きている――!
一瞬、安堵に頬が緩みかけた、私は―――
「――御命、頂戴仕る!!」
「――ぐううううっ!!?」
「――――えっ」
若武者の槍、が――眼帯の武人を、貫いた――
――ように、私には見えたけれど。
「――噴ッッッ!!! チッ、この夏侯惇に傷を負わせるとは……やるではないか、若武者!!」
「!! あっ……か、夏侯惇殿……よ、よかったぁ……」
どうやら槍は、夏侯惇殿の左脇をギリギリですり抜け、致命傷は避けられたらしい。それでも見るだけで痛々しいほど、血が流れているけど。
前方の敵に注意を払い、まだ私には気付いていない様子の夏侯惇殿へと――対する若武者が、ここが戦場だということを忘れてしまいそうなほど、澄んだ声を紡いだ。
「――この〝趙 子龍〟の槍を既の所で躱したるは、乱世の吉兆。お退きなさい、夏侯惇殿。今この瞬間、若君の命を守りたる我が身には、義の焔が宿っている。故にこそ、勇将と相見えるは、今この瞬間に非ず。互いに万全たる時に、決着をつけんや」
朗々と、天にまで届きそうな、透き通る声――その声に負けぬほどの、一匹の清き龍を思わせる、精悍でありつつ眩いばかりの美丈夫。
〝趙雲子龍〟――劉備軍において筆頭の一人として挙げられる、天賦の武人だ。
正直、今は彼の言う通り、戦いは避けるべきだ。赤子を、守るべき者を胸に抱いて戦う趙雲の心身には、目に見えるかのような気焔さえ立ち上っている。いや、本人の言葉を借りるなら、義の焔か。
ゲームにおいても、もはや結界でも張られているのでは、と思うほど手も足も出ない〝趙雲の単騎駆け〟――まさに手も足も出すべきではない、それなのに。
「フンッ!! 寝言は寝てほざけ――舐めるな若造が!!」
夏侯惇殿の気性は、趙雲の言葉を挑発と捉えたようで、矛を振りかざし馬を走らせてしまう。
そして、それを長槍にて迎え撃つ趙雲は、鋭く眼を細めた。
「無念にござる、夏侯惇殿――然らば、御免!!」
趙雲の槍は、的確に、狙いを定めたように――私の〝鬼謀〟が、夏侯惇殿の心の臓に及ばんとする〝100%の致死〟を捉える。
それが見えた、瞬間。
私は――跳び、叫んでいた。
「夏侯惇殿――ダメです、逃げてえっ!!」
「……――!? なっ……甄嘉殿、なぜこんな所に!?」
「この趙雲を前によそ見とは、侮られたもの――隙だらけですぞ!」
「!! ッ……~~~~~ッ!!!」
趙雲が繰り出す、私なんかの目では、影すら捉えられない槍の穂先が――
――夏侯惇殿を、貫いて――
「――怒ッ、羅アァァァァァッ!!!」
「――なにっ!!?」
「……えっ……」
――否、貫かれる直前に、咆哮を発した夏侯惇殿の矛先が、趙雲の槍を弾き返した――!
