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婚約破棄されたので「悪の女帝」になります! ……え、脂質マシマシのステーキも書類隠しも「嫌がらせ」なんですけど!? なぜか氷の騎士団長様が「君は女神だ」と溺愛してくる件

作者: 文月ナオ

 

「キルシュ・プチ・プディング! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 王城の舞踏会場のど真ん中。


 シャンデリアがこれでもかとばかりに輝く舞台で、私の婚約者であるバカ王子……じゃなかった、ポワゾン・ド・プォイズン殿下が、高らかに叫んだ。


 周りの貴族たちが「まあ!」「なんと!」と扇子で口元を隠しながらざわめく様子は、まるで三流芝居のエキストラだ。


 私はといえば、持っていたグラスの中の最高級グレープジュースがこぼれないようにバランスを取りながら、死んだ魚のような目で彼を見ていた。


「理由はわかっているな!? 君があまりにも『つまらない』からだ!」


 つまらない。


 その言葉が、私の心臓にグサッと……刺さるどころか、カチンと跳ね返った。


「君はいつも貼り付けたような笑顔で、何の刺激もない! 品行方正、成績優秀、家柄も完璧。だがな、君には『面白み』というものが決定的に欠けているんだよ! まるで精巧にできた退屈な人形のようだ!」


 ポワゾンは、隣に侍らせている派手なドレスの女性――男爵令嬢のアニーの腰をねっとりと抱き寄せた。


「それに比べてアニーを見ろ! 無知で、礼儀知らずで、常識もない! だが、そこがいい! 俺が教えてやらなきゃいけないという庇護欲をそそる! 君のような『完成された女』は、俺の隣に立つ資格はない!」


 ……はぁ?


 ちょっと待って。今、とんでもない理屈を聞かされた気がするんだけど?


 私が血の滲むような努力で王妃教育を完璧にこなし、夜会でもポワゾンの粗相をフォローし、貴方《お前》の浮気も「王族の火遊び」として笑顔でスルーしてきた結果がこれ?


 ハイスペックだから可愛げがない?


 バカな方が守ってあげたくなる?


 ふざけんなッ!!!


 私の脳内で、何かがプツンと音を立てて切れた。


 それと同時に、濁流のように流れ込んでくる記憶があった。


 満員電車、残業続きの社畜生活、そして現実逃避のために読み漁っていたWeb小説や乙女ゲームの知識……。


(あ、そっか。ここ、前世でよくあったような異世界じゃん)


 衝撃のあまり、一周回って冷静になる。


 これまで積み上げてきた「良識」とか「淑女の仮面」とか、そういうのがガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのがわかる。


「……承知いたしました、殿下」


 私は最後の理性を総動員して、優雅極まりないカーテシーを決めた。ドレスの裾さばきも完璧に。本当なら、いますぐその顔面にグーパンをお見舞いしたいところだけど!


「貴方様のような『未完成な方』には、私のような『完成品』は勿体のうございますものね。どうぞ、そのお似合いの『欠陥品同士』で、傷を舐め合いながら末永くお幸せに」


「なっ……欠陥品だと!? 貴様!」


 ポワゾンが茹でダコみたいに顔を真っ赤にして何か言い返そうとするのを無視して、私は鮮やかに踵を返した。


 背中で聞こえる怒号も、周囲の嘲笑も、どうでもいい。なんとでも、お好きにどうぞ? どうせ、束にならなきゃ文句のひとつも言えないような連中だし。


 そんなチキン野郎どものさえずりなんて、右から左へ受け流してやるわ。


 会場を出て、夜風に当たった瞬間。


 私は、拳を夜空高く突き上げた。


「だー! やめたやめた! もういい子ちゃんなんてやってられんわ!」


 私は、キルシュ・プチ・プディング公爵令嬢。


 名前がふざけてるって? 甘々で、美味しそうでしょ?


