天城家
「そういえば名前を言ってなかったよね。私は天城柚葉で、おばあちゃんの名前が千代って言うの。君の名前は?」
「神崎憐です」
「憐君ね! ほら憐君、座って座って!」
柚葉さんに催促されて座布団の上に座る。
テーブルの上には数種類の料理が並んでいて湯気が上がっている。
とても美味しそうだ。
「ご飯大盛りでいいかい?」
「あ、いえそんな・・・・・・」
「遠慮せんでええよ、たくさん食べな!」
「憐君沢山食べないと大きくなれないよ? ほら!」
千代さんが茶碗から溢れるくらいのご飯を注ぎ、柚葉さんがドンッと憐の目の前のテーブルに置く。
ご飯にはツヤがありぐちゃぐちゃでも無く硬すぎることもなさそうな丁度良い見た目で、それだけで食欲がそそられ、ごくんっと唾を飲み込む。
山暮らしになってから節約三昧で1日一食でマトモなご飯を食べれていなかった身としてはとても有り難かった。
「それじゃっいただきまーす! ほら憐君も!」
「い、いただきます!」
「召し上がれ、まだまだあるからおかわり沢山しなね」
「ありがとうございます」
「う〜んおいひ〜! やっぱりおばあちゃんのご飯は最高だね!」
「はっはっは! 毎日聞いてるよ、ありがとうね!」
「本当のことだからね!」
千代さんと柚葉さんが楽しそうに笑い合いながらそんな会話をする。
二人とも嬉しそうで、心の底から互いを思い合って会話をしているのが分かる。
・・・・・・温かいな。
と、そう思った。
自分の家もこんな風に笑い合えていたら良かったのにと思ってしまう。
もうどうすることも出来ないというのに、無駄なことだと分かっているのに、この光景を見せられるとどうしても夢を見てしまう。
「ご馳走様〜! は〜もうお腹いっぱい!」
「僕も、ごちそうさまでした。美味しかったです」
「はい、お粗末さまでした」
「憐君、お皿洗うから台所に持っていくの手伝ってくれないかな?」
「あ、はい! もちろんです!」
柚葉さんに頼まれて使った食器をせっせとシンクの中に運んでいく。
助けてもらって美味しいご飯まで作って貰ったんだから、これくらいは当然やらなければ。
「働き者だねえ。ありがとうねえ」
「助けて貰ってますから」
こんなに優しくして貰ったのはいつぶりだろうな。
この世界には悪い人だけじゃない、自分の味方になってくれるような人も居たんだ。
それが嬉しくて有り難くて、でも迷惑を掛けている気がしてどこか自分が嫌だった。
「憐君は部屋で休んどきな!」
「あ、僕がお皿洗います!」
「う〜ん、じゃあ夜ご飯の時洗ってくれるかな? 今は私が洗うからさ、どう?」
「・・・分かりました」
「うん!」
本当なら夜ご飯だけじゃなく今も洗ったほうがいいんだろうけど、しつこくすると嫌われちゃうから言えなかった。
目を覚ました部屋に戻り布団を畳んで畳の上に座ると、部屋の角の方にスマホが置いてあった。
「あれ、充電されてる」
いつのまにか充電器に刺さっているスマホを見てつい呟くと、丁度皿洗いが終わった柚葉さんの声が聞こえる。
「ああ、それね。電池切れてたから充電しといたよ! 使えないと不便でしょ? 丁度私の使ってる充電器で出来たみたいだから」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
本当に何から何まで全部やって貰っているな、感謝してもしきれない。
「ねぇ憐君、ちょっといいかな?」
「なんですか?」
真剣な眼差しでこちらを見つめ、自分の正面に座る柚葉さん。
「君の家はどこ? ご両親が心配していると思うし、家まで送るよ。早く帰りたいよね」
そんな質問をされて、つい固まってしまった。
両親・・・・・・親は既にいない。
父は声も顔も覚えていないし、母には借金のためにヤクザに売られ、捨てられたんだ。
地元になんて帰りたくない、あそこには、敵が沢山いる。
金の為に自分を売るやつも、殴ってくるやつも、意地悪や悪口を言ってくるやつも、それを見て笑ってくるやつも無視するやつも、全員嫌いだ。
「い、言いたくないなら言わなくても大丈夫だよ! きっと辛いことがあったんだよね! でも大丈夫、ここなら大丈夫だから」
この時の自分がどんな顔をしていたのかは分からないけど、きっと酷い顔をしていたんだろうな。
そうじゃなきゃ柚葉さんがこんな悲しい顔をして自分を抱きしめて、申し訳無さそうに謝ってくるはずない。
自分を助けてくれた人にすら、悲しい顔をさせてしまう自分に腹が立つ。
自分はここに居ていい存在ではない、この人に悲しい思いをさせてしまうから。
だから心配させないように少し嘘を交えて、すぐにここから去ろう。
「すいません。でも大丈夫です、話します・・・・・・両親は、もういません」
「っ!?」
「で、でも、住むところはあるし、周りの人もいい人ばかり、だからっ! 大丈夫です! 元気です! 昨日は、たまたま道に迷っちゃってしまっただけで・・・・・・」
「・・・・・・うん、そうなんだね。教えてくれてありがとう・・・・・・帰る場所は、本当にあるんだよね?」
ああ、まただ、また心配させてしまっている。
自分が嘘をついていることがバレている気がする。
「もちろんです! 皆待ってくれていると思います! あっ心配させないように連絡してもいいですか?」
「・・・・・・うん、いいよ。早く安心させてあげて」
スマホを充電器から外し、ロックを解除する。
画面を柚葉に見られない様にして、文字を打つふりをする。
「出来ました!」
「うん、よかった。既読はついた?」
「え? は、はい! つきました! 既読!」
既読!? そんな機能があるのか!?
どんな風につくのか分からないけど、ついたことにしておこう!
「もう帰っちゃうの?」
「は、はい。もう・・・・・・帰ろうかなと思います」
嫌だ、本当はここにいたいし山になんて帰りたくない。冬はまだまだ終わらない。
次は本当に死ぬかもしれない。けれどこれ以上迷惑を掛けて自分のせいで心配させて悲しい顔にさせてしまうのは、もっと嫌だ。
嫌われてしまうかも、知れないから。
だからもう、帰ろう。
「・・・・・・せめて夜ご飯だけだけでも食べていかない? おばあちゃん気合い入ってるから」
「ぁ、はい。そうします。ありがとうございます」
・・・・・・本当にやめてください。
せっかく決心が着いたのに、甘いことを言われると縋ってしまうから。
そんな自分の弱い心が嫌いだ。




