第26話 狼顧の鬼謀、司馬懿の策略――!
丘の上から十万を超える民の大移動を見下ろし、私は馬車に乗り、曹操様は騎馬した状態で何やら緊張気味だ。
そしてこの場に呼ばれた、スラッとした体格で、整った顔立ちの軍師風の青年が――口の端に笑みを浮かべ、流暢に発声する。
「ご主君、軍師・荀攸殿に甄嘉殿、お待たせ致しました。
〝司馬 仲達〟――命に従い、参上しました」
「……う、うむ! 足労だったな、司馬懿」
「いえいえ、勿体なき御言葉です、ご主君……くっくっく……」
「……う、う~む……」
何やら怪しそうに笑う青年――司馬懿殿に、たじたじという様子の曹操様。あまり大っぴらには見せない気弱な裏の顔が、ちょっぴり出ている気がする。
一方の司馬懿殿は、瞳が見えないほど糸のように細められた目で、私のほうを見つつ尋ねてきた。
「それで……自分を呼んだのは甄嘉殿とお聞きしましたが、何用でしょう? 自分を推挙してくださったという恩に報いるべく、出来る限りは致しますよ?」
「司馬懿殿、感謝いたします。お願いしたいことというのは、他でもありません……今現在、劉備に付き従って逃亡している民。彼らは出来る限り傷つけずに捕えられれば、と考えております。ですがこの常識外れの人数、軍師が総出で当たらねば、間に合いません。ゆえに司馬懿殿にも、ご助力いただきたく存じます」
「! ほほう……そのような大切な御役目、自分に任せてもよろしいので? ……くっくっく……」
「っ――し、甄嘉、甄嘉……ちょ、ちょっと!」
話に割り込み、馬車に寄りかかって呼ばわってくる主君・曹操様に、仕方なく《《ヒショヒショ話》》で対応する。
「そ、その、こんなことを言っては、司馬懿にも申し訳ないのだが……大丈夫、だろうか? いやまあ、優秀なのは分かるのだが、何というか、その~、え~と……」
「なんか裏切ってきそうで、めっちゃ怪しい、ですか?」
「そそそこまでは言っていないぞ!? ……でも、まあその……んん……」
否定しきれていない辺り、曹操様にも何やら引っかかるものがあるらしい。
けれど私は、まあまあ、と手ぶりして宥めつつ、〝説得〟(※成功率100%)することにした。
「仰りたいことは何となく分かりますが、今回の戦は出来るだけ民を傷つけないのが肝要……武力ではなく、軍師の策略が最も重要になります。司馬懿殿も、荀攸殿や荀彧殿に匹敵する知力の持ち主。頼りになりますので」
「う。……そ、そうか、甄嘉がそう言うなら、まあ……」
やはり渋々、という様子で曹操様が納得しかけていると、司馬懿殿は何やら呟き始めた。
「くっくっく……この陰謀、おっと間違えました、策謀を揮える機会に恵まれるとは……全く、嬉しい話ですねぇ……早く始めたいものです、血の沸き立つような戦を……くっくっく……!」
「……し、甄嘉、ええと……本当に大丈夫だろうか……?」
「ご心配なく、大丈夫ですよ。さあ、とにかく始めましょう、あまりゆっくりしていては、劉備が逃げてしまいますから」
曹操様の不安は尽きないようだけど、キリがないし、早く始めちゃおう。荀攸殿は荀攸殿で少し不安そうにしつつ、彼の持ち場に戻っていったことだし。
夏侯惇殿を初めとし、曹操軍の名立たる将軍には、あくまで民を牽制するに留め、民の士気を下げる役目をしてもらう。夏侯惇殿の不満そうな表情が目に浮かぶようだけど、後で私から謝るとして、ここは我慢してもらうしかない。
さて、そうこうしている内に、伝令が前線に届き――ギリギリで民を攻撃しない絶妙な距離感で、牽制が始まる。十万もの民からは恐れによる悲鳴だけでなく、怒りで罵倒してくる声まであった。う~ん、逞しい……。
「くく……なるほど、上から見ていると〝落としどころ〟が見えてきますねぇ……ではご主君、甄嘉殿、自分も向かいます。まあ見ていてください……くくく!」
「あ、はい……い、いや、うむ。頼んだ、司馬懿……」
曹操様の気はまだ晴れないようだけど、気にしていない様子の司馬懿殿は、そのまま馬を走らせ――特に恐慌状態の民を目掛けて駆けていく。
この的確に見極める眼、司馬懿殿も技能〝鬼謀〟の持ち主で、計略の成功率が見えているのだろう(私の見え方と同じかまでは分からないけど)。
糸のように細い目のまま、ニヤリと不穏な笑みを深め、彼は恐慌状態で士気がどん底に落ちている民へ向けて、策謀を放った。
「武器を捨てよ、民たちよ! 無駄な抵抗をやめれば、今なら命は助けてやるぞ!」(計略:降伏勧告・成功率90%)
『ひっ、ひいいっ……わ、わかりました! 命だけは、命だけはお助けを!』
「おまえたち、まだ知らないのか!? 劉備はおまえ達を時間稼ぎの囮にして、既に逃げ去っている! おまえ達を守る者は誰もいないのだ!」(計略:虚報・成功率70%)
『そ、そんな……おらたちは見捨てられちまったのか……』
『う、ウソだ、そんな……劉備さまはそんな御方じゃねぇ~!』
「劉備はおまえ達を利用して、己一人が助かる腹積もりだ……そんな奸賊に付いて何になる、おまえ達の怒りを向けるべき相手は誰だ!」(計略:扇動・成功率50%)
『りゅ、劉備さまが、そんな……いや、劉備……許せねえ! オラァ!』
『ウワッ、何をする! 敵の巧言に惑わされるな!』