 でも、中身はもっと甘かったわ。世の中を舐めてた。真面目にやっていれば報われるなんて、おとぎ話の中だけだったのよ。


 何かを得たいなら、自ら掴み取るしかない。


 いい子にしてたって、バカな男に都合よく利用されて捨てられるだけ。


 それがよーーくわかった。高い授業料だったけど、いい勉強になったわ。


 これからは、私の好きに生きる。


 誰の顔色も伺わない。


 我慢もしない。


「いい子ちゃん」は卒業よ。どうせなら、ガツンと一発カマして、誰もが震え上がるような存在になってやる。


 でも、犯罪はいけない。刑務所暮らしは嫌だもの。法に触れない範囲で、最高にタチの悪いことをしてみたい。


 法律スレスレの悪行かぁ……。


 あ、あるじゃん。ちょうどいいロールモデルが。


 前世で読んだ小説じゃ、婚約破棄された後の「悪役令嬢」は、みんな自由に楽しく生きてたし、なぜか最後はハイスペックなイケメンと結ばれてた気がする!


 決めた! 悪役令嬢になろう!


 そう! 私は今日から――悪役令嬢を極め尽くして、この国を裏から牛耳る『悪の女帝』になるのよ!


 見てなさい、この国中の人間を恐怖のどん底に叩き落として、私の前にひれ伏させてやる!




 ◇◆◇




 さて。


 勢いで「悪の女帝になる」と月に向かって宣言したのはいいけれど、具体的に何をすればいいんだろ?


 私は自室のベッドの上で、シルクのパジャマ姿で腕組みをして悩んでいた。


 手元には「悪女入門」みたいな実用書はないし、この世界じゃネット検索で『悪女 やり方』なんてググることもできない。


 私の貧困な知識にある「悪女」といえば……。


 ・夜会でわざと足を引っ掛ける。

 ・ドレスにワインをかける。

 ・「おーっほっほ!」と高笑いをする。


 ……しょぼい。


 しょぼすぎるわ、キルシュ。


 そんなの、ただの性格が悪い小者じゃん。クラスに一人はいる嫌な女子レベルよ。


 私が目指すのは「女帝」よ? もっとこう、世界を揺るがすような、冷酷非道かつインテリジェンスな悪事を働かないと!


「よし、まずはターゲットを決めましょう」


 誰彼構わず悪事を働くのは三流のやることよ。


 真の悪女は、獲物を選ぶもの。


 できれば、強くて、怖くて、みんなが恐れているような人物がいい。


 そんな相手を陥れて、困らせて、ギャフンと言わせれば、私の悪名は一気に轟くはず! 「あの人を困らせるなんて、キルシュ様はなんて恐ろしいお方!」ってね。


 この国で一番強くて怖い人……。


 国王陛下? うーん、おじいちゃんだし、いじめ甲斐がない。


 宰相様? あの人はロジックで詰められそうで、逆にこっちが泣かされそうだわ。


 そこで、私の脳裏に一人の人物が浮かんだ。


 騎士団長、ガレット・デ・ロワール公爵。


「氷の要塞」「歩く殺戮兵器」「笑わない死神」……。


 ついた異名は数知れず。


 戦場では無敵の強さを誇り、睨まれただけで屈強な騎士が失禁したという伝説を持つ、国一番のコワモテ騎士団長様。


 最近は激務続きで、王城の廊下ですれ違うだけで空気が凍りつくと噂されているわ。


「……彼ね。彼しかいないわ」


 私はニヤリと笑った(鏡で見たらただの締まりのない顔だったけど)。


 あの冷徹騎士団長に徹底的な嫌がらせをして、彼のリズムを崩してやる。


 仕事も手につかないくらいボロボロにしてやったら……私、間違いなく「悪の女帝」として歴史に名を残せるわ!


 待っててね、ガレット様。


 貴方の平穏でストイックな日々を、私が(徹底的に)ぶち壊して差し上げるわ!




