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ナポリタンでは終われない  作者: yuuma
第十一章:語られた真実、裁かれる嘘

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42話-過去の語りが残した光

挿絵(By みてみん)


夜のカフェ・アカシアは、まるで昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。


裁判が終わってから初めて迎える夜。

俺はカウンターの中で、片付けの途中で手を止めていた。


窓の外には、商店街の街灯がオレンジ色ににじんでいる。


冷えた夜風が古い看板をゆらゆら揺らして、カランと小さく鳴った。


店の中に残っているのは、コーヒーと木の匂い、そして――“静けさ”だけ。


カウンターの端で咲良がスマホをいじっていたけど、急に息をのむ。


「……っ、ちょっと待って……湊くん、これ……!」


「え?」


声のトーンは抑えてるのに、手がプルプル震えてる。

嫌な予感と、どうしようもない好奇心が同時に背中を押した。


気づいたら、俺は咲良の隣に身を乗り出していた。


画面には、どこか懐かしい感じの古びたラジオ局の公式サイト。


バナー広告に埋もれた片隅に、ほとんど誰も気づかなそうな小さなアーカイブのリンク。

咲良が指先でスクロールして止めた先、そこに表示された文字を見た瞬間――心臓が跳ねた。


「親子の心をつなぐラジオ特集──矢野明日香」

……矢野、明日香?


え、今、なんて?


画面の小さな文字が、やけに鋭く目に飛び込んでくる。


昼間の判決ですら、まだちゃんと実感できてなかったのに、胸の奥が今度は別の意味でドクンと鳴った。


咲良が恐る恐る再生ボタンを押す。

スピーカーから、柔らかい女性の声が流れ出した。


「……私には、かつて小学校不登校と摂食障害に苦しんでいた娘がいました」


息が止まった。


――この声。間違いない。矢野さんの声だ。

けど、法廷で聞いたあの張り詰めた声とは違う

今は、どこかに母親のあたたかさが滲んでいた。


ラジオの中の彼女は、少し間を置きながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「彼女が部屋にこもっていたあの冬、私は見ました---繰り返し、何度も、ある子役のインタビュー映像を再生していた姿を」


胸の奥がドクンと鳴った。


喉の奥が熱くなって、背中に小さな震えが走る。


「『僕は誰かの小さな希望になりたい』──

あの子がそう言ったとき、娘は初めて泣きました。

そして翌朝、ほんの一歩ですが玄関を開けたんです」


隣で咲良がそっと息を呑むのがわかった。


俺は視線を落とし、膝の上で拳をぎゅっと握った。

ずっと胸の奥で絡まっていた何かが、ゆっくりほどけていく。


ラジオの中の声が、少しだけ強くなる。


「私はあの時、誓いました。

“この人がもし、いつか困難に直面することがあったら──

今度は私が、全力で守る”と」


……息が詰まった。


熱くて、苦しくて、でも――あたたかい。

胸の中で何かが光に変わるのを感じた。


(……全部、つながってたんだ)


ラジオの再生が止まると、カフェの中にまた静寂が戻ってきた。

外の街灯の光が窓から差し込んで、カウンターにやわらかい輪を描く。


咲良が、ぽつりとつぶやいた。


「……あの人、ずっと見てたんだね。湊くんのこと。」


俺は何も言えなかった。


ただ、胸の奥がじんわり熱くて、

――それが、少し泣きたくなるくらい、うれしかった。




ラジオを止めた後も、店内には静寂が満ちていた。

しばらくカウンターに座ったまま動けず、咲良も隣でスマホを握りしめていた。



夜の商店街を吹き抜ける風が、古い窓ガラスをかすかに揺らす音だけが聞こえる。



胸の奥で何かが静かにほどけていく。

――長い間、封じ込めてきた痛みと孤独が、確かな温かさに変わっていくのを感じた。



(……俺は、ずっと一人じゃなかった)



窓越しに見えるカウンターには、ラジオを止めたスマホがぽつんと置かれている。

その横で、祖母の笑顔が浮かんでいるような気がした。



その瞬間、祖母の言葉が鮮やかに蘇った。


「あんたは気づいてなかったかもしれないけど、ずっと応援してくれてた大人のファンもいたのよ」


心臓が、どくんと脈打つ。

(……そうだ……あの手紙……)


立ち上がると、言葉もなく店の奥へ駆けた。

驚く咲良が椅子から半ば立ち上がる。


「湊くん……?」


暗い店内を抜け、地下倉庫の階段を駆け下りる。

懐かしい木の匂いと、段ボールの埃っぽい空気が鼻を刺した。


懐中電灯の光の中、積まれた箱をかき分ける。

指先に紙の感触が触れた瞬間、胸が高鳴った。


――あった!


古びた白い封筒。

差出人欄には、震えるような小さな字で「A.Y」と記されている。


手の中でその封筒をしばらく見つめ、慎重に封を切った。

便箋の文字は丁寧で、震える指先にやさしく伝わる。


----------------------- ---------------- ----------------

拝啓 望月湊さま


突然のお手紙をお許しください。


私は都内で暮らす一人の母親です。あなたにどうしても伝えたいことがあり、筆を取りました。

私の娘は、小学校の頃から心を閉ざし、長いあいだ不登校が続いておりました。

部屋にこもり、昼夜を問わず言葉を失い、食事にも手をつけない日々が続き、

親として何をしても届かない暗闇の中に、私はただ立ち尽くしていました。

その冬のある夜、偶然つけていたテレビに、まだ幼いあなたが映っていました。

インタビューの中で、あなたははっきりとこう言いました。

『僕は、誰かの小さな希望になりたい』

その瞬間、隣で俯いていた娘の肩が小さく震え、

やがて静かに涙を流しました。


私は、その涙を見たとき、言葉にならない思いに胸をつかまれました。

翌朝、娘は数か月ぶりに自分から玄関に立ちました。

靴を履き、外の空気を吸い込み、顔に少しだけ光が戻ったのです。

あの子の表情を、私は今でも忘れられません。

あなたの言葉が、閉ざされていた心の扉をそっと開いてくれたのだと思います。

娘はその後、少しずつですが社会に戻り、今も前に進もうとしています。


この奇跡のきっかけをくださったあなたに、心から感謝を申し上げます。

もし、あなたがいつか困難に直面することがあったなら──

そのときは、必ずこの恩をお返ししたいと願っております。

寒さ厳しき折、どうかお体にお気をつけて。


敬具

A.Y

---------------- ---------------- ---------------- -------------


文字を追った瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げる。


矢野のラジオの声と、この便箋の言葉が重なり、すべてが一本の線になった。


(……矢野さん、あの時から……)


地下倉庫の冷たい空気の中で、頬を熱い涙が伝った。


長い間、過去は重い鎖だった。

けれど今、鎖は光に変わり、自分の歩いてきた道を優しく照らしている。


テラス席に戻ると、咲良が心配そうに待っていた。


胸に便箋を抱え、夜空を仰ぐ。

遠くの踏切の音が、静かな街にやさしく響く。


「……もう、大丈夫だ」


静かに言うと、咲良がそっと肩に寄りかかってきた。


夜風は冷たいのに、心の奥は不思議なほど温かかった。



過去を語ることの恐怖は、もうない。


それは痛みではなく、誰かの光になるのだと、今はハッキリとわかる。



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