1話:数年ぶりの帰省
「この街は、昔から時間の流れ方がちょっと変だった。」
俺──望月湊、二十二歳。過去には"天才子役"なんて大げさな名前で呼ばれて、テレビの向こうでキラキラ笑ってた時期がある。今思えば、あれは別の誰かの人生だったんじゃないかって思うくらい遠い話だ。
現在の肩書きは、東京の某有名大学心理学部を首席で卒業した、進路未定のモラトリアム青年。就職活動?そんなの最初からする気なんてなかった。海外の大学院進学を理由に、とりあえず人生を先延ばしにしてるだけ。
履歴書に書ける部分は確かに見栄えがいい。でも、その裏に隠してる傷跡の数を知ってる人間は、この世に数えるほどしかいない。
あの頃、何があったのか──。
口に出した瞬間、古い傷口が開いて血が滲み出しそうで、俺はずっと沈黙を守り続けてきた。
小学4年生で芸能活動の為に東京に引っ越してから、この故郷の土を踏むのは今日が初めて。つまり十一年ぶりの帰省ってわけだ。東京から北西に向かって、乗り換えを三回も繰り返して、高速バスすら来ないような僻地まで。最後は二両編成の可愛らしい電車に揺られること数時間。
車窓の外は、すっかり葉桜になった木々と、時代に取り残されたような瓦屋根の民家がのんびりと流れていく。春の終わりにしては肌寒くて、薄手のジャケット一枚じゃちょっと心もとない。
車内を見回すと、清掃会社の制服に身を包んだ女子高生が疲れたような表情でうとうとしてるし、立ったまま必死にスマホの画面と格闘してる青年もいる。野球部らしき少年は、重そうなバッグを膝に抱えながら、まるで人生に迷ってるみたいな顔で窓の外を眺めてた。
誰も口を開かない。それぞれが自分の世界に閉じこもって、静かに時間をやり過ごしている。
こういう空気、嫌いじゃない。誰も俺のことを知らないし、興味も示さない。
東京にいると、どこかで誰かが俺を見てるんじゃないかって、被害妄想じみた感覚に襲われることがあるから。
──ここなら、今の俺も普通の「その他大勢」の一人になれる。
東京は息が詰まる街になってた。SNSで拡散される話題、週刊誌の見出し、テレビから流れてくる騒音──全部が俺の神経を逆撫でしていく。過去の自分を知ってる人間と出くわすのが怖くて、最近は大学にも行かなくなってた。
そんな息苦しさから逃げたくて、俺は今この電車に揺られている。
電車がゆっくりとブレーキをかけ始める。もうすぐ西秩父駅だ。
プシューって音と一緒に、車窓から冷たい風が滑り込んできた。昔はこのホームで手を振ってくれる近所のおばちゃんがいたっけ。でも今は人影もまばらで、電車はまるで深夜の終電みたいに静かに駅へと入っていく。
──やっぱり、あの頃が俺の人生の頂点だったんだ。
芸能界から足を洗った日、俺の人生は強制終了を迎えた。あの頃の笑顔も、覚えたセリフも、全部誰かが書いた台本の中にしかない。心だけが十五歳のまま置いてけぼりを食らって、今もまだあの頃の傷を引きずってる。