 ◇◆◇




 記念すべき第一の悪事は、『騎士団長ボディ崩壊計画! 深夜の脂質マシマシステーキテロ』。


 私は、騎士団の演習が終わった直後の、疲れ果てたガレット様を狙い撃ちにした。


 彼の執務室に、王城のシェフを脅して(※賄賂に実家秘蔵の高級ブランデーを贈って)焼かせた、重さ一キロはあろうかという脂身たっぷりの超特大サーロインステーキを持ち込んだ。


 夜も更けた二十二時。


 この時間にこんな脂の塊を摂取すればどうなるか。


 アラサーの男の胃袋なんてイチコロよ。翌朝は強烈な胃もたれと胸焼けに襲われ、顔はむくみ、騎士団長としての威厳ある美貌は台無しになるはず!


 そして長期的には生活習慣病一直線! ふはは、恐ろしいでしょう!


「ガレット様、お疲れの貴方に差し入れですわ! さあ、残さず召し上がれ、おーっほっほっほ!!」


 典型的な悪役令嬢っぽい高笑いと共に差し出した皿を、ガレットは無表情に見つめた。


 あまりの肉の大きさと脂のテラテラ感に絶望しているに違いない。さあ、困ればいい! 「こんなもの食えるか!」と皿を叩き落としてもいいのよ!?


「……これは、君が用意してくれたのか?」


「ええ、そうですわ!(私が厳選した一番脂っこい部位です!)」


「そうか……。演習で消費した魔力と体力が、ちょうど底を尽きかけていたところだ。この肉、信じられないほど上質で、完璧な焼き加減だ」


「……え?」


「心遣いに感謝する。君は、私の体のコンディションを完璧に理解しているんだな。普通の食事では魔力の回復が追いつかないところだった……いただきます」


 ガレットは、迷いのない手つきでナイフを入れると、一キロの肉を驚異的なスピードで胃袋に収めていった。


 え、嘘でしょ。噛んでる? なんか、飲んでない? 肉は飲み物じゃないよ?


「……美味かった。久々に、力がみなぎるのを感じる。これで明日の軍事会議も万全の状態で臨めそうだ。ありがとう、キルシュ。君はなんて気が利くんだ」


 ……ちがーーーーう!!!


 私は貴方の健康を害して、騎士団長としてのパフォーマンスを落とさせたかったの!


 なんで瞳をキラキラさせて「完全復活だぜ! サンキューな!」みたいな顔してんの!


 そのあとの「重要書類隠蔽工作」だってそうよ。


 彼を混乱させようと思って、机の上の書類を「封筒の色」ごとに分けて棚に突っ込んだのよ。


 赤は赤、青は青って、内容を無視して見た目だけで揃えてやったのに……。


「素晴らしい! 我が騎士団では緊急度ごとに封筒の色を変えているんだが、誰もそれを徹底できていなかったんだ。おかげで優先順位が一目瞭然になり、業務効率が三倍になった。君は事務官としても天才か?」


 なんて言われて感謝されちゃったし! 違うのよ、ただ色遊びをしたかっただけなのよ!


 こうしてまた、私の悪役ムーブは空回りした。




 ◇◆◇




 あのステーキ事件から数日後。


 私は騎士団の執務室で、またしても悪巧みをしている。


 最近のガレットったら、私の「激甘ティー攻撃(糖尿病予備軍化計画)」と「書類隠蔽(業務妨害)」のおかげで、前より顔色が良くなってるし、目の下のクマも綺麗さっぱり消えちゃってる。


 部下の騎士たちからも、「最近の団長、殺気が減って話しかけやすくなったんスよ! キルシュ嬢マジ女神!」なんて拝まれる始末。


 ちがーう!


 私は女神じゃない! 悪の女帝! 人類の敵!


 こんな「いい人キャンペーン」みたいなことばっかりしてたら、いつまで経っても悪役令嬢を極めるなんてできないじゃない!


