第17話 もう一人の転生者――蔡琰の恐るべき目的とは――!?
さて、馬車を走らせてもらい、今は私こと甄嘉の私兵である二千に守られ、数日かけて宛城に辿り着いた。……お尻痛い(素直な感想)。
とにかく城門をくぐり、既に城内にまで踏み込んでいる訳だけど、ここまでは意外なほどすんなりと通り抜けられている。もしかしたら、何らかの妨害、あるいは奇襲を受ける可能性も考えていたけれど、今のところは杞憂だ。
……そう、今のところは、である。正直、この城の様子を見ていて、私の中の不安感や嫌疑は、どんどん膨らむばかりだ。
何しろ城中の雰囲気は、明らかに異様――曹操幕下の臣下たちが、揃いも揃って様子がおかしい。いきなり戦いにはならないだろう、と私兵を城外に待機させてきたのは、失敗だったかと後悔するほどだ。
『ブツブツ……ブツブツ……』
『嗚呼……蔡琰殿、今頃、何をしておいでか……』
『おのれ……あやつらめ、おのれ……!』
「……っ」
何やら夢想の中にいるような者、目が血走っている者、不満を呟く者――今にも爆発寸前で、荀彧殿が言っていた〝反乱〟の恐れを明確に感じる。
そして、これほど異様な雰囲気なのに――〝神算〟で確認する限り、伏兵はもちろん、落とし穴などの罠も一切仕掛けられていない。これが逆に、恐らく〝転生者〟と思しき蔡琰の企みを不明瞭にさせ、私の不安を煽る。
……そう、主君たる曹操でもないのに、周囲へこれほどの影響を与えられるのは、プレイヤーとして選んだ〝女性キャラ〟……つまりは、えっとその、ヒロインのみ、でして(自分のことでもあるから、ヒロインとか言うの恥ずかしいなコレ……)
ま、まあとにかく! だからこそ私は、〝蔡琰も転生者だろう〟と当たりを付けた。そして問題は、〝目的は何なのか?〟だ。
城内の臣下たちの異様な雰囲気、罠の仕掛けられていない状態、それらを鑑みて――私自身のゲーム知識に照らし合わせて、〝蔡琰のプレイスタイル〟を推察する。
恐らく……いや、この状況なら……これしかないだろう。
――〝女君主〟として、独立すること――!
この宛城にいる人物達の、今にも暴発してしまいそうな異様な雰囲気は、恐らく蔡琰が何かを吹き込んでいるのだろう。当人の名前を呼んでいる者さえいた。
独立後は拠点となる城を、罠だらけにしないのは、単純に……〝自分の仕掛けた罠に味方が引っかかる〟なんて事態を防ぐため。そりゃ生活しにくいもんね……。
でも、だとすれば反乱まで、もはや秒読み段階かもしれない。急いでここへ来たのは、正解だった。
「……甄嘉様。蔡琰様のお部屋は、こちらでございます」
「……はい。ご案内、ありがとうございました」
「いえ、勿体ない御言葉です。……それでは、ごゆるりと……」
侍女の人に案内してもらい、今回の事件の張本人である、蔡琰の部屋の前に到着する。まだ自勢力のおかげか、ここまで辿り着くのは簡単だった。
……ただ、やはり城内の雰囲気は、異様だ。どこもかしこも薄暗く、いっそ禍々しい雰囲気さえ感じてしまう。
いや、ここが宛城というのも、曹操勢力の人間としては、不安の募る理由かもしれない。
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか歴史イベント解説★――――――
『曹操と宛城の因縁』
曹操はかつて宛城において、一度は降った張繍と賈詡の謀反の計を受け、死の瀬戸際に立たされた。
結果的には生き延びたものの、この件で豪勇の臣下〝典韋〟を失ってしまうなど手痛い敗北を喫する。
……ちなみに鄒氏っていう超絶美女の未亡人に曹操が誘惑される、なんて出来事もあったんだけど……乙女ゲームである〝ロード・オブ・三国志〟シリーズではさすがにヤバイと思ったのか、誘惑を退けるイベントに変更されているわ。
プレイヤーが早い年表で始めていたら、ヒロインのおかげで誘惑を跳ね除け、宛城を脱出するなんて熱いイベントもアリ!
