41話-判決後の記者会見
昼の光が、裁判所のガラス張りの玄関をやわらかく照らしていた。
冬の空気はまだ冷たくて、吐いた息が白く溶けていく。
でも、胸の奥には久しぶりにあたたかいものがあった。
最終弁論から数日。
判決は――俺たちの完全勝利。
真理恵の反訴はすべて棄却され、
さらに、あの子役スキャンダルが仕組まれた罠だったことも正式に認められた。
祖母の遺言も有効。
「カフェ・アカシア」と土地の権利は、正式に俺のものになった。
ついでに、街を巻き込んでた再開発の立ち退き問題も完全に終結。
あの重苦しい空気が、ようやく消えた。
裁判所前の広場には、今日も記者たちがびっしり並んでいる。
カメラのレンズが光り、マイクの群れが押し寄せてくる。
冷たい風に混ざって、シャッター音がパシャパシャと鳴った。
報道車のアンテナが、冬の陽射しを反射してまぶしい。
俺はスーツ姿で矢野さんの隣に立つ。
背筋を伸ばしてはいるけど、正直まだ少しだけ緊張してた。
深呼吸をひとつ。
肺の奥まで冷たい空気が入り、現実感がじわじわ戻ってくる。
(……終わったんだ。ほんとに、勝ったんだ)
その実感はまだどこかふわふわしてて、夢みたいだった。
「では、これより記者会見を始めます」
広報担当者の声が響いた瞬間、フラッシュの嵐。
視界が真っ白になって、一瞬だけ昔のスタジオのライトが頭をよぎる。
でも、あの時みたいな息苦しさはもうない。
代わりに、静かで、あたたかい何かが胸に広がっていた。
「望月湊さん、今のお気持ちは?」
マイクが目の前に突き出される。
深く息を吸って、顔を上げた。
冷たい風が頬を撫でる。
カメラのレンズがいくつもこっちを向いている
でも、不思議と怖くなかった。
すぐ横に矢野さんがいて、少し離れた場所で咲良が見守ってくれているそれだけで十分だった。
「……祖母の思いと、この店を守りたいという気持ちが、ようやく届いたと思います。この数か月、過去の自分と向き合うのがどれほど怖いかを思い知りました。でも、逃げずに語ることで、ようやく前に進めた気がします」
言いながら、自分の声がちゃんと落ち着いているのに気づいた。
胸の奥に絡まってた長い鎖が、ひとつずつ外れていくみたいだった。
「子役時代のスキャンダルは事実ではなかった、とのことですが?」
別の記者がマイクを差し出す。
その瞬間、頭の中に当時の光景が蘇る。
熱いライト。乾いた埃の匂い。
そして、真理恵のあの冷たい囁き――
「笑いなさい」。
でも、もうその声にも心は揺れなかった。
小さく息を整えて、まっすぐ前を向く。
「……あれは、作られた嘘でした。当時、俺はただの子どもで、何も言い返せなかった。でも、今日こうして真実を語れたことで、やっと自分を許せた気がします」
記者たちのペンが走り、シャッターの音が重なる。それが、今は妙に心地いい。
かつて俺を追い詰めた音が、今は自由を感じさせる音に変わっていた。
隣で矢野さんがマイクを受け取り、静かに言葉を添える。
「本日の判決は、依頼人の正当性を全面的に認めるものです。長年の誤解と中傷によって傷つけられた名誉は、ここで回復されました。そして、望月湊さんはもう、被害者としてではなく、新しい一歩を踏み出します」
その声は、矢野さんらしく落ち着いていて、でもほんの少しだけ嬉しそうだった。
記者席の空気がやわらかくなり、冬の光が俺たちの頭上を静かに照らす。
会見が終わり、玄関脇の植え込みの影で深呼吸する。握っていた手のひらに、うっすら汗がにじんでいた。けど、それはもう“恐怖”の汗じゃない。
胸の奥に響くのは、あの声だ。
「あんたはあんたのままで、ちゃんと光ってるよ」
――今なら、あの言葉を素直に信じられる
誰かに認められたいとか、過去を正したいとか、そんな焦りよりも、ただ、まっすぐに自分でいたいと思えた。
空を見上げると、冬の雲がゆっくり裂けて、光が街を照らしていた。
その光は、これからの道を示してくれるように見えた。
裁判所を後にする足取りは、来たときよりずっと軽い。
遠くに見える商店街の看板。
あの場所に戻れば、「カフェ・アカシア」が待っている。
守りたい日常と、受け継ぐ物語がそこにある。
――もう、逃げない。
冷たい風の中で、そう心の中でつぶやきながら、俺はゆっくり歩き出した。