「こうなったら、実力行使よ」


 私はペンを置いて、目の前で書類と格闘してるガレットを睨みつけた。


 相変わらず眉間に皺を寄せて、怖い顔で仕事してるわね。でも、その肌艶の良さが腹立たしい。


 よし、決めた。


「ガレット様! 今週末、空けておいてください!」


 私は机をバン! と叩いて宣言したわ。


「……? 何かあるのか?」


「私に付き合ってください! 街へ買い物に行きたいんです!」


 そう、これこそが第三の悪事、『精神的摩耗狙い! 連れ回しデート地獄』!


 普段激務で疲れてる彼を、貴重な休日に呼び出して、興味のない私の買い物に一日中付き合わせる。


「あれ買って」「これ持って」「あっちの店も行きたい」「やっぱり戻って」ってワガママ放題に振り回して、彼を肉体的にも精神的にもヘトヘトにさせてやる!


 男の人は買い物が嫌いって相場が決まってるのよ。


 重い荷物を持たされて、人混みに揉まれて、きっと彼は「女の買い物は地獄だ……もう二度と御免だ」って音を上げるはず!


 ふふふ、完っ璧な作戦だわ! 私の性格の悪さにドン引きしなさい!


 ガレットはペンを止めて、キョトンとした顔で私を見た。


 そして、紫色の瞳をわずかに揺らしたの。


「……私と、出かけるのか? 迷惑ではないのか?」


「はい! 拒否権はありませんよ! (迷惑なのは貴方の方です!)」


「……わかった。空けておこう」


 おろ?


 もっと嫌がるかと思ったのに、案外あっさり了承した。


 ま、いっか。当日、地獄を見せてあげるから覚悟しなさい!




 ◇◆◇




 そして、週末。


 王都の噴水広場で待ち合わせをした私の前に現れたのは――。


「……待たせたか?」


 いつもの堅苦しい軍服じゃなくて、シックなダークネイビーのジャケットを着こなした、超絶イケメンだった。


 え、誰? パリコレモデル?


 漆黒の髪を少しラフに流して、伊達眼鏡なんてかけちゃって……知的な大人の色気がダダ漏れなんですけど!?


 周りの女性たちが「きゃあ!」「あの人素敵!」「どこの俳優?」って色めき立ってるのがわかる。


 ぐぬぬ、悔しいけどカッコイイわ。これじゃあ、どっちが連れ回してるのかわからない。


「い、いいえ、今来たところです! さあ行きますよ!」


 私は気を取り直して、彼の腕をグイッと引っ張った。


 さあ、悪夢のショッピングの始まりよ! 覚悟なさい!


 私はまず、一番混雑してる商店街へ彼を連れて行った。


 人混み、騒音、埃っぽさ。


 潔癖症っぽくて静寂を好む彼には、耐え難い環境のはず!


「ガレット様、あそこの串焼き食べたいです!」


「次はあっちの雑貨屋!」


「あ、このクレープ美味しそう! 並びましょう! 三十分待ちですって!」


 私は次々と店を指差して、彼を振り回した。


 荷物持ち? もちろんさせる。


 買ったばかりの無駄に重い雑貨や、食べきれないお菓子を全部彼に持たせた。あー! 私……今、最高に悪役令嬢してる!!


 さあ、どうだ!


 そろそろ「いい加減にしろ! 俺は荷物持ちじゃないぞ!」ってブチ切れる頃でしょう?


 チラリと横顔を盗み見ると――。


「……ほら、口にクリームがついているぞ」


 ガレットは、両手に山のような荷物を抱えながらも、器用にハンカチを取り出して、私の口元を拭ってくれた。


 は? 正気?


 気のない奴にやられたら「なにこいつ、きっしょ」ってなるけど、ちょっといいなって思ってる超絶イケメンにやられたら、好きになるやつじゃん。


 この男……私を攻略しようとしてんのか?


