遠くへ、さらに遠くへ
「はぁ、はぁ、っん、はぁ・・・・・・」
夜の街の路地裏を走る。
後ろからはチンピラが追いかけてくる足音が聞こえる。
もっと遠くに逃げなければっ・・・。
「逃げんじゃねええ!!」
「っ!?」
チンピラの怒鳴り声につい体がビクッと震えてしまう。
捕まる怖い、このまま逃げても大丈夫なのか。
車落ちた際に腕や足からは血が出ているし、手首の部分を縛られていて上手く腕も振れない。
手には鬼塚のスマホも持っている。
「もっと遠くにっ・・・・・・!」
「見つけたぞゴラああ!」
「くっそ・・・」
後ろを振り向き距離を確認するが、既に数メートルしかない。
中学生の自分と成人済みのチンピラの脚力では絶対に追いつかれる!
「はぁ! はぁ!」
無我夢中で走り続け息が上がってくるが段々近づいてくる足音。
このままじゃあ体力が切れるか先に追いつかれるかの二択。
どちらにせよ最悪だ。
・・・・・・もう、自分の力を信じてやるしかない。
人に使ったことはないから、上手く出来るか分からないしそもそも人に効くのかすら分からないが、一か八かで賭けるしかない!
物体を操れるなら人間だって出来るはずだっ!
「はっ! ようやく諦めたか、はぁ、はぁ、手間かけさせやがって」
立ち止まりチンピラの方へ体を向けると諦めたかと勘違いしたのか、チンピラも徐々にスピードを落として歩いてこちらへ向かってくる。
まだ、距離がある。
もう少し近づくのを待つ。
多分、この距離だと届かない。
「・・・・・・」
「何睨んでんだ? ああ? てめえ自分が何したか分かって」
今!!
「ごはっ!? がっ・・・・・・」
横から何かに引っ張られたかの様にチンピラの体が勢いよく横の壁に衝突し、ドゴンッと鈍い音を立ててそのままチンピラは倒れたまま立ち上がらない。
気を失ったみたいだ。
「・・・っは!? ふっ、ふっ、はっ、ふぅー、よかった・・・・・・」
緊張で詰まっていた息を吐く。
上手く呼吸できない。
手も足も震えが止まらず、ドサッと地面に座り込んでしまう。
自分の力が届く範囲はを完全に把握していた訳ではないから、これも賭けだったけど届いてよかった。
「一旦、何とかなったか・・・・・・ふぅ」
少しずつ息を整えていき、倒れたチンピラの元へ近寄り持ち物を漁る。
「・・・スマホに財布と、後は時計か」
出てきたのはこの三つだけだったが、チンピラが倒れた時に時計を着けていた腕が体の下敷きになって潰れて動かなくなっていた。
「パスワードは分からないな・・・実質使えるのは財布だけだな」
中身を確認すると数千円が入っていた。
ここがどこか分からずこれから1人で生きていくとなるとこれだけでは全く足りないが、無いよりかはマシかと思い、懐に入れる。
どうせ家にはもう帰れない。
鬼塚達の話を聞く限り、石橋だけしゃなく母さんも自分を売る事に賛成していたみたいだし、帰れても結局いい事なんてない。
誰も味方なんていない。
どいつもこいつも自分勝手だ。
「そろそろ離れるか」
その日は夜が更けるまで遠くへ遠くへと進み続け、街を離れ、山へと辿り着いた。
森は静かだった。
夜風が頬を触り、孤独の冷たさを知った。
それでも、もう戻ることは出来ない。




