トラウマ
ふかふかのベットに寝転んで、ふかふかの毛布に包まれて、部屋は暖房で心地よい暖かさになっている。
隣には母さんがいて、こちらが視線を向けるとにっこり笑ってくれる。
大好きな笑顔だ。
リビングには男性がいてニュースを見ている。
なんて事ない日常だ。
その人が振り返ると、目があって優しく微笑んでくれる。
優しい笑顔だ。
それでいて、どうしてか懐かしく感じる。
これまで毎日のように見ている光景なはずなのにな、そしてこれからもっと見るはずなのに、どうして懐かしく感じるのだろうか。
この光景が当たり前の筈なのに・・・・・・
小さな手を伸ばし母さんの服を摘むと笑って男性に何かを話しかけて、そして男性も一緒に笑う。
なんて幸せな時間なんだろうか。
まるで夢の中にいるみたいだ。
太陽の光が窓から差し込み、祝福してくれている。
このまま幸せな時間が続けば、なんて思ったりして。
フッと太陽の光が消え、突然外が暗くなる。
驚いて視線を向けると、大雨が降っている。
けれど大丈夫。
ここにいれば何の問題もない。
そう思い視線を戻すと、母さんの隣には金髪の男がいて、男性は何故か血を流して床に倒れている。
何かが崩れていく音が聞こえる。
いつもと違う家に連れられて暴力を受けて、でも母さんがいるから、何とか耐えられた。
母さんがいるなら、自分は・・・・・・。
「バケモノ」「私の子じゃない」「気持ち悪い」
ああ、もう辞めてくれ。
麻里亜が死んだ目でこちらを睨みつけてくる。
あの優しい笑顔をした母さんはもう、ここにはいない。
どこに行ってももう味方なんていない、守ってくれる者もいない。
世の中の全てが敵だ。
自分を守れるのは自分しかいない。
そうだ、運がいいことに自分には力がある。
これを使えば、生き残る事だって・・・・・・
あれ? でも、何のために生きればいいんだ?
「・・・・・・っっっは!? はっ、はっ、ふっ、はぁはぁ、はぁ・・・・・・夢か・・・・・・」
冬だというのに汗で服がびっしょりだ。
嫌な夢を見たな。
あれ、ていうかなんで長袖の服を着て・・・・・・。
「っていうかここは・・・・・・?」
周りを見渡すと、見覚えのない部屋の中だった。
和室で仏壇らしき物や押入れがあり、襖に囲まれている。
そして自分は畳の上に敷いた布団の中にいて、障子は和らいだ陽の光を取り込んでいる。
「たしか雪が酷すぎて山にも戻れず迷ってたんだっけ・・・・・・」
記憶が曖昧だ、あまり意識が途絶える寸前のことを覚えていない。
ガララッと襖開くと、若い女性が桶を持って立っていた。
さらさらとした綺麗な黒髪を後ろに束ねてその端正な顔立ちをより強調しており、を着用しており
「あれ、起きてる。おばあちゃーん! 起きたみたい!」
自分と目が合うや否や大声を出し、そのままこちらへ近づいてきてすっとしゃがむと顔を近づけてくる。
「おはよう、体調は大丈夫?」
「あ、は、はい」
「そう、よかったね!」
ニカッと自分に向けて元気溢れる笑顔を向けてくれる。
人に笑顔を向けられるのはいつぶりだろうか。
「起きた様やね、体調はどうだい?」
襖の奥から現れたもう一人の人物は背は低く、少しゆったりとした服にエプロンをつけている白髪頭の老婆だった。
「は、はい。大丈夫です」
「そりゃあよかった! わしはご飯を作っておるから、一段落したらおいで」
その老婆は先程の女性と同じ様な笑顔をして去って行った。
見るだけで少し元気をもらえるような、そんな笑顔だ。
「こんな寒いのに汗だくだね。ほら、これで体拭いて」
「ありがとうございます」
女性が自分の濡れている服を見て、そう言って絞られた真っ白なタオルを渡すので、感謝を伝えながら受け取る。
汗で気持ち悪かったからこれはありがたい。
すぐに服を着崩して汗を拭き始めるが、女性はこちらをガン見してくる。気まずい。
拭くだけで暇だし、少し今の状況について質問するか。
「すいません、ここは・・・・・・今ってどういう状況ですか?」
「・・・・・・君、道で倒れてたんだよ。この真冬の夜に半袖半ズボンで。そこにたまたまバイト帰りの私が倒れてる君を見つけてからね、連れてきたんだよ。あのまま放置してると死んじゃいそうだし、家も近かったから」
「そう、だったんですね。本当にありがとうございます」
「本当に心配したよ」
頭を下げて感謝を伝える。
あのままもし助けて貰えなかったら絶対に死んでいた。
今返せるものなんてないが、自分に出来る精一杯を伝えよう。
「うん。まぁでもそんなに気にしないでね、勝手に助けたのは私だし」
「いや、そういう訳には・・・・・・」
「気にしない気にしない。私がそう言ってるんだからそうして。ね?」
そんな優しさを受け取るのが、怖かった。
あの人のように、この女性も自分を否定し、嫌悪しだすかも知れないと考えると、少し、手が震えた。
けれどこの笑顔を見ていると、不思議と拒めなかった。
「はい・・・・・・」
「じゃっ、ご飯食べにいこっか! もう動ける?」
「はい」
女性がスクッと立ち上がり、襖の外へ向かっていく。
それを追うために返事をしながらゆっくりと布団の中から出てくる。
「着いてきて! おばあちゃんのご飯、めっっっちゃ美味しいから期待してていいよ?」
そう言って女性は振り返り、冬の寒さも吹き飛ぶほどのとびっきりの笑顔で言った。