 悪いけど、私、落ちるよ?


 この感じであと何回か来られたら、チョロいからすぐ落ちるけど?


(にしても、こんなにワガママ三昧してるのに……)


 彼、怒るどころか、なんだかすごく……楽しそう?


「人混みは危ない。逸れないように」


 そう言って、荷物を持っていない方の手で、私の手をキュッと握ってくる。


(はぁぁー! やっば! こいつやっば!)


 私の手を包み込むほど大きくて、温かい手。


 剣ダコの硬さが、なんだか心地よくて……。


 って、違う違う!


 何ときめいてんの私!? 危うく限界オタク化するとこだったわ! スキップしながらガレット親衛隊の会員No.1に立候補するとこだったわ!


 今日のこれ(デート)は嫌がらせなの! 彼を疲れさせるための作戦なの!


「も、もっと歩きますよ! 次はあっちの丘の上にある公園まで! 階段ですよ!」


「ああ。君が行きたいところなら、どこへでも付き合おう」


 彼は穏やかに微笑んだ。


 その笑顔が、秋晴れの空みたいに澄み渡ってて。


 ……なんだか私の方が、胸がいっぱいになってきちゃったじゃん……。




 ◇◆◇




 そんなふうに、私の悪女計画がまたしても失敗(デートとしては大成功)に終わろうとしてた、その時。


「おい! そこにいるのはキルシュじゃないか!」


 最悪のタイミングで、この世で一番聞きたくない声が聞こえてきた。


 商店街の向こうから、肩を怒らせて歩いてくる金髪の男。


 元婚約者のポワゾンと、その腰巾着(金魚のフン)のアニーだわ。


 ポワゾンは私を見ると、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。


「やっぱりお前か。随分と楽しそうじゃないか。俺に捨てられた分際で、よくもまあ平気な顔をして男と出歩けるものだ」


 周りの人々が、「あれって……」「婚約破棄された公爵令嬢?」「やっぱり男好きだったのね」「みっともないわね」とヒソヒソ噂話を始める。


 せっかくの楽しい気分が台無しだよ。ボケが。


「……何かご用でしょうか、ポワゾン殿下」


「用? ああ、あるとも。お前に慈悲を与えてやろうと思ってな」


 ポワゾンは腕組みをして、偉そうに鼻を鳴らした。


「最近、どうも金の回りが悪くてな。アニーに新しいドレスを買ってやりたいんだが、予算が足りないんだ。そこでだ、キルシュ。お前を『側室』として迎えてやってもいいぞ?」


 ……はい?


「側室になれば、また俺のそばにいられるし、実家からの支援も再開できるだろう? お前は地味だが、事務処理能力だけはあるからな。俺とアニーの生活費を管理する『財布係』としてなら、置いてやってもいい。どうだ? 感謝しろよ?」


 隣のアニーも、「よかったですねぇ、キルシュ様。ポワゾン様の愛人になれるなんて光栄ですわよぉ。私の古着くらいなら差し上げますわ」とクスクス笑ってる。


 ……。


 …………。


 プツン。


 私の中で、何かが完全にブチ切れた。


 怒り? 悲しみ? いいえ、もっと冷たい、絶対零度の感情。


 私はスッと表情を消して、ポワゾンを見据えた。


「……黙れブサイク」


「あ? なんだと……?」


「断るって言ってんのよ。誰が、あんたみたいな『歩く不良債権』の愛人になんてなるもんか。自分の甲斐性のなさを棚に上げて、元婚約者に金をたかる? 恥を知りなさい。あ、そっか、そんなことも理解できない知能だから、私みたいなイイ女を手放せたのか。ごめんなさ〜い? あんたの小さな脳みそには難しすぎる話だったわねぇ?」


「き、貴様ァッ……! 俺を誰だと思っている!」


 ブサイク(ポワゾン)が顔を真っ赤にして拳を振り上げる。


 暴力? はっ! 上等!


