第27話 ゲームにはなかった、不測の事態――〝敵の転生者〟の影――!
司馬懿殿を含め、曹操軍の名立たる軍師たちが、戦場の至る所で計略を繰り出し、逃げ惑う民たちを捕縛していく。
「うむ……さすが、おれの自慢の軍師たち。民を出来る限り殺さず、という困難な戦いを、見事にやってのけている……素晴らしい智謀の士らよ!」
曹操様が喜ぶように、その様子は龍の尻尾に食いつく鳳の如く、長大に過ぎる民草の列は、最後部から徐々に減らされていった。
攻撃して蹴散らす方法ではなく、降伏・捕縛を旨としているから、さすがに進行は遅い。けれど着実に、戦は曹操軍の優位で進んでいる。
ゲーム知識からの経験則だけど、このまま順調にいけば、こちらの損害は最小限に抑え――劉備軍の猛将たちによる反撃も、封じたまま戦いを終えられる。
ただ、劉備をこの戦いで倒す、あるいは捕まえることは、実質的に不可能だ。
1.劉備に追いつくなら、民を蹴散らして迅速に侵攻しなければならない。
2.民に危害を加えると、それに比例して劉備臣下の猛将たちの士気が上昇する(つまりパワーアップ。しかも上限が無いレベル)
3.結果、猛将に対抗できず曹操軍が手痛い反撃を受け、しかも劉備には逃げられる。
と言う流れで、デメリットしかない――かといって10万を超すかもしれない民の群れを相手に、どんなに効率よく降しても、劉備に追いつくのには間に合わない。
つまりこの長坂の戦いでは、どう頑張っても劉備と決着を付けることは出来ない、というわけだ。
なので先々を考えても、この戦で実現できる最良の結果は……
※解答※
『民は出来るだけ確保して曹操勢力に戻し、こちらの兵力の損耗を最低限に抑え、武将たち人材の被害を出さないようにする』
ということになる。……出陣前から覚悟はしていたけど、やっぱり悩み深い、困難な戦よねぇ……ゲームでも、ここの難易度は本当に異常だったもん。
それでも今のところは、劉備軍の猛将……特に張飛なんかの反撃が無いのを見るに、事は上手く進んでいると思う。上昇かかっている時の張飛は、本当に〝万人敵〟の異名の通り、一人で万人の敵と戦える強さだからなぁ……。
そんなことを考えていると――不意に伝令の声が届く。
『――報告いたします! われらが曹公(※曹操)の軍の背後から、一騎の……胸中に赤子を抱いた若武者が、単騎駆けで猛進している模様! 遮る兵も、無きかの如くに……その武威、異常! 如何いたしましょう!?』
「むっ……なんと! 好きに暴れさせるな、誰か将を援軍に――」
「お待ちを、曹操様!」
赤子を抱き、単騎駆けする若武者――そのイメージに、私は明確な心当たりがあった。だからこそ、被害を抑えるために献策する必要がある。
「その若武者の突撃は、恐らく何者にも止められません。それほど今は気が満ちている状態かと。下手に道を遮らず、素通りさせてしまうべきかと存じます!」
「! ふむ、甄嘉のことだ、それほどハッキリと言うなら、何かおれの知らぬ根拠があるのだろう……あい分かった、その通りに兵を動かそう! その赤子を抱いて駆ける健気な若武者には、むしろ同情して道を譲ってやれ!」
なるほど、と頷きたくなる上手い言いようだ。若武者を恐れて逃げるわけではない、と曹操様は言外に伝えている。
とにかく、これで私にとって心当たりのある武将からの被害は、最小限に抑えられるだろう。下手に当たれば、どんなに強い味方武将でも、討ち取られてしまうほどだから。
とにかくまずは、一安心――ではない。
『ほ、ほ……報告いたします! 件の若武者が……激しく方向転換し、われらの軍に後方から突撃していきました――!』
「――――はい?」
それは私にとって、完全に――不測の事態だ。
その若武者は赤子の救出を第一義とし、攻撃を優先するコトは、あり得ないはずだから。だからこそ、発揮できている力、そのはずなのに。
なのに、今――あまりにも不自然な方向転換。まるで何者か、が、ここでのみ発揮される若武者の武力上昇を解っていて、利用すべく動かしたようだ。
そして、若武者の突進する先を確認して、私は大いに焦燥感を煽られることになる。
「! ――まずい! このままでは、あの若武者は……夏侯惇殿の背にぶつかります!」
「むっ! むうう……あの尋常でない勢いは、確かに見過ごせんが……夏侯惇の武勇なら、そう遅れは――」
「っ、申し訳ございません、曹操様――甄嘉は、夏侯惇殿の救援に向かいます! 馬車、は……丘陵と林に遮られて、いけないっ……最短距離で、走っていきます!」
「なっ……おい、甄嘉!?」
馬車を飛び降り、駆け出しながら、私は曹操様に声をかける。
「曹操様の覇業のため、ここで夏侯惇という筆頭将軍を喪うワケにはいきません! 大丈夫です、何とか……何とかしてみせますので!」
「! ……夏侯惇を、喪う、だと? あの若武者は……それほどの脅威だ、と……甄嘉、キミの目は、それを見通しているのか? っ……ええい、おれも追う! ついてこい、虎豹騎、迂回して丘を降りるぞ!」
重装騎兵の馬蹄が響くのを聞きながら、私は振り返らず走り――考える。
若武者の、明らかに異様な行動、方向転換――赤子を抱えた彼は、劉備の下へと一直線に向かうはず。その一直線の向かう先を操作するなら、恐らく劉備の居場所を動かし、旗などの合図で若武者に伝えたのだろう。
でもそれは、〝そういう行動パターンなのだ〟と知っていなければ、出来ない芸当だ。そう、たとえば私のように――
――〝ロード・オブ・三国志というゲームの知識がある、転生者〟――
そして、私やサイちゃんと同じような時期に転生したとして、この戦とタイミングが合致するプレイヤーヒロインといえば、一人が思い当たる。
史実においては、あの〝諸葛亮孔明〟の嫁として有名な、彼女。
〝黄夫人〟か――?
(っ……これが正解なら、劉備軍側に異様な強化のある、この戦で……ゲーム知識のある転生者の存在は、危険すぎる! 相手の立ち回りに対応できなかったら、とんでもない痛手を……夏侯惇将軍――!)
今から訪れるだろう、最悪の事態を想像し――走り慣れしていない女軍師の足で、私は懸命に駆けた。