「く、くくくっ……こうも容易く操られるとは、くくっ……はははっ……!」
何とも愉快そうに悪意な策をもって弄ぶ、司馬懿殿――う~ん、悪役ムーブだなぁ。私の横で震えている曹操様が、警戒する気持ちも分かるっていうか……。
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか人物評★――――――
『司馬懿』攻略可能キャラ
字は仲達。後に曹操が興した〝魏国〟を――最終的にはクーデターを起こして滅ぼす原因となる人物。
非常に優秀なものの、ポーカーフェイスで本心をあまり見せないことから疑われやすく、曹操も警戒していたと言われるほどだった。
〝ロード・オブ・三国志〟シリーズでは、俗に言う〝糸目キャラ〟のミステリアス系イケメン。怪しい言動がやたらと強調され、自勢力内でも怪訝な目を向けられやすい。
あと余談だけど〝狼顧の相〟という、要するに体は前を向いたまま首だけで後ろを向けるという尖った体質の持ち主だった。
それを見た曹操様が、結構明確に「キモッ!」(※要約)と驚いたのは三国志では割と有名な御話。だから警戒していたのかなぁ……。
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……まあ実際、言動はかなり怪しいし、一人でも意味深に含み笑いしていることもあるし、〝Ⅹ〟の気弱な曹操様が疑う……というか怖がるのも仕方ない。
実際に今も、なかなか悪役じみた雰囲気で、民を縦横に操って高笑いしているのが、丘の上からでもハッキリ聞こえてくるし……。
「く、くくっ、何とも愉快……否、愉悦……! これが策謀を操る愉しさか……くっ、ははっ……ははははっ!!」
「なあ甄嘉、本当に大丈夫だろうか、甄嘉!? なんかもう司馬懿の様子が、アレ、あの……かなりヤバくはなかろうか!?」
「あ~、大丈夫です、大丈夫です~。安心してください~」
「本当に!? なんかもう大分、怖い感じになってしまっているのだが!? というかあの司馬懿を見て、良くそんなに落ち着けるな!?」
曹操様が狼狽しつつ指さした先で、司馬懿殿のテンションは最高潮に達しようとしていた。
「くっ、ははっ、ははは――あーっはっはっは!! 我が智謀、天下を掌に転がすことさえ可能! ふははははははは!!!」
「甄嘉!? ねえ甄嘉!? 本当にアレ大丈夫なのかな甄嘉――!?」
「ダイジョブダイジョブ、ダイジョブデスヨー」
カッ、と糸目を開眼させ、魔王の如くに大笑いする司馬懿殿を見て、曹操様は怯えまくるけど……まあ私はゲームを通しても司馬懿殿を知っているし。
あ、さっきの人物評では思い出し忘れていたから、ちょっぴり補足しちゃおう★
――――――★女軍師・甄嘉のちょっぴり補足★――――――
『司馬懿についての補足』
後に魏の滅亡の原因となり、色々と素行は怪しい彼だが、実のところ――曹操・曹丕の存命中に、彼が裏切ったことは史実においても一度としてない。
その優秀さから曹操に嫌疑をかけられたという話はあるが、その上で重用され、曹丕の代には重臣の位に就いていた。
最終的に魏へクーデターを起こしたのも、魏の弱体化や政権の変遷など、立場的に仕方なかったと司馬懿を擁護する説も多い。
〝ロード・オブ・三国志〟シリーズでも、言動が何か怪しくて意味深というだけで、実のところ本人は普通に過ごしているつもりだった、と明かされたりする(ナンバリングやイベント次第では、絶好調で裏切ってくることもあるけど)。
何というか演義などの印象もあって〝悪役イメージ〟が付いちゃって損をしている印象。その辺りちょっぴり不憫なので、イメージ回復してあげてネ!
……まあでも胡散臭いことは胡散臭いし、陰謀も得意なので、やっぱりある程度はしょうがないかも。南無三。
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「――ふう。すみません、少し興奮してお見苦しい様を見せてしまいましたね、ご主君、甄嘉殿。お恥ずかしい限りです」
「ひっ! あ、いや……み、見事な策士ぶりだったぞ、うん……」
「あ、お帰りなさい司馬懿殿、お疲れ様でした~」
いつもの雰囲気、いつもの糸目に戻って、司馬懿殿は騎馬して戻ってきたそのままの足で、報告を交えつつ次へ向かおうとする。
「さて、方針通りに民は計略によって篭絡するか、抵抗を防ぐために退散させ、生き残らせることに終始しました。とはいえ数が数だけに、各所で戦闘は起こっております。そちらにも向かい、民を降させていこうかと」
「迅速なる機転、感謝します、司馬懿殿。……あのところで〝それは秘密です♪〟って言ってもらっていいです?」
「はい?」
「あっいえ、何でもないです何でもないです。ではご活躍、期待しております!」
「? ?? ええ、では……失礼を仕ります、ハッ!」
首を傾げながらも、馬を煽って駆け去っていく司馬懿殿。
そんな彼の背を見送り……曹操様は震えていた。
「……う、うう……なにやら怖い……うう」
ちょっぴり気弱な一面にトラウマを残しているようで、私は「ダイジョブですよー」と軽い調子でお慰めするのだった。