 私が悪の女帝として覚醒する最初の生贄になってくれるってわけ? 正当防衛でボコボコにしてやる!


 私は一歩も引かず、彼を睨み返し、拳を強く握ってカウンターを狙う。


 その時。


 グンッ!


 鈍い音と共に、ブサイク(ポワゾン)の体がボールのように宙を舞った。


 え?


「ぎゃぇっ!?」


 聞くに絶えない無様な声を上げて、ブサイク(ポワゾン)が石畳に転がる。


 その目の前に立っていたのは――。


「私の大切なパートナーに、その汚い手を近づけるな。金色のブタが」


 ガレット……。


 彼は私を背に庇って、抜身の刃みたいな鋭い殺気を放ってた。


 その瞳は、普段私に向けてくれる温かい色とは違う、本物(マジ)のヤバい色。騎士団長モード全開だ。


「ガ、ガレット!? 貴様、王族に手を上げてタダで済むと……!」


「王族? 今の貴様に、そんな価値があると思っているのか?」


 ガレットは冷ややかに見下ろした。氷点下の視線だ。


「貴様が裏で横領していた公金、そして違法な賭博で作った借金。……すべての証拠は揃っている。貴様、昨日から城に帰っていないな? その間に捜査の手は回り、逮捕状が出ているぞ」


「な……っ!?」


「廃嫡は免れまい。貴様はもう、王子でもなんでもない。ただの横領犯だ。これからは牢獄で、臭い飯でも食っているんだな」


 ブサイク(ポワゾン)の顔から、血の気が引いていく。


 アニーも悲鳴を上げて、彼から距離を取った。


「うそ、王子じゃなくなるの!? じゃあお金は!?」「こっちに来るな貧乏人!」なんて醜く叫びながら。


 アホくさっ。本当に、よくもまぁ、最後までこんなに醜くいられるものだ。


 ガレットは、腰を抜かしてるブサイクにはもう目もくれないで、私の方を振り返った。


 その瞬間、彼の纏っていた冷気が、ふわりと春の日差しみたいに溶けた。


「すまない、キルシュ。嫌な思いをさせた」


「い、いえ! 助けていただいて……ありがとうございます。でも、どうして陛下にまで?」


「私の大事な女性ひとを傷つけた男だ。社会的に抹殺しておかないと気が済まなかった」


 サラッと言ったわね、この人!


「行くぞ。あんなもののために、君の貴重な時間を浪費するのはもったいない」


 彼は私の手を取って、堂々と歩き出した。


 呆然とする群衆の中を、王者のような風格で。


 その背中の、なんと頼もしいことか。


 私は彼の手をギュッと握り返した。


 ああ、もう。


 私、完敗だわ。


 悪女になんて、なれっこない。


 だって、こんなに素敵なヒーローに守られちゃったら……ヒロインになるしかないじゃん!!




 ◇◆◇




 騒動の後、私たちは街外れの丘の上に来ていた。


 夕日が街をオレンジ色に染めてる。実に……エモい。


 ベンチに座って、二人で買ったばかりのジェラートを食べてる。


 私のは、甘酸っぱいイチゴ味。


 でも、胸のドキドキの方がうるさくて、味の方は正直よくわかんない。


「……キルシュ」


 食べ終わった頃、ガレットが静かに口を開いた。


「私は、不器用な男だ。戦場しか知らず、女性を喜ばせる言葉も知らない。いつも眉間に皺を寄せて、周りからは怖がられてばかりだ」


「そんなことないです! ガレット様は優しくて、頼りになって……」


「君が来てくれてから、世界が変わった」


 彼は私の言葉を遮って、私の手を取った。


 真剣な紫色の瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。


「君が差し入れてくれた食事のおかげで、私は体調を取り戻した。君が整理してくれた書類のおかげで、私は激務から解放された。……君の細やかな気遣いと、その有能さに、私は救われたんだ」


 えっ、ちょっと待って。


 それ、全部私の「嫌がらせ」なんですけど!?


