揺らめく影
『速報です。山沿いにある娘と祖母の二人で暮らしている一軒家に強盗が押し入り、祖母に暴行を加え、娘を拉致し現在は廃工場へ立て籠っているという通報が入りました。犯人は身代金を警察に要求しています』
多くの人が一つのニュースに興味を示している。
ヤクザの残党が遠く離れた街にある娘と祖母が二人暮らしをしていた一軒家に強盗に入り、祖母に暴行を加え娘を拉致し警察に対して多額の要求をするという事件が起きたからだ。
この速報を見て多くの人間がすぐに自らの思いをSNSに書き込んだ。
被害に遭った二人が可哀想。
残党を出した警察の怠慢だ。
無事に捕まえてほしい。
報道ヘリのライブ中継やってるぞ。
警察は金を出し惜しみせずに彼女達を解放させてあげるべきだ。
など、事件に興味のある人々からのコメントで溢れ返った一方で、こういった意見もあった。
どうでもいい。
自の地域と離れていたよかった。
胸糞悪くなるからそんな事件を取り合げるな。
など、興味の無さそうなものから完全に主観が入ったコメントも多数寄せされた。
事件の中、さらに話題になることが起きた。
報道ヘリからのライブ中継に、SNSで話題になった一人の少年の姿が映っていた。
このことで瞬く間に拡散され、ライブ中継の視聴者数は急増していった。
現場のリポーターからのライブ中継に誰もが興味を示していた。
『一人の少年が犯人に立ち向かっています! あ、ああ! 捕まってしまいました! 拉致されたと思われる女性が暴行を受けています! 警察はまだでしょうか! これは・・・・・・え? ・・・・・・あ、な、なんという事でしょうか! 人が! 人が浮いています! 少年を抑えていたはずの犯人の一人がっ! 宙に浮いています!」
ライブ中継をしていたリポーター、その場にいてそれを見ていたスタッフ達も、ライブ中継を見ていた者達も、今映されている映像に困惑した。
人が、なんの設備や装備無しに宙に浮いている。
編集やCGを使える動画ではなく、ライブ中継で。
SNSは大混乱し、コメントや投稿が収まらない。
そんな状況で、言い逃れできない決定的な瞬間が映された。
『今警察が突入していきます! ・・・・・・は? え、炎上しています!? 犯人が! 突如として炎上し始めました! 一体何が起きたのでしょうか!?』
少年が手を犯人に向けた瞬間、犯人の体が炎上し始めたのだ。
このニュースは即座に切り抜かれ拡散され始めた。
その動画は瞬く間に広がっていき、世界へ進出し始めさらに多くの人間が興味を持ち始めるきっかけとなった。
数日経った後もその動画は拡散され続け、更新する度にコメントは増えていく。
その動画を考察や解説する、フェイクだと反論する動画すらも出てくることとなり、ますます話題は広がっていた。
この時、世界は改めてその少年を認知した。
それはもちろん、一般市民だけでなく有名人やインフルエンサー、そして各国の政府までもが。
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日本国。
???県、???市郊外の施設にて。
「以上で今回の議題についての動画は終了です」
煌びやかな部屋の中、前には大画面のプロジェクターがあり、部屋の真ん中には大きな長机が置かれていてそれを囲むように10人ほどの人間が資料を手元に最高級の椅子に座っている。
「まずこの先程の動画は実際に起きた出来事なのかね? フェイクではないのか?」
「これは報道者がライブ中継をしていたものの切り抜きです。編集やCGなどは一切使われておりません」
「これは本物だとして、何を議論する? 一事件に対して私達がわざわざ議論する必要もなかろう」
「我々が議論するのは事件についてではない。そんな物はどうでもいい。今回の議題は動画に映っていた不可解な現象とあの少年についてだ」
「人が宙に浮いたことか・・・・・・」
「あれはフェイクしゃないのか?」
「違うと言っているだろう。何度も聞くな」
「なら犯人が突然燃え出したのも、フェイクではないと?」
「そうだ。報道カメラが映していたあの二つの現象は全て事実だ。そして議論するべきは立てこもり犯が燃え出した瞬間だ。そこの映像をつけろ」
「はい」
そう言ってプロジェクターに少年が腕を突き出した途端、突如犯人が燃え出した場面が再生される。
「ご覧の通り、立てこもり犯が燃え出す直前の少年が腕を突き出した動き。これがあまりに不可解な行動だ」
「確かに、こんな追い詰められている状況ですることではないな」
「少々画質が荒く見にくいが、ライターかマッチでも投げつけたのではないのか?」
「その程度で全身が一瞬で炎に包まれることはない。よって違う」
「これについて、何か意見がある者は?」
「・・・・・・」
しばしの沈黙が続く。
プロジェクターでは犯人に火がつく瞬間の前後を何度も再生させている。
皆が押し黙り、会議が全く進まなかった中で一人が手を挙げる。
「あるにはある、あくまで予想だがな」
「言ってみろ」
「火を出したのはこの少年自体ではないか? という予想だ」
「それは先程違うと」
「いや、そうじゃない。マッチやライターで燃やしたのではない。文字通り、少年が人を燃やす力を持っている可能性だ」
「!?」
「馬鹿な!」
「そんなことが有り得ると本気で思っているのか!?」
「現にあの動画ではそうとしか見えないでしょう」
「ならば宙に浮いたのはどう説明する。これもあの少年の力だと言うのか?」
「おそらくは・・・・・・」
「手を動かしていないが?」
「それは・・・・・・分かりません。ただ、条件が違うのではないでしょうか」
「条件、か」
「いずれにせよ、これは調査するべきだと思うが、皆はどうだね?」
「ああ、私も賛成だ」
「するべきだろうな、賛成だ」
「ふっ、そうだな。私も賛成しよう」
「満場一致で賛成だな。では早急にあの少年について探るとしよう。あれはよい実験材料になる」
全員が少年を捕らえることに賛成する。
「それでは私に任せよ。あらゆるコネと金の力を駆使して瞬く間に捕えてみせよう」
「確かに頼んだぞ」
「ああ、それでは早速仕事は出来たため私はここらで退出する」
スクっと一人の男が椅子から立ち、扉の方へ歩いていって最後に一礼して部屋を出た。
「人を燃やし、宙に浮かばせ操る力か」
「中々面白いですな」
「そうだな。あの力が本物なら、私達の懐をさらに温めるのに大いに役立つだろう!」
「もし偽物だったらどうするつもりだ? そのまま解放するのか?」
「? そんなわけがないだろう。権力を使って強制的に捕らえた人間を解放しよう物なら、今の時代我々の悪事が瞬く間に拡散されよう。そうなれば幾らなんでも止められん」
「それもそうだな」
「もし使えないなら秘密裏に処分する。闇へ葬れば何の問題もない」
「はっはっは、その通りだな!」
「ああ、今からでも待ち遠しいな。これから楽しいことになりそうだ」
新たな時代への歯車が動き出したことを、世界はまだ知らない。




