〈34話〉世界の歯車は大きく動く
施設を出てから、1週間程が経った。
この一週間、人のいる場所には1度も近寄らず、人気のない山の中で暮らし、極力体力と傷の回復に専念した。
しかし、山についてすぐに撃たれた箇所を確認しても何故か傷跡は無くなっており、ちゃんと塞がっていた。
たった1週間で治るものか?
いや、それはありえない。
転んで転けただけの傷ですら、もっと時間はかかる。
心当たりと言えば、やはり自身の力か。
柚葉さんを殺されたあと、普通に立てたのも、腕を動かせたのも痛みが消えたのではなく、治っていたから。
恐らくだけど、無意識のうちに自分で治していたんだろう。
これは試す必要があると思った。
これからの復讐は必ず怪我をするタイミングが出るだろう。
なら、備えておくべきだ。
俺は満足するまで死ねない。
自傷し、傷を癒せないかとこの1週間試してみた。
自分の仮説は当たりだった。
本当に治せた。
これで安心して復讐に挑める。
空を飛ぶ練習もした。
自由自在に動けるし、スピードもある程度操れるとうになった。
偶に周辺の山を飛んでいるヘリコプターがあるが、あれくらいなら追従出来るスピードはあるだろう。
最高速度に追いつけるかは分からないが。
しかし、さらに上空、雲の上も飛んでいる飛行機には全く追いつけない。
空を飛ぶ力についてはまだまだ練習して改良する必要があるな。
「さて、そろそろ行こうか」
久世さんから貰った地図は頭に叩き込んだ。
まず狙うは、日本の首都、東京、新宿。
ビュオオオオオオオオオ!!!
っと今にも吹き飛ばれそうなほど強力な風が俺の体を押している。
現在地上約243m。
東京都庁第一本庁舎の屋上に立っている俺は、眼下に広がる新宿を見下ろす。
有象無象の悪魔共が、彼女を貶したであろうヤツらが、この中に大勢混じっている。
そう考えるだけで、今にも腸が煮えくり返りそうになる。
「殺すのは簡単だが・・・・・・どうするか」
殺すのは簡単だ。
今立っているこの建物を地面から引っこ抜いて叩きつけるでもいい。
上空から火の雨を降らせるでもいい。
しかし、それでは意味が無い。
俺は真正面から、こいつらを殺したい。
奇襲ではだめだ。
彼女達が優しくしてくれた、大切にしてくれた俺の強さを、この国に住む悪魔共に見せつけやらねばならない。
お前らが誰に手を出したかを。
この国に対する宣戦布告を!!
「ここからだと声が届かないな」
この距離をどうするか。
この力は万能だ。
なら、発想を変え、この魔素に俺の声を、伝えたいことを乗せれば届くだろうか。
試しみる価値はあるな。
そう思い、試そうとしていると、より一層強い風が爆音と共に真横から近づいてくる。
「下か!」
轟音を奏でながら現れたのはヘリコプターだった。
それも前に見た報道ヘリの類のものじゃない。
ヘリの左右には機関銃などが取り付けられ、ミサイルらしき物もある。
「戦闘ヘリ、か。最初の相手には丁度いいか」
『今すぐその場で両手を上げ、膝をつき投降せよ!
繰り返す!
今すぐその場で両手を上げ、膝をつき投降せよ!!
さもなくば制圧射撃を開始する!!』
ヘリから聞こえたのは轟音にも負けないほどの大きな声だった。
拡声器でも使っているからか少しガビついた声だ。
アリのように大群のように街を歩く民衆も、ヘリの登場で拡声器の声を聞いて空を見ている。
誰もがスマホを空に向ける、異様な光景。
目の前で起こっている出来事ですら、板越しに見ているのは気持ちが悪いな。
「ごほん! 〈さて、この世界に巣食う悪魔の皆さん。今日は存分に楽しんでください。なんせ、今日があなた達の命日なんですから〉」
魔素に言葉を乗せ、周囲の人間に送り届ける。
初めての試みだったが、眼下のどよめき具合から成功だな。
『奇っ怪な力を使うことを禁ずる!
直ちに投降せよ!!
さもなくば』
「〈さもなくば? なんだ? 撃つと? それはもう聞いたぞ。俺に投降する気なんてない。撃つなら早く撃てよ〉」
煩わしいヘリからの声を遮り、煽りに行くと、相手は黙る。
急に静かだなとか思っているともう一機戦闘ヘリが来た。
それでも奴らは撃たない。
この建物を傷つけるのを恐れているのか。
どうせ死ぬのにご苦労なことだな。
「まぁいい、これではいつまで経っても始まらないからな。俺が開戦の火蓋を切ってやる」
そう言って1歩、前へ出る。
ぎゅん!っと一気に体が落ちていく。
それと同時に下からも悲鳴が聞こえてくる。
なに悲鳴を上げてんだ。
人殺しに加担したお前らが、これくらいで悲鳴を上げるなよ。
落下していく俺にヘリが追いかけてきている。
まだその機関銃は火を吹かない。
ここに来て人の命の心配など、心底こいつらが気持ち悪い。
「そろそろ動けよ!」
水を槍の形に生成、出力を最大にし、今俺の出来る最高速度で発射する!