 食事はデブ活だし、書類整理は嫌がらせのつもりだったし!


 でも、言えない。


 こんなに真剣な顔で、私の能力まで評価して感謝されたら、今更「実は嫌がらせでした☆」なんて言えるわけがない!


「君がそばにいてくれるだけで、私は強くなれる気がする。……キルシュ、私と結婚してくれないか?」


(これ、プロポーズ!? まだ付き合ってもいないのに!? いや、そういうもんなのか? わたし自身満更でもないのが……そういうこと?)


 かけられる言葉はどれもストレートで、飾り気のない、彼らしい言葉。


 私の心臓が、破裂しそうなくらい高鳴ってる。


 嬉しい。


 素直に、嬉しいって思っちゃった。


 私は悪女になりたかった。


 誰にも媚びず、一人で強く生きていく女帝に。


 でも。


 そんな捻くれた考えに固執せずに、素直になりたいって思わされた。


 この人の隣で、美味しいものを食べて、笑って過ごす未来の方が、ずっと魅力的に見えてしまった。


「……私で、いいんですか? 私、ワガママだし、食いしん坊だし、性格も悪いですよ? それに、たまに変なこと企みますよ?」


「それがいい。君の全てが愛おしい」


 即答。


 なんて盲目なの、この騎士団長様は!


 私の「悪女ムーブ」すらも「可愛い」と変換してしまう、最強のフィルターをお持ちのようだわ。


「……わかりました。謹んで、お受けいたします」


 私が頷くと、ガレットは子供みたいに破顔した。


 そして、私を優しく抱き寄せて、夕日の中で口づけを落とした。


 ジェラートよりも甘くて、とろけるようなキス。彼のジェラートの味と、私のジェラートの味が混ざるような、二つが一つになるような口付け。


 こうして、私の「悪の女帝計画」は、完全敗北に終わりました。


 その代わり、国一番の強面騎士団長様の「最愛の妻」というポジションをゲットしちゃったってわけ。


 でもね、よく考えてみて?


 騎士団長を完全に尻に敷いて、胃袋を掴んで、私の言うことなら何でも聞くように手懐けたのだとしたら……。


 それって、実質的に私がこの国の裏の支配者(女帝)になったってことじゃない?


「ふふっ、計画通りよ!」


「ん? 何か言ったか?」


「いえ! 今日の夕食はハンバーグがいいなって思っただけです!」


「よし、シェフに特大サイズを作らせよう。君の選ぶメニューなら、きっと私の健康にいいはずだからな」


 私の(勘違い)悪女伝説は、まだまだこれから。


 さあ、覚悟なさいガレット。


 貴方を一生かけて、幸せ太りさせてあげるから!


 ……でも、ずっと一緒にいたいから、お砂糖を入れすぎるのはやめてあげる。


 それは、たまーに、ね?

 

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▼「貴様との婚約を破棄する」「謹んでお受けします」直後、私達は「じゃ、お疲れーッス」とハイタッチして国を出た〜今更泣きついても遅い。押し付けられた借金まみれの国は、王妃の座を夢見る聖女様に差し上げます〜

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▼妹に婚約者を寝取られましたが、どうぞ差し上げます。私は「呪われた悪魔公爵」と噂される辺境伯様に嫁ぎますので。〜実は彼が呪われてなどおらず、ただの愛妻家な超絶美形だと知っているのは私だけ〜

https://ncode.syosetu.com/n0859lq/


▼ 『午後8時、あのガゼボで』 ~ムカつく第二王子に婚約破棄を言い渡されるたびに時間が巻き戻されて鬱陶しいので、100回目の記念に殴ったら、それを見ていた第一王子に求婚されてしまいました~

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他にも20本以上、投稿済みの短編がございますので、作者マイページからお好みのものを見つけてご覧いただけると幸いです。

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