第11話 女軍師・甄嘉――デビュー戦!
さて初出仕を終えて、これまた数日と経たない内の出来事だけど。
私は今、許昌のお城を離れて、南へ向かって移動中だ。
もちろん馬になんて乗ったこともないから、四輪の馬車を使わせてもらっている。上は頑丈で大きな傘に守られて、四方は視界を遮らないよう開放された造りだ。
軍師用に誂えられている馬車、とは言うけど……郭嘉様は馬に乗れたっていうし、こういうとこからして、私は本当に及ばないんだよな。元OLだし仕方ないかもだけど……と、ついついため息を吐いていると、右側から馬蹄の音が近づいてきた。
「――甄嘉、乗り心地はどうだろう? 車酔いなど、していないと良いのだが。何か調子の芳しくないところがあれば、遠慮なく言ってほしい」
「あっ……そ、曹操様! だ、大丈夫です、ていうか私だけ車なんて用意して頂き、申し訳ないです……」
「なに、軍師のために誂えるものだ、それこそ遠慮する必要はない。物だけあっても仕方ないし、倉庫に眠らせて腐らせておくより、こうして有効活用できるほうが良い。車も馬も御者も、役目が出来て喜んでいるさ」
曹操様はそう言ってくれるけど、裏を返せば人材豊富な曹操軍で、軍師とはいえ馬に乗れないのは私くらい、ということだ。少なくともこうして、戦場にまで赴こうとしている前線の軍師の中では、特にだろう。
いっそう恥じ入ってしまう私の心情を、察したかのように左側から馬を寄せてくるのは、眼帯の偉丈夫・夏侯惇将軍だった。
「……フン! そんな調子で、軍師になる、郭嘉殿の後継などと、全く良く言えたものだ。戦場でもない、ただの移動中に緊張しているようでは、先が思いやられるぞ! シャンと背筋を伸ばし、気合を入れ直せ!」
「……! 夏侯将軍……お気遣い、ありがとうございます!」
「だっ誰がいつ気遣った!? 俺はただ、軍中で暗い顔をされては、兵士にも陰の気が伝わると危惧してだなぁ――」
そうそう、夏侯惇殿は言い方とか物凄い不器用だけど、内心ではめっちゃ心配してくれてるんだよね。筆頭将軍の一人で威圧感は凄いけど、ツンデレって知ってると、めっちゃ和むなコレ、気持ち落ち着くな~。
そんなこんなで、一人だけ馬車に乗る新参者の女軍師が、最高権力者のご主君と筆頭将軍に挟まれ、声をかけられるという異常事態の中(馬車の御者さんが凄い気まずそうで申し訳ない)。
喫緊の報告が、進む先から馬脚を緩めて下がってきた荀彧殿から、冷静な口調で報告された。
「ご主君(※曹操)、夏侯惇将軍、甄嘉殿――斥候より報告です。この先に確認できるだけで、千ほどの賊兵が待ち構えている、とのこと。新野の賊でなければ、袁家の残党という可能性もありますが」
「フンッ。千ごときなら賊だろうと正規兵だろうと、この夏侯惇一人でも蹴散らせるわ! 荀彧殿、下知を頂ければすぐにでも粉砕して参るが!」
「いえ、丞相の勢力下で活動し、逃げもしない賊。こちらを曹操軍と知ってのことならば、確実に伏兵も配しておりましょう。迅速な移動を優先し、こちらの兵力も少ない。将軍ならば敗けはせぬでしょうが、安易に突入すれば、無為に兵を失うことも……それは惜しゅうございます」
「フン……まあ、そうですな。それに、こちらには新人殿もおられることだ」
あまり面白くはなさそうに、夏侯惇殿がこちらに顔を向け、声をかけてくる。
「中華の中枢たる、中原の賊は質がいい。緊張で縮み上がっておる新人殿には、荷が重かろう。戦場から離れて見物でも――」
「あ、大丈夫ですよー。このまま、進んじゃってください」
「「!?」」
あれ、変に気を遣わせないよう、軽く返事したつもりなんだけど……夏侯惇殿も荀彧殿も、なぜか驚いている。失言だったかな、とそれこそ焦る私に、荀彧殿が馬を車に寄せてきて、清廉な声音で囁きかけてきた。
「し、甄嘉殿……性別で軽んずる訳ではありませんが、あなたは女人。しかもまだ戦場を知らぬ。無理に虚勢を張らずとも、よろしいのですよ?」
「え、いえいえ。虚勢とかじゃ、別に……本当に、大丈夫ですから」
「だ、大丈夫とは? 相手が賊とはいえ、これから戦が――」
「勝ちますから――兵力も、出来るだけ削られず。だから、大丈夫です」
「…………!?」
本当に、無理しているとかじゃなく、事実を言っただけだ。
なのに夏侯惇殿も荀彧殿も、何やら二人して驚いている。
「馬車で移動しているだけで、緊張して縮こまっていた女が……なぜ戦場を前にした途端、そう泰然としていられる!? どうなっているのだ、この女は!?」
「まるで、豹変したかのように……否、軍師とは戦場に生きる者。戦場こそが、棲み処。ならばこそ、戦の中にあることこそ、日常同然だと? まるで、彼を見ているようだ……純粋なる戦場の軍師であった、郭嘉殿を……!」
(ええええ、いやそんな大げさな話じゃなく! お城とか馬車移動とかは、体感するの慣れてなかったって話で! 例えるなら初出仕は新卒OLの初出社、今はそんな新卒がお車で送迎いただいている異常な事態。そんなの緊張するに決まってるでしょ!? それに比べれば、ほら、今は――)
ゲーム画面では、出仕して内政するのも、都市間を移動するのも、コマンドを選べば一瞬の出来事だった。
だけど、乙女ゲームのイベントでもなく、戦略シミュレーションとしては――ある意味、最も長くプレイするのは、戦場だ。
しかも〝女武将〟なら自らの動きを決め、〝女軍師〟に至っては周囲の行動も差配する必要がある。つまり、細かなやるべきことを、私はあらかじめ知っている――予習しているようなもの、と言っていい。
知っているからこそ落ち着ける、そんな私に対して、慌てる二人とは別の涼やかな声が発せられた。
「甄嘉よ」
「えっ。あ……はい、曹操様?」
「キミが兵を、動かしてみるか?」
「! ……良いのでしょうか? 私のような、新参者に」
尋ね返す私に対して、曹操様は――曹操孟徳は、深い淵を湛える秀麗な相貌の上から笑みを刻み込んで、言った。
「おれが認める――軍師として存分に、その策略を揮うがいい!」
「――是! 曹操様!」
――それはまあ、実際に肌で体感する戦場は、私が呑気に考えているより、ずっとずっと苛烈なものだろう。
けれど、それを勘定に入れてさえ、私には絶対に勝てるという確信があった。実のところ、この時点で既に見えてさえいる。
だって私は、受け継いだのだから。
最高の推し様から――郭嘉様から。
今こそ、このデビュー戦で、お見せしよう。
郭嘉様から受け継いだ、この技能を。
推し軍師の神技能――――〝神算鬼謀〟を――――!!




