第10話 荀彧――清廉なる〝王佐の才〟
まあ無事に……無事、と言ってもいいよね、とにかく自己紹介を終えた。
すると並び立つ文官側からではなく、主君である曹操様の背後側から、何者かが進み出てくる。
その姿に――私は思わず、息を呑んだ。
「さて皆々様方、挨拶も終わりましたところで……本日の仕事に従事されますよう。よろしくお頼み致しますね」
『『『――ははーっ!』』』
解散の合図か、私・曹操様・夏侯惇殿は残し、文官たちがそれぞれバラけて、城内の廊下へ向けて去っていく。
けれど私は、それを目で追うことが出来ないほど、今しがた現れた人物に――清廉な空気を纏う、線の細い美青年に、目を奪われていた。
惚ける私の様子に、多少キョトンとした様子だったけど、彼は穏やかな微笑を浮かべつつ語りかけてくる。
「はじめまして、甄嘉殿。自己紹介、お疲れ様でございました。わたくしは、姓を荀、名を彧……荀彧、と申す者です。以後、お見知り置きを」
「……ひゃえっ!? は、はい、知ってます知ってます! 夏侯将軍もですけど、有名ですからっ。え、えっと……こちらこそよろしくお願いします、荀殿!」
「ふふっ、荀彧、と呼んでください。これからは同じ軍師同士、遠慮は不要です」
「あ、は、はい……で、では、荀彧殿、で……ひ、ひえーっ……」
いやあ、まずい、この奇襲は、非常にまずいですよ(謎の敬語)。
何しろワイルド系の夏侯惇殿と出会った直後だ。この緩急の使い方、さすが軍師、これが策略なんですね、卑怯です(風評被害)。
そう、何で私がこんなに慌ててるのか、まあ身も蓋もない言い方が身についてきた、この私が評しますところ――
荀彧殿もまた、顔がいい、しかも正統派イケメンだ。それはまあ乙女ゲームの登場人物なんだから、イケメンなの当たり前かもだけど。にしても曹操様や郭嘉様と張るくらいって、供給過多すぎて息しづらいんですけど! いい加減にしてください、死んじゃったらどうするんですか! 私が!!
ていうか軍師系って、武将と比べれば線が細いイメージだからか、乙女ゲーム納得の正統派イケメン多いのよね。しかも三国志オタクの私にしてみれば、色んな意味で文字通り雲の上の存在だし、浮き足立っちゃうのも仕方ない。
くっ、落ち着かない……やわらか人物評でも挟んで、気を落ち着けないと……!
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか人物評★――――――
『荀彧』攻略可能キャラ
字は文若。曹操孟徳に仕え、〝王佐の才〟と称される――要するに「王様を補佐する才能がスゴイ」傑物で、彼に関してはとにかく政治力が群を抜いて優秀。
曹操孟徳本人からも「我が子房なり」と称えられるほど。
※子房=張良のこと。〝項羽と劉邦〟とかで有名な劉邦に仕えた超・優秀な人。
とにかく〝めっちゃ性格がいい〟印象があって、〝ロード・オブ・三国志〟でも優しさ全開の乙女ゲーム正統派イケメンとして大人気。くっそー非の打ち所がないな、武力は低いことくらいかな。でも軍師ポジションだし武力あんま関係ないのよね……いや別に弱点とか探さなくていいんだけども、味方だし。
あ、そうそう(ご主君のことでなく)……これは余談だけど。
弱点アイテムは空っぽの箱。贈らないでくださいね、絶対よ、絶対だかんな!
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……ふうー、落ち着いてきた。なんか私、やわらか人物評、変な使い方してるな……まあいっか。
さて、自分でも胡乱と思う私の様子に――思いがけず声をかけてきたのは、主君である曹操様だった。
「む。……甄嘉よ、何やら随分と緊張しているようだな。荀彧のことが、そんなに気になるか?」
「……へっ? 気になる、と言いますか……まあ確かに? 正統派っていうか、文学美青年と言いますか、なかなか目の保養だなぁ~とか思いますけど。でへでへ」
「ふーん。……お忘れかもしれんが、甄嘉よ、キミの主君は、おれだからな。そのこと、忘れてくれるなよ」
「はい? いえ、別に忘れていませんし、分かっていますけど……?」
「なら、良いが。……本当に分かっておるのなら、な。全く……ぶつぶつ」
うん? ……うん? あれ、なんか曹操様、様子が変ね?
