第25話 穏やかなる風骨の参謀・荀攸。そして――歴史のズレ――?
荊州でも中心だった襄陽の、雅やかな雰囲気のお城を離れた私は、軍中でいつものように馬車で移動させてもらっていた。
武将はもちろんだとしても、軍師でさえ騎馬できる者が多い軍中で、私だけ馬車っていうのは、どうしても慣れないなぁ……。
なんて勝手に肩身を狭くしていると、騎馬で駆けつつ馬車の横に付けてくる、荀彧殿――に少し似ているが明らかに年上の、物腰が穏やかそうな男性が語りかけてきた。
「甄嘉殿。調子は如何ですかな、なにぶん大軍での移動で従軍の経験も少ないはず……慣れぬことも多いでしょう?」
「あ……荀攸殿。お、お気遣い、痛み入ります。ですが問題ありません、私も少しは慣れてきましたし、これくらい平気ですっ」
「はは、それは頼もしい! ですが何かあれば、遠慮はしないでくだされ。叔父である荀彧殿からも、よく気にかけるようにと、重々に仰せつかっておりますので」
「! 荀彧殿からも……は、はい、恐縮です!」
荀彧殿は今回、別行動な訳だけど――それにしても、曹操幕下としてはもちろん、漢王朝にとっても重臣である荀彧殿から目をかけられる、というのは新参軍師である私には思いっきり異例すぎる事態だ。
しかし荀攸殿は持ち前の朗らかさで、他意もなく笑って頷いてくれる。う~ん、この穏やかな雰囲気、解釈一致だなぁ……。
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか人物評★――――――
『荀攸』攻略可能キャラ
字は公達。荀彧は彼の叔父という立場だが、荀攸の方が年上。平素から穏やかで自分からはあまり発言せず、何となく地味な印象で、人によっては彼を侮って見る者もいる。
しかし実際には曹操軍の筆頭軍師として恥じない智者で、一たび策を放てば必ずと言って良いほど事態を好転させた。
「大賢は愚なるが如し(※本当に賢い者は偉ぶらないから、一見すると愚かに映ることもあるものだ)」という言葉を体現したような賢者。
〝ロード・オブ・三国志〟では荀彧の年上の叔父という立場を反映してか、〝年上の穏やかなお兄ちゃん〟的なキャラになっている。所々で地味に活躍し、プレイヤーや仲間をサポートしてくれるありがたい人。
……なんだけど、やっぱり地味な印象。純粋イケメンな荀彧殿と比べてしまうと、若干だけどのっぺりした感じかも……あとこれは言う必要もないんだけど、人気投票ではランキング低め。やはり地味なせいか。
……みんな、もっと地味を愛そうぜっ!(ぜっ)
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馬車に揺られつつ、ぼんやりと考え事をしていると――「ふふっ!」と突然、荀攸殿が笑い始めるものだから、ビックリしてしまう。
「じゅ、荀攸殿? どうか致しましたか? 何か私、おかしなことでも……」
「おっと……いえ、申し訳ない。ふふ、いやしかし……貴女のことを気遣う叔父上、いえ、荀彧殿がですな。普段は冷静に努めている彼が、妙に落ち着かないでいるのを思い出すと、どうにもおかしくて……はははっ」
「え、ええ? そ、そうなのですか……な、何だかそう聞いちゃうと、恐れ入ると言うか、面映ゆいと言いますか……」
そんなに好感度が上がっているのかな、とは口に出して言いませんが……何だかいつの間にか、意外なほど好感度が上がっているらしい。う~ん、〝神算〟とかで確認できればいいのに、って好感度は計略じゃないか。
また、ぼんやりしそうになっていると――かなり先行していたはずの先行部隊に、追いついてしまう。先行部隊の速度が緩まっていた理由は、小高い丘の上から見える様子で明らかだ。
「! う、っわ……あ……」
高い位置から眺めれば、眼下に映るのは、うねる胴体の太い蛇――されどその正体は、人の群れ。十万をも数えようとう民の群れが、恐らく先頭にいるであろう劉備に追従し、まさに長蛇と化している。
いや、もはや十万もの民が列を為す迫力は、龍――そう、一匹の龍の如し。
中華歴史オタで、三国志の知識があって、長坂の戦いについて知っている、とはいえ元・ただのOL。実際に目にすると、圧倒されてしまうのは当然。
「――……甄嘉殿、甄嘉殿! 大丈夫ですか、甄嘉殿?」
「……あっ、だ、大丈夫ですっ。申し訳ございません、さすがに少し、驚いてしまって」
「あ、ああ、そうでしょうな。わたくしも、こんな光景を見るのは初めてだ……甄嘉殿も圧倒されたとて、無理はなかろうものです」
「は、はい。……いいえ、ですが。呆けてばかりもいられません」
「? し、甄嘉殿?」
そう、元・ただのOLじゃ、圧倒されても仕方ない――けれど、そろそろ、それは止めにしよう。
今の私は、転生前に元・OLだった私じゃない。今は、郭嘉様から意志を託され、神技能を受け継ぎ、自らの道を選んだ人間。
〝女軍師〟甄嘉として――主君の三国覇道を、援けるんだから――!
