第24話 日輪を掲げる智嚢、程昱――〝絶対に笑っちゃいけない曹操軍24話〟
「……ふう。さて、と……」
襄陽に入ってから暫く経った後、軍備や内務への施策がひと息ついた頃、私はとある人物の室を訪ねていた。
そこに入るのは、少し……そう、ほんの少し、覚悟がいる。
私はもう一度、「すう~」と深呼吸し――声をかけつつ、足を踏み入れた。
「失礼いたします……少々、用件があって参りました。
お時間、よろしいでしょうか――程昱殿」
一人の軍師のために誂えられた政務用の室で、探す必要もない長身の中年男性が、返事をしてきた。
「……どうぞ、甄嘉殿。こうして落ち着いて話をするのは、初めてでしたかな?」
「! は、はい、申し訳ございません、挨拶に伺うのを疎かにしてしまい……」
「いえいえ、お互いに多忙な身、理解しておりますぞ。それにこうして今、会いに来てくださったではないですか」
「は、はい……恐縮、です。……っ」
恐縮――そういった通りに、私は今、緊張してしまっている。
程昱殿は〝ロード・オブ・三国志〟において、乙女ゲームでも珍しいほうである中年男性。曹操勢力の攻略可能キャラで最も年上で、思慮深い雰囲気が特徴的な……いつもの身も蓋もない言い方をしてしまえば、ナイスミドルだ。
でも、その雰囲気は、あまりにも特徴的すぎて、目立ちすぎな要素。それが私を今、必要以上に緊張させている。
……いや、もうハッキリと言ってしまおう。
身も蓋も無さの限界を突破し、程昱殿の印象を、一言で表すならば。
バーテンダーだ。
何を言っているのか分からないかもしれないので、念のため、もう一度だけ言おう。
――雰囲気、バーテンダーだ――
……もちろん、バーテンダーっぽい洋装を着ているだとか、そういう訳ではない。中華様式の文官・軍師らしい着物だし、そこまで突飛な姿ではない。
でも、ナイスミドルな雰囲気とか、落ち着いた佇まいとか、今もなぜか立ったまま目を閉じ、私にはよく分からない何かの棒を杯でカチャカチャやっている、その佇まいは――あまりにも、バーテンダーすぎるのだ。
……ここらで少し気を落ち着けるため、人物評を挟むとしよう。
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか人物評★――――――
『程昱』攻略可能キャラ
字は仲徳。元は程立という名前だったが、「日輪を掲げる夢を見た」という個性的な自己アピールを経て曹操軍に入社。「日を掲げて立つ」という意味で〝程昱〟と曹操が改名し、それが定着する。
十の伏兵を置く〝十面埋伏の計〟辺りが特に有名で、大軍を擁していた袁紹軍を打倒できた一因となったのは間違いない。
そして〝ロード・オブ・三国志〟では、かなり年上のナイスミドル系で――キャラ立てに迷ったのか、完全にバーテンダーの雰囲気になってしまった。
初めの内はそうでもなく普通のムーブだったんだけど、ユーザーから「バーテンダーっぽい」「っぽすぎる」とあまりにもイヂられまくり、開発陣も開き直ったのか自分達からネタにし始めた。
ところで本気でどうでもいい話なんだけど、ご主君・曹操様の命名センスが絶望的だったら「程日立」とか名付けられていたのかな?
ご主君センスあってよかったね!(ね!)
――――――――――――――――――――――――――――
「……ふう、よ~し……」
ようやく少し落ち着けた。私は程昱殿に頼みごとがあって来たのだから、勝手に緊張している場合ではない。
改めて気合を入れ直す、と――程昱殿は、不意に近づいてきた。
「……え? あ、ごめんなさい程昱殿、訪ねてきておいて、無言で立ち尽くしてしまって! その、実は今日――」
「どうか、落ち着かれよ――こちらでも、お飲みくだされ」
「えっ、あっ、さっきの杯……あ、ありがとうございます。えと、これは……?」
「古井貢酒という白酒(※蒸留酒)です――桃の果実水を多く混ぜておりますので、女人にも飲みやすいかと。お嫌いでなければ――」
「ンン――――ッ!!」
「甄嘉殿?」
カッ、カッ――カクテル作ってんじゃあねーですよ――!?
思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪えつつ、私は程昱殿から混合酒の入った杯を受け取り、恐る恐る口づける。
「あ、ありがたく頂きます。ん……あ、おいし……」
「! そうですか……それは幸い」(好感度↑)
「は、はい、ありがとうございますっ。……あ、その、本題なのですが。不躾で申し訳ないのですけど、お願いがありまして――」
「――甄嘉殿、勘違いをなさらないで頂きたいですな」
「――えっ?」
男性らしい低い声で遮られ、思わず緊張が高まってしまう。
そして、程昱殿は――フッ、と口元を緩めてナイスミドルに笑った。
「お願い、などと――水臭い事を言わんでくだされ。自分も荀彧殿や他の軍師らと同様、郭嘉殿と親交があり申した。否、特に親交が深かった、と言っても過言ではない。そんな郭嘉殿が後事を託したと噂される貴女の頼み事なら、何でも伺いましょうぞ」
「! あっ……」
そうだった――程昱殿と郭嘉様は、曹操様に仕え始めた時期も近ければ、良く名前を並べて評されるなど、関係の深い人物だったのだ。
そんな程昱殿の優しい言葉に、郭嘉《推し》様のことまで思い出し、思わず目頭が熱くなる。
本当に、嗚呼、本当に……心の中でバーテンダーとか程日立とか想像して、ゴメンね……(本当にね)。
まあそれはそれ(流すな)、私も長坂への出陣を控えている身、それほど時間に猶予がある訳でもない。大切な用件に入るとしよう。
「程昱殿、御言葉、ありがたく……では、お頼み致します。実は程昱殿に、開発して頂きたいものがあるのです」
「! フム、開発と……それはもしや、兵器の類ですかな?」
「是。戦に有用という意味では、そうとも呼べます。そのために……お入りなさい」
私は半身を後ろに向け、室外へと呼びかける。すると、少し間を置いて、おずおずと美少女が入室してきた。
「……し、失礼しま~す……甄お姉さま、えっと、これってどういう……?」
「――程昱殿、彼女は蔡琰という、詩歌に秀でし才人。この子の話を聞きながら、協力し……制作して頂きたい品があるのです」
いまだ不明瞭な申し出に、果たして受け入れてくれるのか、緊張していると――目を閉じて考えていた程昱殿が、ゆっくりと開眼し、ニヤリと笑った。
「甄嘉殿、その申し出、承った――此度の戦は、どうせ襄陽にて留守居の身ゆえ、時間はあり申そう。お任せくだされ」
「! 程昱殿……ありがとうございます!」
「? ??」
深く礼をする私と、よく分かっていない様子のサイちゃん。
〝ロード・オブ・三国志Ⅹ〟において、程昱殿は希少な〝開発〟の技能を持っている。とはいえ時間もかかるから〝すぐに〟という話ではないけれど。
とにかく出来る限り、準備をしていかなければならない。気を引き締める私の横で――サイちゃんも何か思い立ったのか、ハッ、と顔を上げる。
「甄お姉さま、まさかっ……このお部屋、お酒の気配……わ、わたしにカクテルをゴチソウしてくれようと――!?」
「仕事してね?」
……まあ一抹の不安は残るけど、着々と準備を進めていくのだった。