まあシリーズ初期の方ではそんな配慮が一切なく、曹操が色に溺れて、まあまあ炎上してたこともありますけど……★
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……という勢力的にも乙女的にも苦い歴史がある分、ここを反逆と独立の地に選んだのだとしたら、なかなかに皮肉も利いていると思う訳だ。
行動の怪しさといい、まずプレイヤーだろう蔡琰は、かなり狡猾のはず。だけど、もし彼女にとって誤算があるとすれば、それは私の存在だ。
恐らくまだ、私という〝転生者〟の存在は、彼女に知られていないのだろう。私が〝転生者〟なのだと知られていれば、迂闊にも反乱を知られるようなヘマはしていないはずだから。
だからこそ、彼女の企みを妨害するなら、今が最大の好機――彼女の部屋の前で、ごくり、私は唾を呑み込み、足を踏み入れた。
「……失礼します、蔡琰殿。私は貴女と同じく曹操様の臣下である……甄嘉、と申します」
『…………』
返事は、ない。代わりに、天蓋付きの華美な寝台を覆い隠す薄絹の向こうから、身動ぎする音がしただけだ。
起きていて、話は聞いている。周囲に伏兵などの小細工はない。やはり、私が同じだとは、知らないのだろう。
だからこそ、まずは蔡琰の話を聞くために、私の方から胸襟を開くべきだ。
「蔡琰殿、驚かれるかもしれませんが、どうかお聞きください。私は、貴女と同じ境遇の者。お分かりになりますか。私、甄嘉も――〝転生者〟です――」
『…………!!』
薄絹の向こうで、強く身動ぎする、大きな反応が見て取れた。
暫し返事を待っていると、薄絹越しに映る、しなやかなシルエットが微かに揺れた――
『……ふ、ふふっ……ふ、ふ、ふ……』
「……! 蔡琰殿、何がおかしいのです……やはり、何か良からぬ企みを? っ、話を聞いてください、反乱なんてお止めに――!」
『ふ、ふふふ、ふふっ―――ふっ、ふふふふふ!!』
私の話など聞かず、含み笑いが抑えきれぬように、異様な雰囲気を増していく。
恐れていたことだけど、こういう時の定番というべきか、別の〝転生者〟である彼女は……つまり、そう。
〝悪女〟――そういうことなのか――!
やはり一人で来たのは失敗だったか、護衛くらいはつけておけば――だが、もはや正体を隠す気も無いらしい。
含み笑いを漏らし続ける、蔡琰は――〝転生者〟は、薄絹を勢いよく開き、凄まじい勢いで迫ってきた――!
「っ、仕方ない――かかってきなさい、蔡琰! 貴女の野望、三国志モノを読みまくって磨いた私の〝机上のゆとり武力〟(※ほぼゼロです)で叩き潰して――!」
「ふ、ふ――ふええええええええんっ!! ホントですか、ホントにわたしと同じ、〝転生者〟さんなんですかあぁぁぁぁ!?」
「…………んっ?」
「う、うう、ぶええんっ……わたし、わたし、いきなりこんな世界に転生して、ワケわかんなぐっでえぇぇぇ……ずっど心細がっだんでず……」
「んん~……ん、んんん~~~?」
さて、どうにもこうにも。
私の杞憂だとか、嫌疑だとか、そういうの諸々全部、空振りの気配がムンムンとしてきた――そんな中。
「う、うう……う……うおぉ~~~~~~んん~~~~~~っ……♪」
蔡琰は、私に縋りついて涙しつつ――妙に堂に入ったロングトーンの美声をご披露してくれるのだった。……でも何かこの声、聴いたことあるんだよなぁ……。