「――荀攸殿、恐れながら申し上げます。今回の戦、言ってしまえば劉備にとって民は盾。かといって私たちにとって、打ち払えば良い敵と言い切ることは出来ません。難しい戦いになるとは思いますが、目標とすべきは民に出来る限り危害を加えない、捕縛を主とした戦い方をするべきかと」
「! そうですな……これだけの民、劉備が如何に逆賊といえど、付き従っているからというだけで進撃して排除する、というのでは大義は立ちません。他の将にも伝令を走らせ、注意を促しましょう。御慧眼です、甄嘉殿」
「いいえ、拙い考えでお恥ずかしい限り、むしろ受け容れて頂けて光栄です」
荀攸殿は褒めてくれるけど、これもまあゲーム知識が主だ。もし仮に、長坂の戦いで民を殺戮しながら進もうとする、という手段を取った場合、曹操様の声望は地に墜ちる。ゲームの場合ですら、立て直すのが困難になるほどだ。
しかもその手段を取った場合、劉備に付き従う名だたる猛将たちにチートかと思うほどの強化補正が掛かり、手痛い大反撃を受けることになる。最悪、その結果としてこちらの優秀な将が根こそぎ葬られる、なんて事態も起こり得るほどだ。
もちろん劉備には、まんまと逃げ果せられた上で――
だから、民に出来る限り危害を加えないというのは、私がまた怖気づいているからでは……無いとは言い切れない、けれど今回は確固たる理由があるのだ。
何せ徐州・陶謙の時のように、親の報復という大義も無いのだから……と、そこまで考えて、ふと気になって荀攸殿に尋ねる。
「あの、そういえば……徐州の陶謙を攻めた時は、どうなったのでしょう? 民を虐殺した上で、その後はどうやって統治が出来たのか、純粋に疑問で――」
「? ……ええと、虐殺、ですか?」
「え? は、はい、青州兵を動かし、徐州を攻めた……のですよね?」
※青州兵=元・黄巾党の、兵士30万弱やその家族(非戦闘員)100万を、曹操はまとめて抱え込んで自分の民にした。青州兵はその中でも選りすぐりの精兵。
「ああ、よくご存知で。ですが、その……虐殺、というのは行っていませんぞ? 徐州を攻めはしましたが……」
「…………えっ?」
「まあその後は、呂布の空き巣狙いのような侵略を受けて、結局は妨害されることになりましたが……ん? 甄嘉殿、如何なされた?」
少し、おかしい――実際の史実通りであれば、私が言ったことは既に起こっているはずで、それは〝ロード・オブ・三国志Ⅹ〟でも同じだろう。
Ⅹの曹操が少し気弱なところがあると言っても、兵が動けば、戦が起これば、被害は出るもの。それが編入されたばかりで獰猛な青州兵であれば、想像に難くない。
でも虐殺は起こっていない、と荀攸殿は言う。これは、違和感――大きなズレ、致命的なズレ、という訳ではない。本当に小さなズレだ。
つまり、ほんの少しだけ、歴史が変わっている。それも、私やサイちゃんが、転生するより前に――
……つい長考してしまう、けれど私は思い切り頭を振って、今はその違和感を追い払った。
(……いやいや! この世界は本物の世界も同然だし、それなら〝転生者〟が関係ない所で、何かが変わってもおかしくないわ。大体そんな話、目の前の戦に全く関係ない……今はこの難しい戦いをどう乗り切るか、でしょっ)
「甄嘉殿、大丈夫ですか? お加減が優れぬなら、後方で休んでおっても――」
「――いえ、荀攸殿。お気遣いありがとうございます、そして無知なる浅慮、申し訳ございません。ですが、虐殺が無ければ、なおさら……曹操様の治世のため、この戦は如何に民を傷つけず、その上で劉備を追撃するか、に尽きます。事を上手く進め、むしろ私たちが劉備の声望を奪ってやりましょうっ!」
『――ふふっ、頼もしいな、甄嘉よ!』
「恐れ入ります! ……って、ええっ、曹操様!? なぜこんな前線に!?」
後軍で指揮を執っているはずの曹操様が現れ、私も荀攸殿も驚いていると、当の本人は何とはなしに頭を掻いて答えてきた。
「いやその、甄嘉の様子が、少し気になってな……何せ異様な種の、前代未聞の戦だ。民が相手、というのもな。……が、余計な心配だったようだ」
「は、はい! ご心配をおかけして申し訳ございません、ですが……ちょうど良いところに。お願いがあり、伝令を飛ばそうと考えていたところなのです」
「! おお、何か策でもあるか? ようし、何でも言ってくれ!」
どん、と嬉しそうに、何なら無邪気に胸を叩く曹操様――うん、この人なら確かに、虐殺なんて出来そうもないな。こういう性格の関係で、虐殺自体が行えなかった、っていう可能性もあるか。
と、ついつい別の考えに囚われそうになったのを、パッパッと頭の上で手を払って追い出し――改めて、私は告げた。
「新野で準備していた頃からお願いし、登用に成功した彼を――この前線まで、呼んでは頂けませんか?」
「え。……彼、とは……あ、あの彼のことか?」
「はい。……お願いできますでしょうか?」
「……あ、ああ、分かった! では、その……呼ぶぞ? ……本当に呼ぶぞ!?」
「是、お願いしま~す★」
何やら妙に躊躇っている曹操様に、促すようにオチャラけてお願いしてみると――曹操様は渋々といった様子で、伝令を出してくれた。
さて、曹操様が妙に渋る、その彼とは――