ん? まさか、いやいや、そんな……ねえ? ちょっと前に出会ったばっかの、しかも新参者の私に……好感度が上がる選択なんて、そんな無かったはずだし。
まさか嫉妬、なんて――と考えていたら、なぜか荀彧殿まで、ムッとした表情で割り込んでくる。
「殿! 御言葉ですが、わたくしは郭嘉殿と、特に親しかった自覚があります。甄氏のこと……今は甄嘉殿のことも気に掛けるようにと、亡くなる前日には託されておりました。彼女のお世話は、わたくしが焼かせて頂きます!」
「むっ、何を言う、荀彧! それならおれだって、奉孝から彼女の後事を託されている! それこそ彼女を登用したのも、おれだ。甄嘉には、おれの軍師として離れず付いてもらうことにする!」
「そ、それは横暴でしょう!? そもそも新人の文官や軍師の育成は、わたくしの役目だったはずですが!?」
「おれが教えるから結構です~! そもそも荀彧、戦は弱いし! 濮陽とかあっさり獲られた人には任せられません~!」
「あっこのっ古い話を持ち出して! てか鄄城はしっかり守ったでしょーが! 相手はあの呂布だったし、健闘した方ですよ! そもそも兵力も少なかったし、その辺、徐州を無理攻めしてたご主君の責任だと思いますけどぉ!?」
「あーあー聞こえぬ、聞ーこーえーぬ~!! 戦に弱いのは事実だろ、悔しかったら孫氏の兵法に注釈でも付けてみてくださ~~~い!」
「ちょちょちょ、ナニコレ、ちょっ……曹操様、荀彧殿、あの……あの!? 私を挟んで言い合わないで、顔が、顔が近っ……両側から、近っ!」
待って待って待って……ナニコレナニコレ、まさかとは思うんだけど、私……。
――曹操様と荀彧殿から、取り合われてる~~~!?
……いやいやいやおかしいって! 出仕、初日なんですけど!? いっくら郭嘉様の言葉があったからって、こんなんなります!? こんなイベント知らないんですけど!?
てか〝乱世の奸雄〟と〝三国時代の今張良〟に取り合われてんの、元はただのOLですよ! ちょいとやめとくれよアタイ受け止めらんないよ、キャラブレするわこんなん、こちとら天下の器じゃないんだわ!
おのれ諸葛亮!!(流れ弾)
ていうかヤバイ、このまま二人が仲たがいしていたら、荀彧殿が史実通りの最期を迎えかねない。軍師としてもファンとしても、その辺の悲劇は避けるつもりなのに!
と、そこで救い主の如く――腕組みしていた眼帯の偉丈夫が、額に青筋を浮かべつつ声を放った。
「――ええい、いい加減にせんか! 童子かアンタらは!! こんな所を臣下の誰かに見られでもしたら――」
「ふ、ふえぇぇぇん! 夏侯将軍~~~!!」
「ちょ、こっち来るか普通!? ま、全く……女子供は誰もが俺を避けるくらいなのに……おかしな女だ、ふんっ」(好感度↑)
……つい思わず、夏侯惇殿の大きな背に隠れちゃった。
その結果、行き場を失くしたお二方が、眼帯の偉丈夫に矛先を向ける。
「ほほう、惇……漁夫の利、というやつか。さすがは将軍ですなァ……」
「夏侯惇殿、興味が無さそうな素振りで、そういう……軍略にも明るいようで」
「言っとくがアンタらの現状は、アンタら自身の自業自得だからな。国の最高位として、自省と猛省を求む」
厳つい大男である夏侯惇殿の超・正論に、線の細い美青年の二人が揃って拗ねる。クソッ、拗ねていても顔がいいな。得だな、イケメンって。んも~っ(恍惚)




