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ナポリタンでは終われない  作者: yuuma
第ニ章:帳面の沈黙

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6話-破かれた台本と炎上の記憶

 窓の外は静まり返ってて、街灯の明かりが障子越しにぼんやり滲んでる。

 風が笹を揺らすサワサワって音だけが、夜の空気に混じって聞こえてきた。


 祖母宅二階の和室で、布団に仰向けになったまま天井をぼーっと見つめてる。

 手元のスマホを開いては閉じて、また開いて。そのたび、冷たいガラス面が指先にペタペタくっついて不快だった。


 で、またあの記事が画面に現れる。


《子役・望月湊、現場で激怒? 破かれた台本を投げ捨て炎上》


 はあ?


 違うっつーの。全然違う。


 あの日、リハーサル中に別の子役がつまずいて台本を落としただけなんだよ。

 破れたページを拾おうと手を伸ばした瞬間--現場の空気が一瞬で凍りついた。

 まるで俺が何か悪いことしたみたいに。誰も弁解なんて聞いてくれなかった。


 数日も経たないうちに、架空の"新事実"が雪崩みたいに押し寄せてきた。


「控室での暴言」

「子役仲間を泣かせた騒動」

「ギャラ交渉で現場混乱」

--どれもこれも曖昧な証言ばっかりが見出しに踊って、テレビの司会者は「最近の子役は大人以上に危険だ」なんて笑いながら言ってた。


 SNSの通知音が夜も昼も鳴り止まなくて、「天狗になったガキ」「親族ごと業界から消えろ」って文字列が、

 まるで呪文みたいに視界を覆ってた。マジで地獄だった。


 でも極めつけは、共演した子と俺の親密交際疑惑を煽る盗撮写真。

 打ち合わせ中の何気ない一瞬が、めちゃくちゃ歪んだナレーションと一緒に拡散されて

--友達や知り合いの顔からも笑顔が消えていった。


 さらに追い打ちで、マネージャーでもあった実の叔母の「キャスティング枠買収疑惑」まで報じられた。

 SNSのタイムラインは、俺の名前で燃え続けた。まるで俺が悪の組織のボスみたいに。


 やがてファンサイトは閉鎖されて、CMは降板、番組からは降ろされて、現場では挨拶すら返ってこなくなった。

 まるで俺が透明人間になったみたいに。


 そして、ある日突然--台本が届かなくなった。


 スケジュールは真っ白。事務所のホームページから俺のプロフィールが消えてた。

 電話は鳴らない、メールも来ない。部屋に残ったのは、やけに広く感じる静寂だけ。


 胸の奥に、重たい石ころを詰め込まれたみたいな感覚が広がってる。

 スマホをもう一度開こうとしたら、画面は真っ黒のまま。指でなぞっても、何も返ってこない。バッテリー切れか。


--真実を語っても、どうせ誰も信じてくれないんだよな。


 その言葉が、夜の静けさの奥で、じわじわと喉に貼り付いていった。重くて、苦くて、でも離れてくれない。



   ◇◇◇




「ごちそうさま」


 空になったナポリタンの皿を差し出すと、澄江ばあちゃんがにっこり笑った。


「お疲れさま。久しぶりに完食してくれる人がいて嬉しかったよ」


 そう言いながら皿を受け取るばあちゃんの指先が、一瞬だけ俺の手に触れた。

 思ってたより冷たくて、ちょっとびっくりする。


「裏、ちょっと行ってくるよ」


 ばあちゃんは手近な薄手のカーディガンを羽織って、勝手口へ向かった。

 なんか今日は妙に落ち着きがないというか--いつもの「のんびりペース」じゃない感じがする。


 気になって、俺も後を追った。


 店内の暖かい明かりを抜けて裏手に出ると、ひんやりした夜の空気が頬を撫でていく。

 微かな油の匂いと土の匂いが混じった、昔から変わらない裏口の空気。この匂いを嗅ぐと、なぜか安心する。


 勝手口の階段に立ったばあちゃんが、夜空を見上げながら小さくため息をついた。


「星、きれいね」


 俺も見上げる。確かに、都市部じゃ絶対に見えない数の星がキラキラ光ってた。


「あんた、昔はよくこの裏で虫取りしてたのよ」


 え、そうだっけ?


「覚えてない? カブトムシがいるって言って、懐中電灯持って夜中まで探し回ってた」


 言われてみれば、そんな記憶もあるような気がする。でも、なんかぼんやりしてて--


「結局見つからなくて、泣きながら帰ってきたの。そしたら翌朝、近所のおじさんが大きなカブトムシを持ってきてくれて」


 ばあちゃんの声が、懐かしそうに響く。


「あんたはそれが野生のカブトムシだって信じて、すごく嬉しそうに大事に育ててた」


 胸の奥が、ほわっと温かくなった。そうか、あの時のカブトムシは--


 ばあちゃんの隣の階段に腰を下ろした。夜風は冷たいけど、なぜかこの時間は嫌いじゃない。


「湊」


「ん?」


「帰ってきてくれて、本当にありがとう」


 ばあちゃんの声が、いつもより小さく聞こえた。


「別に、俺なんて--」


「あのね」


 煙草を指に挟んだまま、ばあちゃんが振り返る。その瞳に、街灯の光がきらめいてた。


「この店があるうちに、もう一度あんたの顔を見ることができて、本当に嬉しいんだよ」


 胸の奥がキュンとした。なんだろう、この感じ。嬉しいような、でも少し切ないような--

「ばあちゃん……」


「さ、店に戻ろう。夜風が冷たくなってきた」


 そう言って立ち上がるばあちゃんの背中を見ながら、何か大切なことを聞き逃したような気がしてならなかった。


「この店があるうちに」って、まるでもう長くないみたいな言い方じゃないか。


 胸の奥に、小さな不安の種が芽を出し始めた。




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