〈26話〉絶望
扉に近づいていくと、音もなく扉は左右に開いていく。
その先、部屋の奥にいるのは、かつて自分を守ってくれたヒーローのような2人。
「結城さん! 篠原さん!」
2人とも半袖半ズボンのような薄着の布を一枚だけ着用していた。
布から出ている脚や腕、首、肌が見えている箇所は青黒いアザになっており、所々切り傷なのかなんなのか血が出ていて、白い布の一部が赤く滲んでいる。
これだけでこの現場がどれだけ酷いことをあの2人にしていてたのかが読み取れるほど、悲惨な現状だ。
2人は鎖や手錠なんかで縛られてはいない、その代わりか暴行を与える人間以外に監視員も多く、その手には銃も持っていて逃げ出せる様な雰囲気ではない。
あの柚葉さんに似た結城さんの笑顔はそこにあるはずも無く、絶望と恐怖で染まり涙の跡があり顔が崩れている。
篠原さんは結城さんよりも打撲や傷の跡が多く、必死に彼女を庇ってきたのが分かる。
「れん・・・・・・くん?」
そう言った結城さんの声は掠れて疲れ切っていた。
「ごめんなさい・・・・・・俺の、せいで、ぐっ!」
「それ以上前へ進むな」
無意識に2人に近づいていたようで、後ろにいた兵士に髪の毛を掴まれ止められる。
「憐君・・・・・・どうして、なんで、ここに・・・・・・」
今にも結城さんは泣きそうで、こちらを見つめる目はその事実を受け入れたく無いと言った目だ。
「神崎憐、お前がその辺をほっつき歩いて楽しんでいた頃からこの2人はこの仕打ちを受けているぞ。恩人が拷問のような扱いを受けている間の自由な数週間はさぞ楽しかっただろうな。そうだろう?」
自分がこの施設に来るよりももっと前?
あの別れた後にすぐに捕まったのか?
なら、結城さんと篠原さんは・・・・・・2ヶ月以上、ここで・・・・・・こんな、ことを。
「憐君、君が気にすることじゃないっ! 悪いのはこいつらだ! こんなことしてっ、ただで済む筈がない! 他にも連れてこられている人を見た! 誰かが不審に思う筈だ! 誰かの家族が伝えてくれる筈だ! 絶対にこのことは明るみになる! だから憐君が気に止む必要はない! だから今は耐えてくれッッ!」
篠原さんが辛いだろうに声を張って自分を励ましてくれる。
絶対に悪いのは自分なはずなのに、悪くないと庇ってくれる。
そうだ、こんなに一気に警察が消息不明になれば、誰かが絶対に気付くはずだ!
それまでなんとかここで耐えて、そして、
「篠原、だったか? まるで子供を守る正義のヒーローみたいだねえ! いやぁ、かっこいいねえ!」
パチパチと手を叩き、大臣が笑みを浮かべながら篠原さんに一歩ずつ近づいていくと、周りの兵士もそれを守るように数名着いていく。
「上の命令に逆らって、子供を逃し、捕まった後は自分の体を張って大切な女を守り、逃したはずの子供が捕らえられても励ます。うんうん、まるでヒーローだねえ」
大臣は笑みを浮かべたまま篠原さん達の数歩手前で立ち止まる。
「夢の見過ぎだ。馬鹿なのかな? いずれバレる? 世間に? たかが数人居なくなっただけで? ・・・・・・はっ! そんな訳ないだろ馬鹿が! それに、私が手を打っていないと思ったのか? これだからお前のようなアホは嫌いなんだ。そもそも私は警察を自由に動かせる。それはお前自身が体験しただろう? それとももう忘れたのか?」
「それでもっ」
「それでもなんだ? 家族が助けてくれると? 本気でそう思っているのか? 仲が良いことで何よりだ。おつむが弱いだけかも知らんが・・・・・・ああ、そう言えば言うのを忘れていたな。お前らの親も、兄弟も、誰ももう残ってはいないぞ」
「は?」
「ぇ・・・・・・?」
大臣の発言に、篠原さんと結城さんの動きが固まる。
「な、何を言って」
「お前は耳も悪いのか? もうお前らの家族は残っていないぞ」
「何を・・・・・・した?」
震える声で篠原さんが聞く。
「年間に何人が火事で死んでいるか知っているか?」
「お前、まさか・・・・・・」
「少し周りに被害が出たが・・・・・・火事は揉み消すのが楽でいいな」
おちゃらけた様子で言う大臣に篠原さんが声を上げて飛びかかった。
「きさまあああああああああ!!!」
「取り押さえろ!」
「ぐっ! 邪魔だあ! どけよ! 何なんだよお前らはッ! 何であんなクズの言うことに従うんだよ!!」
篠原さんの抵抗も虚しく、一瞬で鎮圧され、動けなくなった篠原さんに大臣がさらに一歩近づいていく。
「君とは違って彼らは勤勉で優秀だからだろう」
「こいつらのどこがっ!」
「君みたいな子供の頃の夢を追いかけ続けて感情に振り回される人間よりかは優秀だと思うがね」
「何も悪いことをしていない子供を見捨ててクズに協力する奴のどこが優秀なんだッッ!!
