嫌な予感
「はぁ、はぁ、結構遠いな」
今で何時間くらい歩いたのだろうか。
スマホの充電がないから時間確認に使うことは出来ない。
右には山が、左には家が所々にポツンと建っている道路に沿って進むだけだから道を間違えることは無いけど、似たような景色が続いて詳しく覚えている訳じゃないからここまで来ればあとどれくらいっていうのが分からない。
「でも、太陽はもう昇ってるし、そろそろだとはっ、思うけど」
呼吸が乱れて言葉が途切れ途切れになりながらも足が止まることなく、着実に步を進めていく。
「あっ! ここって!」
緩やかなカーブを曲がっていくとようやく見覚えのある道に出た。
ここを真っ直ぐ歩けばもうすぐ柚葉さん達の家だっ!
無意識に歩くスピードが早くなっていく。
お腹が空いた。
手先は冷たいのに体は暑くて汗をかいた、シャワーを浴びたい。
千代さんの美味しいご飯が食べたい。
柚葉さんの元気が出る眩しいくらいの笑顔が見たい。
二人と一緒に暮らして楽しい生活を送りたい。
二人に貰った恩を返したい!
最後のは・・・・・・まだ無理か。
「はぁ、はぁ、んっ、はぁぁ、やっと着いた!」
ようやく目的地に着いた、気がついたら走っちゃってたしもう疲れた、早く呼ぼう。
「ん?」
インターホンを押そうとしたが、塀の扉が開いていて、中が見えてしまった。
玄関ドアの前に置いてあった花瓶が倒れて割れている
確か千代さんが大切にしていたものだ。
気づいていないのかな?
とりあえず早く呼んで伝えよう。
ピンポーン。
「・・・・・・」
ピンポーン。
「・・・・・・居ないのかな?」
インターホンを押すが反応がない。
柚葉さんなら元気よく扉から出てくると思ったけど何故か出てこない。
どこかに出かけている? でも二人で? この時間帯に自分が来ることが分かっているのに?
・・・・・・何か、嫌な予感がする。
まだ何も起こっていないのに、体が小刻みに震える。
「柚葉さん! 千代さん! 居ませんか!?」
塀の扉を開けて、ゆっくりと敷地内に入っていき玄関の扉に手を掛ける。
「っ、空いてる・・・入りますよ!」
扉に鍵は掛かっておらず、二人に呼びかけながら少しづつ開いていく。
頼む、なんでもいいから、ただのドッキリであってほしい、そうじゃなくても、自分のことが嫌いで二人で無視してるだけでもいいからっ!
「え、な、なにが・・・・・・?」
扉を開けると、目の前に広がっていたのは滅茶苦茶になった玄関と廊下。
靴は乱雑に落ちていて廊下にまで乗っている。
靴棚はボロボロになって倒れていて、廊下には様々なものが散らかっていた。
ゴクンッと息を呑み、奥へ入っていく。
ああ、一体何があったんだ?
なぜこんなにも荒れている。
地震ではない、起こっていたら自分も感じ取れたはず、ならなにか? 二人が喧嘩でもした? それでこんなことになるのか?
分からない。ただ今は、二人の安全を祈ることしか自分には出来なかった。
「っっ!?」
リビングではテーブルはひっくり返って壁に立てかかっていてタンスなどは倒れて中にあった服などが出てきて、床はテーブルから落ちた物や服や食器など様々な物が散乱していた。
そしてその中に、目を閉じて床に倒れ身にまとう服は赤黒く滲んでいた千代さんが倒れていた。
「千代さんっ!?」
すぐに駆け寄って何度も声をかけるが、返事はない。
どうすればどうすればどうすれば!?
だめだ落ち着け今あれが焦っても千代さんは助けられない!
そうだ、まず息は・・・・・・ある!
ならまだ大丈夫なはずだけど、このままじゃ危ない。
いまだに血が流れている。
「くっうっ!」
ダウンを脱いで長袖とシャツを脱ぎ、シャツで血が出ている場所を縛る!
すぐにシャツは真っ赤に染まったが垂れてくることはなくなった。
「つ、次はっ・・・警察、警察かっ! いや救急車だったか!? でも電話番号は分からない!」
スマホを取り出し画面を見るが真っ暗だった、そういえば充電が切れていたんだった、どうしてこんな時ときにっ!
「あ、千代さんのスマホッ!」
今は苛立ってる場合じゃない! 千代さんを助けるためになんとか道を探すしか出来ることはない。
「あった! パスワードは・・・ついてない! よし救急車、電話でどうやってかけるんだ!? くっそ! なんでっ」
こんなときに何も知らない自分の無知さに腹が立ってくる。
助けてもらってばかりだと言うのに、どうして救急車一台呼べないのだろうか。
「あっ! これか! 119! 早く早く早く!」
自分の荒い呼吸音しか聞こえない部屋に。プルルルル、プルルルルと鳴る、
「はい、こちら」
「た、助けてください! 千代さんがっ! 千代さんがっ血だらけでっ」
「落ち着いてください。救急ですね? 住所はわかりますか?」
「住所はっ分からないです!」
「周辺の景色などを教えてください」
「ど、家の道路を挟んだ目の前に山があります! 山沿いにずっと道が続いててその道路脇にある一軒家です!」
「分かりました。誰がどうなされましたか? 年齢などは分かりますか?」
「ち、千代さんがっ! と、友達のおばあちゃんの脇腹から血が出てます! あと後頭部からも少し!」
「血が出ている箇所をタオルなどを使って止血してくだい。意識や呼吸があるかの確認もお願いします」
「止血はしました! 呼吸はあるけど揺さぶって起きないです!」
「揺さぶるのは危険ですので動かさず安静にさせておいてください」
「は、はい! き、救急車はいつくるんですか!?」
「現在そちらへ向かっています。10分ほどで着きます。何があったのか詳しく教えてくれませんか?」
「わからないです! こっちに来たら千代さんが倒れてて、それで慌てて止血して救急車にっ」
「偉いですね。すぐに救急隊がくるので安心してください。通話は繋いで起きます。容体に変化があればご報告をお願いします」
「はいっ」
なんとか救急車は呼べた、これで千代さんは大丈夫なはずだ。
けど、いまだに柚葉さんの姿が見えない。
どうして?
千代さんがこんな状況になっていて、柚葉さんが一人で何処かへ行くことなんてない筈だ。
落ち着きを隠せないままウロウロと部屋の中を見て回っていると、廊下の壁に貼られた一枚の紙を見つけた。
焦りすぎて見逃したていたのか。でも前回来た時はこんなものは無かった。
紙の裏に文字が書いてあるのが見えてめくろうとして、凄く嫌な予感がした。
これを見たら、もう後には引き戻れない。このまま山へ引き返していつもみたいに一人暮らしをすればまだ前の日常に戻れる。今がその最後のタイミングだと、そんな気がした。
けれど、ここで引き戻ったら一生後悔するかもしれないし、しないかも知れない。
それは、誰にも分からない。
『この家の娘を攫った。返して欲しければ、金を持ってこの先にある廃工場へ来い』




