第1話 推し軍師・郭嘉奉孝――いきなりこの世を去る――
元・ただの日本人の、元・ただのOL、嘉那慧。
そんな私は今、中華建築の荘厳な意匠バリバリな室内で、大号泣をかましていた。
「う、うぐぐぅ……ぶっぶへぇぇぇんっ……うぉんうぉん……」
『『『…………』』』
室内に控えている医師や祈祷師が、目に見えてドン引きしているが、どうか今だけは大目に見て欲しい。
あっ、ちなみに私はちょっとした事故で、どうやらこの世界に転生してきちゃったらしい。三日くらい前の話ね。
まあでも、どうでもいい――マジそんなこと、今は知ったこっちゃない。
だって今この瞬間、私の目の前で寝台に横たわっているのは、中華歴史オタで特に三国志大好きな私が、最推しとして敬愛してやまない人物。
その郭嘉奉孝が――まさに、息を引き取ろうとしているのだから――
「ふっふぐうっ……ごんにゃの、あ゛んまりだよぉぉ……ヒドずぎるぅぅぅ……」
「……甄氏よ」
「もっ、ちょ、こうっ……あ゛るだろぉぉぉ……ナンデ転生直後、ナンデェ……」
「甄氏……甄氏よ……聞いてくれないか……」
「推しとぉぉぉ……いぎなり゛死に別れとかぁぁぁ……呪ってやるゥゥゥ……どこのか知らんけどォォォ……神を呪ってやるゥゥゥ……!」
「甄氏、ねえ聞いて甄氏……? ちょっと聞いて甄氏……? ちょっと言いにくいんだけど甄氏……?」
「うぐううぅ……うぅ?」
私ともあろう者が、ええい私ともあろう者が、今際の際にある推しの言葉を聞き逃すなど言語道断!
泣きに泣いて泣き濡れて、涙と鼻水でグッチャグチャの顔を晒しながら、それでも推しの遺言を聞き逃すまいと、私は恥を忍んで身を乗り出した。
「ズビビッ……あいっ……なんでしゅか、がぐがじゃばぁ……」
「うーん言語が通じているのか心配、軍師、瀬戸際の心配。まあ、いい……甄氏よ、どうか聞いて欲しい……」
「う゛ん……う゛ん……」
「袁家を北伐せし折、袁煕の下にあった貴女を、我らの勢力下に保護してからの……短い付き合いだというのに、この様な頼みをするのは、心苦しいが……」
「! ズズッ(鼻水排除)……た、頼みとは……?」
「ああ……甄氏よ、どうか……もうすぐ命尽きる、私に代わり――」
「うえェェェェェェんッ!!!(鼻水再発)」
「もうちょい……もうちょいだから、最後まで頑張って……聞いて甄氏……?」
無様にも再びの泣きっ面を爆発させてしまう私に、臨終の床で意外な粘り腰を見せる軍師にして最推しである郭嘉様が、私に頼んだこととは――
「どうか、我らが主君――曹孟徳の覇業を、支えて欲しい――」
「――――!」
それだけ言い切ってから、ふう、と息を吐き、郭嘉様が……いや私の推し様が、死の淵にあってすら輝きの褪せぬ瞳で、仰向けのまま天井を見つめる。
病に臥せてさえ整えられた銀髪は、宮廷にて帯を佩く紳士の如く、もうすぐ命脈が尽きようなどとは信じられぬほど清廉としていた。
その横顔は頬が痩せこけてなお、絵画から抜け出てきたような秀麗。
若くして世を去る儚さか、今にも消え入りそうな呼吸が、音の全てを支配していた。
死を覚悟した者の、ある種の神々しさは――ただ生きる者を、圧倒する――
「悔いが無い、と言えば嘘になる。それでも私は天命と出会い、この命の全てを使い切るまで、懸命に生きた。そうして迎えた最期において、我が技能を継承できる者と、間際に出会う僥倖を得られようとは」
佳境にあっては凄絶なまでの策謀を放ち、未来すら見通すかのような知啓を輝かせ、鬼神すら慄くほどの奇計を操った。
一たび軍略を閃かせれば、戦場を大いに響もした、神軍師の最期は――
「甄氏、いや、嘉那慧殿。
最期に、貴女へ感謝を。
――――………………」
「――――――――――」
穏やかな微笑の後――ふっ、と命の心火は、風に吹かれて消えてしまう。
…………こうして。
曹操麾下に名を連ねる烈士の中でも一際年若く優秀で、将来を嘱望されていた、稀代の軍師は――
干戈を打ち鳴らし怒号の飛び交う戦場とはかけ離れた、静謐なる夜の内に――
「――うああああァァァんッ!! こんなのイヤァァァァァ!!
ウソって言ってよぉぉぉ……郭嘉様ぁぁぁ~~~~~~ッ!!」
『『『うわぁ…………』』』
……静謐なる夜、というのは、まあちょっとウソになってしまったけども。
重めにドン引きしている医師団・祈祷師に見守られ、推しの死を嘆く強火オタ(即ち私)嘉那慧の号泣と絶叫に見送られる中。
郭嘉奉孝は――この世を去った――
――――――――。
さて、もう既にお気づきかもしれないけれど。
ここは三国志で有名な三国時代――ではない。
どうやら、三国志をテーマとした乙女ゲーム、
〝ロード・オブ・三国志Ⅹ〟の世界――らしい。
元は中華歴史オタの現代日本人OLだった私こと嘉那慧は、このゲームシリーズにどハマりした大ファンで、いわゆる〝ゲーム転生〟を果たしたのである。
本来なら飛び跳ね喝采を叫び狂喜乱舞しても、おかしくはない、はずだけれど。
そんな私を出迎えたのは――いきなりの〝最推しの死〟という悲劇。
そして。
『――あなたは郭嘉の技能〝神算鬼謀〟を継承しました――』
――推しが持っていた、神技能の取得でした――
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