「少なくとも君とは違い、命の大切さを分かってはいるだろうね・・・・・・はぁ、もうこいつはいいか。こいつだけ殺しておけ」
「ハッ!」
大臣の子供に近くに兵士が反応し、アサルトライフルではなく懐から拳銃を取り出して篠原さんに向ける。
止めろ、その人は自分の命の恩人だ。
止めろ、止めろ止めろ止めろ!
残った力を振り絞り、体を必死に動かして止めようとするが、自分を捕まえている手を振り解けない。
「それでは」
「ああ」
「止めろおおおおおおお!!!」
パアァンと響きのいい音が部屋に響く。
丁度こちらへ戻ってくる大臣に被り篠原さんが見えな・・・・・・え?
撃たれていたのは、結城さんだった。
「あかねえええ! おい! 離せ! あかね! おいッ! 茜ッッ!」
篠原さんが撃たれる直前に、結城さんが動き出して前に割り込んできていたのだ。
だから篠原さんを狙った弾は彼を庇いに前に出た結城さんに直撃した。
当たったのは胸のほぼ中央だった。
「おい! 茜、茜!」
「せん、ぱい・・・・・・最後に、役に立てて、よかった・・・・・・ずっと、守られてきたから。大好きでした。どうか、・・・・・・生き、て」
「茜? おい! 死ぬな! うぁ・・・・・・茜、嘘だと言ってくれ、いつもみたいに笑ってくれる、頼む・・・・・・茜・・・・・・頼む」
「ッ・・・・・・結城さん」
結城さんは最後に篠原さんに思いを伝え、その後言葉を発さなくなった。
篠原さんは結城さんを抱きしめて涙を流し嗚咽を漏らし、その音だけが異様な静かな部屋に響く。
しかし、それも束の間、無慈悲な言葉は紡がれる。
「ああ、女が死んだか。残念だが、まぁいい。そいつも殺しておけ。あっ、そうだな、原型が残らないくらい滅多撃ちにしてやれ」
「ふざっけんな! こんなに人を殺して! お前は何がしたいッ!」
「神崎憐、言っただろう。全てお前のためにやっていることだ。こうなったのも全てお前自身が招いたことだ」
「くっ・・・・・・そやろうが」
また自分のせいで、自分の大好きな人が、大切な人が、優しくしてくれた人が、悪に立ち向かうヒーローが・・・・・・自分のせいで、殺される。
自分が変な力を持って産まれたせいで、自分がこの力を人目のある場所で使ったせいで、大切な人が、関係が、意思が、全てが崩れいく。
全て自分のせいだ。
「憐」
「っ!?」
篠原さんの全てを諦めたような声で、こちらを見つめていた。
その声はなぜか穏やかで落ち着いていて、
「俺は、こいつらが憎い。この理不尽な世の中が憎い。結城なら言うだろう。お前に幸せになってほしいと・・・・・・・憐、今から俺は酷いことを言う。これは俺のわがままだ。だからお前は好きな様に生きたらいい。でも、最後に一つだけ聞いてくれ、例えお前を縛る呪いになったとしても」
結城さんを撃った人が、再度篠原さんの頭を目掛けて拳銃を構え、周りの兵士はアサルトライフルを構える。
篠原さんのその声は、穏やかでも落ち着いていもた、けれどその奥に、燃える様な憎悪と怒りが込められているのがハッキリ分かった。
「この狂った世の中を・・・・・・こいつらを、殺してく」
パアアン! っともう一度先程と同じ音が部屋に響き、篠原さんの頭から血が吹き出す。
続いてドドドドッッッと戦争中かと聞き間違えるほどの銃撃の音が自分の頭の中に響く。
全ての照準は篠原さんと結城さんを捉え放たれ、辺りは血の池が出来るほど悲惨な状況になった。
「ぁ、ぁぁぁあ! 篠原さんッ! 結城さんッ!」
絶望は、途切れることなく押し寄せてくる。




