7 しゃべれない彼女の話し方
翌日。
ソウマとオトハは開業初日の仕事に赴いていく。 ソウマが使っていた軽ワゴンに乗り込んで。
「いくぞ」
「はい……」
小さな声で返事をし、こくりと肯くオトハ。
その顔は幾分青ざめてるようにも見えた。
「安心しろ。
怪物だってそう頻繁に襲ってこないから」
「…………」
無言で肯くオトハ。
しかし、そう言われても恐怖と警戒はどうしてもこみ上げてくる。
そんなオトハに、
「それに、佐々波の能力なら、近付く前に気づけるから」
「…………」
こくり、またも無言の頷き。
それを見て、ソウマは苦笑する。
(でもま、こんなもんか)
とがめ立てするつもりなどない。
これが軍隊とか体育会系なら、「返事がない!」と怒鳴るところだろうが。
そんな事でいちいちとやかく言うつもりはない。
(性格なら仕方ないからなあ)
持って生まれた性分というのはどうにもならない。
変更が出来るものではない。
固定化された電子装置、ROMなどと同じだ。
変わらないものを変えようとしても無駄である。
オトハも同じだ。
出会ったのは昨日からだが、その1日でソウマもオトハの癖をある程度理解していた。
表情に変化が乏しく、口数も少ない。
それがとっつきづらいという印象を与える。
だが、決して無感情無表情というわけではない。
声を出すのが苦手で、表情が変わらないだけだ。
実際には、普通に感情はあるし、声に出さなくても様々な事を考えてる。
なので、オトハなりの方法を考えてみた。
表情はともかく、声を出す方法はないかと。
その結果。
「じゃあ、ここから練習だ。
昨日言ったとおり、【音響】の能力を使ってしゃべってみろ」
「はい」
返事はすぐに出てきた。
喉や口からではない声で。
オトハの超能力である【音響】。
音を操る能力だ。
これを使えば、声に出さなくても言葉をしゃべる事が出来るのでは?
そう思ったソウマは、使い方を提案してみた。
効果は絶大だった。
今までほぼ無言で反応が薄かったオトハが、返事を即座に返すまでになった。
「すいません、昨日教えてもらってたのに忘れてました」
「ああ、気にすんな気にすんな。
新しい使い方をおぼえたばっかりなんてそんなもんだ」
「でも、おかげで言いたいことがすぐに伝えられるようになりました」
「そりゃあ良かった」
たったこの程度の会話でも、昨日のオトハに比べれば格段の進化だ。
なにせ、「はい」「うん」くらいしか返事がなかったのだから。
何か言おうとしたら、一拍おいてからしゃべるという事で、テンポがいささか悪かった。
それが一気に改善されたのだ。
「そうやって使っていけば、レベルも上がりやすいから、頑張ってみてくれ」
これも利点になる。
超能力は使うことでレベルを上げられる。
日常的に使っていけば、その分成長も早くなる。
レベルが上がれば出来る事も大きくなる。
「こういう点では俺たちみたいな、日常的な能力は便利だからな。
なにせ、使っても誰の迷惑にもならい」
「確かに」
コクンと肯いたオトハが、口を閉じながら返事をする。
「ただ、使い方も覚えておけよ。
その調子だと、考えてる事をそのまま声にしちまう可能性があるから。
さすがに使い分けはしておけ」
「あ、確かに」
言われてオトハも気づいた。
意識するだけで声にする事ができる。
喉を使わないから便利だが、これだは何かを思った瞬間に声を外に出しかねない。
「気をつけます」
「うん、そうしてくれ。
それも超能力を使う訓練になるかもしれないから」
「なるほど」
ウンウンと頷きながら、オトハは自分の能力の使い方を考えていった。
「それじゃあ練習がてらに。
周りの音を調べてみてくれ。
昨日言った通り、それで怪物の何かが聞き取れれば助かる」
「はい、やってみます」
口を閉じたまま返事をするオトハは、助手席で自分の能力を使っていった。
周囲の音を拾うために。
さすがに都市部の近くでは、おかしな事を発見はしなかった。
しかし、これが都市部から外れ、廃墟に入りしばらく経つと様相が変わる。
「……います、何かが。
おかしな音がします」
「うん、分かった」
聞いたソウマはハンドルを握り直す。
「出来るだけ音の少ない方を教えてえくれ。
そっちから迂回していく」
「分かりました」
指示に従い、オトハは音を拾う為に超能力を使っていく。
「……右の方から音が聞こえます。
でも、右前の方は薄いようです」
「左は駄目なの?」
「すぐ近くに音は無いですけど、離れた所におかしな音がします」
「分かった」
それを聞いてソウマは、音の鳴らない方へと向かっていく。
「その調子で頼む」
「はい」
その後も音を頼りとした指示に従って、ソウマは車を走らせていった。
おかげで右に左にと曲がる事は多い。
だが、怪物の姿を見る事は無かった。