〈23話〉嘘
「うっ、くっ・・・・・・」
全身に走る体の痛みに目が覚めると、そこは交番ではなく四方をコンクリートで覆われた窓ひとつない部屋だった。
部屋には簡素で、端の方に和式便所のようなものがあるだけ、それもまともに手入れされていないのか汚れていて汚臭を放っている。
反対には鉄製の頑強そうな扉。
「どこだ、ここ・・・・・・?」
記憶だとさっきまで交番にいた筈なのに、どうしてこんな所に。
確か後から来た警察官の人に水を飲まされて、その後眠たくなって・・・・・・。
そこまで考えれば馬鹿でも分かる。
「くっそ!」
嵌められたっ!?
いつからだ!?
交番に連れていかれた時からか?
やっぱり着いていくべきじゃ無かった。
多少強引にでも、交番に行く提案をされた時点で逃げておくべきだった!
最初の2人は自分の警戒を解かせるための嘘だったのか。
「・・・・・・」
柚葉さんや千代さん、結城さんに篠原さん、彼らと関わって判断が鈍っていた。
悪い人ばかりじゃないと、いい人だって、優しい人だって沢山いるんだと思ってしまった。
でも、現実はそうじゃ無かった。
いい人は少ないんだ、分かっていた筈なのに・・・・・・。
油断した、あまりに軽率だった。
今までもそうだっただろ?
まともな大人なんて殆ど居なかった。
なんで忘れていたんだ。
「・・・・・・っち」
硬い床で寝転んでいたからか、体が痛い。
「それに」
足首に謎の圧迫感がありよく見てみると、両足を鎖で縛られていた。
手で叩いたり引きちぎろうとしても当たり前のようにびくともしない。
「一体誰が・・・・・・」
考えられる相手としては、鬼塚・・・・・・いや、あれはまだ使っているはず、そもそも鬼塚自身も警察から追われていた身、協力しているとは考えにくい。
ならやはり選択肢は一つ。
篠原さんが言っていた素性の分からない謎の組織。
警察を動かせるなんてそれしか考えられない。
どんな組織かもどれくらいの規模の組織かも分からない。
こんな状況だと言うのに、思っていたよりも冷静に心を落ち着かせれている。
大丈夫、焦る必要はない。
焦って何も考えられなくなる方が危険だ。
まずはここから出る。
そしてその後は警察、は無理か。
・・・・・・大丈夫、大丈夫だ。
落ち着け、自分には力がある。
最悪なんとかなるはずだ。
きっと大丈夫。
ここから出て、少しでも遠く逃げよう。
そして今まで通り暮らして、そして柚葉さんに・・・・・・。
果たして、今まで通り暮らせるのだろうか。
警察は完全に相手の手中にある、頼りにはならない。
なら、どこに行っても意味は無いのではないのか?
逃げ切ることなんて、出来るのだろうか。
「ああくそ!」
今はそんなことを考えていても意味なんてない。
とりあえずここを出なければ。
「ふぅ」
考えているとどうしても嫌な方向に考えがいってしまう。
だからとりあえず、この状況をなんとかしよう。
「はっ!」
今ではすっかり慣れた動きで手を伸ばし、壁に向かって火を飛ばす。
が、ボンッという音と共に壁にぶつかって消えてしまった。
壁は焦げていて煙が出ている。が、それだけだった。
「・・・・・・、大丈夫、まだ本気じゃないだけだ。全力でやれば壊せる。絶対に大丈夫。それよりも」
問題は足首に巻き付いている鎖の方だ。
壁を壊せてもこれがあるとまもとに走れない、歩くことさせ困難だ。
とはいってもこれを全力で壊そうと思えば自身にも被害が出る。
どうしたものか・・・・・・。
そんなことを考えているとギギギっと鈍い音が聞こえる。
咄嗟に振り向くと鉄製の扉が鈍い音を立ててゆっくりと開いていた。
「元気そうで何よりだよ! 神崎憐君!」
何者かがそう言いながら一直線にこっちへ飛んできて手を掴み包んでくる。
誰だ?
医者が来ているような白衣を着てメガネをかけている白髪の中年。
その目はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせていて、何故か自分にはそれが怖かった。
「博士、あまり近づくと危ないですよ」
「ああ、すまないな、」
そう言ってまた扉から誰かが入ってくる。
「財務大臣君、どうか許してくれ!」
「はぁ、いい加減名前を覚えてください。次からは気をつけてください」
自分の手を握っていた博士と呼ばれる人物に、1人の男が注意する。
腹が出ていてだらしない体型をしており、スーツに身を包んでいるがそこに気品はなく、その顔は横暴そうな自分をいじめてきた奴らと同じ目をしていた。
こんなやつが、大臣?