その水の槍は戦闘ヘリの片方の機関銃を貫通し、大破させる。
「ほら、追いかけてこい!!!」
力を使い、浮遊し動き出す。
そしてついに、戦闘ヘリはその機関銃の火を吹かせながら追いかけてくる!!
俺の通った場所を高密度の銃弾が跡を辿るように追従してくる。
「この程度か、想像よりも戦闘ヘリは弱いな」
正直、少しがっかりした。
今までこのために沢山思考し、試し、力の使い方を練習したというのに、期待外れもいいところだ。
とはいえ、ここは有利な場所だ。
これ以上の贅沢は言えないな。
「それに、予行訓練とでも思えば十分な機会だ」
これから沢山のこういったものを相手にするだろうしな。
「おっと!」
戦闘ヘリからの攻撃を避けながら高層ビルの合間を飛び回る。
それを2機の戦闘ヘリが逃がさないと追いかけてくる。
「無駄に被害を増やして・・・・・・悪魔とはこの程度か」
俺の攻撃は的確に戦闘ヘリに命中するが、戦闘ヘリが俺を狙った攻撃は全て当たらず、ビルに当たっていく。
その被害は数え切れないものだろう。
窓ガラスを軽く貫通し、ビル内にいた大勢の人間が死んでいく。
国民を守るはずの自衛隊の戦闘ヘリによって。
「そろそろいいか」
大量の高層ビルの中心地、眼下には大量の群衆。
最高の立地だ。
「堕ちろ」
力を込める。
今までとは違う。
自身の付近で生成してから発射ではなく。
その物自体に発火させ、そのまま爆発を引き起こさせる!
爆発音が新宿を支配し、戦闘ヘリは炎上しながら大量の群衆がいる場所へと落下していき、最後にはまたも大爆発を起こした。
悲鳴の嵐。
大勢の悪魔が逃げ惑い、泣き喚き、死亡する。
2機の戦闘ヘリを撃墜し、自身を追いかける物はなくなった。
ここまでで経った時間は10分ほど。
「そろそろ終わらせるとしようか・・・・・・〈悪魔の皆さん、あなた達に地獄を見せてあげよう。絶望という名の、な〉」
耳を劈くような轟音が聞こえ、その音は時間がまいり経つにつれ徐々に大きくなっていく。
この世の全てを飲み込むような、そんな音。
空が段々と暗くなっていき、晴天だった空は無くなり、世界は闇に包まれていく。
眼下にいる人間は見上げている。
俺の飛んでいる場所を?
いいや違う。
もっと上だ。
なら東京都庁第一本庁舎の屋上?
違う。
さらに上空だ。
そこにあるのは、水。
空を覆うほどの水が、地面から伸びている。
人間の恐怖の象徴、津波である。
それも243mを誇る東京都庁を越す高さの。
群衆の目に、絶望の二文字が浮かぶ。
逃げることの出来ず、腰にも力が入っていない様子だ。
へたりこんでいるものもいる。
「ここまで用意するのに苦労した」
そもそも東京は海に面していないから、水を準備するのが大変だった。
東京湾から引っ張ってくることも考えたけど、それじゃあ俺がここで色々やってる間に到達してしまう。
だから海から引っ張ってきた。
東京の奥、神奈川県や千葉県付近の海から水を引っ張ってきて、そのまま東京まで持ってきた。
つまり、この東京に波が到達するまで、既に千葉県は神奈川県は壊滅的な被害を受けていた。
津波を起こすのは俺の力ではまだ厳しかった。
あの海がそのまま移動しているかと錯覚するほどの密度のある波は起こせなかった。
だからただ高くした。
ここまで届くように。
津波ほどの密度は無くとも、都市を機能不全にするほどの威力は十分あるだろう。
「うわああああああ!!!」
「いやあああああああ!!!!」
「邪魔だああ! どけえええ!!!」
いまになって眼下の悪魔共が騒ぎ出し、逃げ出そうとする。
今更逃げられるわけもないというのに。
「そうだな」
波がここに到着するまで、まだちょっとあるだろう。
下に降りていき、大破したヘリの元へ近づく。
ほとんどの奴らをここを離れ、今聞こえるのは巻き込まれた奴らの呻き声くらいだ。
静かになっていい。
あの悪魔達の叫び声や悲鳴など聞きたくもない。
地面に着地し、ヘリに寄っていくと、何かが聞こえてた。
『せよ! ・・・・・・応答せよ!
至急その場から離脱せよ!
繰り返す!
至急その場から離脱せよ!』
戦闘ヘリの生き残った無線機が鳴っていた。
もう動ける者も居ないというのに。
しかし、俺からしたらナイスタイミングだ。
ここで宣戦を布告するとしよう。
『応答せよ! 応答せよ!
クッソ! 誰もいないのか!?』
「おい」
『!?
誰かいるのか!?
すぐにそこから離脱し』
「神崎憐だよ。
お前らの仲間は死んだぞ。残念だったな」
『なっ!?』
「おい、伝えておけ。俺は日本を潰す。
この狂った世の中をな。せいぜい対抗する準備でもしておけ。
絶望にたたき落としてやるよ。
じゃあな」
最後にそれだけ伝え、無線機を壊す。
これで完了だ。
日本を潰す。
邪魔するやつは全て殺せばいい。
神に代わって、俺が仕事を果たすとしよう。