〝鬼謀〟――夏侯惇殿の〝絆強化・武力〟〝致死回避:100%〟を見て、呆気に取られる私を、夏侯惇殿の背が隠してくれる。
「あっ……か、夏侯惇殿――」
「何故、今ここに居るかは後で問う! だがとにかく、今は動かずジッとしていろ! 俺の後ろには一歩も通さん、分かったな!!」
「……! は、是っ!!」
「後で本気で怒るからな!!」
「それは……で、出来れば、手加減して頂けると……」
後先を考えていなかった私、ちょっぴり後悔していると――騎馬で対峙していた趙雲が、真っ直ぐすぎるほどの眼差しで、私と夏侯惇殿を見据えた。
「……なるほど。夏侯惇殿、あなたもまた、守るべき者がいてこそ強くなれる御仁か。この趙子龍、こういった事で人を見誤ることは、あり申さぬ。得心いった、その武心の在りよう、共感いたす」
「あ? おい若武者……何を訳の分からんことを――」
「そちらの女性、大切な者ならば、大事になさるがいい。愛する者を喪う悲劇など、決して起こすことなきよう」
「は。……――!? おおおおい!! 何を勘違いしておる、俺は――」
「ふふっ……然らば、御免! いずれまた相見えることを願う! 哈! 呀――!!」
「オイコラ!! 行くな、聞け! 待たんかゴルァ!!!」
夏侯惇殿が怒号を飛ばすも、趙雲は(なぜか)透き通るほど爽やかな笑みを一つ見せただけで、そのまま駆け去っていく。
怒りに肩を……というか全身を震わせる勢いの夏侯惇殿に、少し遅れて追いついてきた曹操様が、下馬しながら叫ぶ。
「惇! 甄嘉! 無事か――ムッ!? 惇、まさか怪我を……左脇から血が出ているではないか!」
「ムッ、孟徳! ……あ、いや、ご主君! 今すぐ俺に虎豹騎を預けよ! あの勘違いした若造を追いかけて、今すぐ八つ裂きにして――」
「……い、いえ、夏侯惇殿……残念ながら、それは難しいかと……」
「ああん!? 甄嘉殿……まさか俺が敗れるとでも申すか!?」
「そうでは、なく……ケホッ。……民の先から来る、伝令の言葉を……」
趙雲の駆けた先を、私が指さした先には、慌てた様子で駆けてくる伝令が。
『ほ、報告を申し上げますっ……民より先んじて漢津(※河)に辿り着いた劉備が……江陵を制圧して奪った船団を率いてきた、関羽と合流したようで……』
「「!!」」
その報告に、曹操様と夏侯惇殿が、同時に苦い表情をする。それが意味するところは、つまり劉備に逃げ切られてしまった、ということだ。
右拳を握り締め、額に青筋を浮かべ、夏侯惇殿が分かりやすいほどに憤怒する。
「チイッ! おのれ劉備め……そっ首、今度こそ叩き落とすはずが! 孟徳、追撃はどうする! 急ぎ軍を再編し――」
「――甄嘉! どうした、顔色が悪いぞ……甄嘉、甄嘉!?」
主君である曹操様が、気遣ってくれる。結果はどうあれ、ひと段落がつき、気が抜けた私には、無理して駆けてきた疲れが出たらしい。
要するに単なる疲労だ。運動不足を恥じつつ、私は言葉を発した。
「だ、大丈夫です……大したことはありません。けほっ……そ、それより、劉備には逃げられても、民はまだまだ残っております……彼らは国にとって、大切な存在……出来る限り確保し、手厚く保護を……こほっ、こほっ」
「あ、ああ、分かっている! おれの軍師たちも、将軍たちも、みな優秀だ! それくらいは何とかしてくれる……だから無理をせず――」
「……オイ、孟徳」
「! な、なんだ、惇……今はそれどころではっ!」
取り乱す曹操様だけど、夏侯惇殿なら落ち着くようにと、いつものように窘めてくれるだろう――なんて安心していたら、少しばかり想定外の事態が起こる。
「……甄嘉殿の、様子は……郭嘉殿の時と……似ておらぬか……?」
「えっ」
「!!! ま、さか……そんな。いくら、奉孝の遺志を継いだとて……病弱まで受け継ぐ、などと……そんな、馬鹿な……!!」
「あの」
何だか大いなる誤解が生まれているようで、弁明しようと声を――上げたいのだけど、大の男、ていうか天下の英傑二人分の声量に、敵うはずもない。
「しっ――甄嘉――! 死ぬなッ……死ぬな、甄嘉――!!」
「あの曹操様、疲れてるだけなんで……死にません……」
「甄嘉殿ォォォ――!! 馬鹿な、何というッ……後で目いっぱい、昼夜を通して怒り通してやると、約束したではないかっ……甄嘉殿ォォォォォ!!!」
「してません、約束……夏侯惇殿、勘弁してくださぁい……」
何かもう、劉備に逃げ果せられた、という事実は遠く彼方にぶっ飛んでいる。
そんな、曹操様と夏侯惇殿――二人の哀切なる叫びに、私の声は儚くも、かき消されるしかないのだった――……。