財務大臣と呼ばれた男の後ろには複数人の人間がいた。
黒くゴツい服を着ており、防弾チョッキや各所にプロテクターを着用し、顔全体を隠す黒のヘルメットをつけていて、そしてその両手には・・・・・・銃を持っていた。
警察が持っているような小さな銃ではなく、アサルトライフルと呼ばれる物。
完全武装だった。
「っん、」
ゴクンっと唾を飲み込む。
手汗が止まらない。
自分は本当にここから抜け出せるのか?
少しでも逃げようとすれば、すぐにでもあれで撃たれるのではないか?
「さてっ・・・・・・」
「っ!? ぐっ!?」
大臣がこちらに向けて顎をクイっと動かすと、後ろにいた完全武装の人間が自分の後ろに回り込み、両腕を背中に回され物凄い力で捕まれ、そのまま前に倒され顔面から地面に落ち、激痛が走る。
「やぁ、神崎憐。お前が何故ここにいるのか分かるか?」
「・・・・・・」
「・・・・・はぁ、返事をしろよクソガキがっ!」
「ぐっ!」
大臣が目の前まで来て自分の頭を力強く踏む。
「大人の質問にはちゃんと答えた方がいいぞ? ん?」
「・・・・・・わかり、ません」
「そうか、なら教えてやろう。簡単だ。私達はね、君の力を使いたいんだ。だからここへ連れてきた。ほら、簡単だろう?」
「力・・・・・・」
やっぱりそうか。
篠原さんが言っていた通りだ。
こいつらは自分の力を、炎を出したり物を操ることが出来る力を狙っている。
「そうだ、君の力を使いたいんだ・・・・・・おい、そんな怖い顔をするなよ。踏んづけたくなるだ、ろっ!」
「がぐっ!?」
再度大臣は頭を踏みつけてくる。
鼻や頬やおでこが地面に擦りつけられて、踏まれている後頭部も痛い。
「なぁに、君にとっても悪い話じゃないさ。君の力を貸してくれるなら、私達は最高級の待遇を用意しよう。金でも女でもなんでもあげよう! 悪くないだろ?」
「どうして・・・・・・」
「ん?」
「どうしてっ、自分の力なんですか? 一体何にッm使うつもりですか?」
また踏みつけられるかもしれないという恐怖を押し殺し、必死に声を絞り出す。
男はつまらなさそうな顔をしていたが、急に笑顔になった。
「ああもちろん、人の役に立つものに使うんだよ。大勢の人を救うために、君の力が必要なんだよ」
そう言っていた大臣の笑顔は、どう見ても嘘をついていると分かるほど歪んでおり、目の奥にはその残虐さが滲んでいた。
小学校のときに皆のためにと上手いこと言って年下から金を奪って楽しんでいたやつによく似ている。
ああ、そういえばあの時その年下を庇ったせいでいじめが始まったんだっけか。
・・・・・・まぁ、もうそんなことどうでもいいか。
「うそ、つくなよっ」
「あ?」
「どうせ嘘だろ・・・・・・知ってるぞ、お前みたいな奴らは、全員自分の為にしか動かないカスだ。それも、ただのカスじゃなくて自分より下の人間を見下して、嘲笑うタイプのより悪質なタイプのがっ!?」
髪を乱暴に掴まれ強制的に視線を上に上げられる。
「黙れよクソガキ、立場をわかっていないのか? 分かっていないなら仕方ないな・・・・・・分かるまで教えてやるっ!!」
「ぐはっ! がっ!?」
ドンッドンッと何度も執拗に大臣が頭を踏んづけてくる。
「おい、クソガキ、これで分かっ」
「ぁぁ、やっぱりお前みたいなやつは図星を突かれるとすぐに暴力に走るな。もう黙れよ。口くせーんだよ」
「〜っ! このガキっ」
「財務大臣君、あまり研究対象を傷つけないでくれないかな?」
「ふーっ! クソガキがっ! 少しだけ時間をやる! よく考えておけ! 行くぞ!」
博士の言葉に大臣は再度上げていた足を止め、不機嫌なまま完全武装の人間を引き連れて部屋から出て行った。
「ふむ、あの豚は本当に厄介だな。私の研究対象を傷つけるなとあれほど忠告していたと言うのに・・・・・・神崎憐君、君が早く心を開いてくれることを私は祈っているよ! 安心したまえ、私はあれほど暴力的じゃないからね! 平和主義者なんだ! はっはっはっは!!」
「・・・・・・」
そう言って笑いながらこの部屋を最後に去っていく人物の背中をただ眺める事しかできず、扉は再び鈍い音を立てながら閉められた。




