56 2人の迷宮攻略 4
迷宮が最後の力を振り絞って放った毒トカゲもあっさりと倒され。
これらの出現も止まった。
産み出す怪物で倒しきる事が出来ないと判断したのだろう。
その証拠に、滲み出てる悪意が怪物の主の方向へと向かっていく。
「いよいよです」
「うん」
この悪意の流れをオトハとサユメはたどっていく。
最後に残った敵をたおすために。
向かった先にいたこの迷宮最後の怪物。
それは、人の顔を持つトカゲという姿をしていた。
全長20メートルほどの体を4つの足で支えている。
その全長のうち、半分は長い首になっている。
その先端に、人間の女の顔がついていた。
能面のような無表情でオトハとサユメを見つめている。
そんな首の長い人面トカゲに、オトハとサユメは攻撃を仕掛けていく。
轟音を周囲に響かせ、幻影で敵の視界を遮っていく。
女面の首長トカゲは、遠距離から2人をにらみつける。
その視線をサユメの幻影が遮った。
超能力の中には見つめるだけで効果を発揮するものがある。
魔眼や邪眼とよばれるものだ。
これを警戒してものだ。
そうでなくても、視界を遮っておけば、相手の動きを鈍らせる事が出来る。
人面トカゲも長い首を動かして幻影を避けようする。
しかし、無数に放たれた幻影は、どれだけ首を動かしても避ける事は出来ない。
そうしてるうちに、オトハがしかける。
トカゲの人面周辺にありったけの轟音を放った。 トカゲの動きが止まった。
動き回るトカゲの頭には耳が見える。
そう見えるだけの擬態のようなものかもしれない。
それでも、念の為に音をぶつけてみた。
目はしっかりと機能してる可能性が高いからだ。
サユメの幻影を見て、女面をした首を振っていた。
ならば、耳も同じようにしっかりと機能してるのでは?
ならば試してみようと思った。
効果があれば儲けものくらいに考えて。
ありがたい事に、轟音もしっかりと効いてくれた。
トカゲが音から逃げるように頭をふる。
オトハは首が動く範囲全てに轟音を発生させる。
ならばとトカゲは体の位置を変えようとする。
だが、音で麻痺した頭ではまともに体も動かない。
よたよたとタタラを踏むのみ。
その程度でオトハが放つ音から逃げられるわけもない。
音の衝撃に、動きも鈍くなっていく。
最初は激しく振っていた首がゆっくりとなっていく。
もたついていた足は、その場にたちつくし、痙攣するのみ。
巨大な胴体もかすかな震えを示すだけ。
立ち尽くす巨体。
伸びきる首。
その先端で中空を見つめるうつろな瞳。
そこにサユメが【幻影】を突き刺す。
人面をしたトカゲの頭の前にではない。
頭の中そのものに。
サユメも幻影を相手の脳内に直接入れる事が出来る。
オトハが音をたたき込めるように。
相手の頭脳に映像を直接ねじ込み、サユメが見せたいものを見せていく。
それは起きながら見る夢だ。
現実とは違う虚構が頭に浮かぶ。
見せられたものにとっては、それが事実。
頭に浮かんだ事をもとに考えていく。
それに対応して動こうとする。。
人面トカゲが見たのは、己の体が端から崩れていくところ。
死んだ怪物が陥る最後の瞬間。
それが己に起こったと錯覚する。
いつ、どうやって、という疑問が人面トカゲに浮かぶ。
だが、それを嘘だと見破る事は出来ない。
確定してると思い込まされた嘘を信じてしまう。
そうしてる間に現実の人面トカゲは動きを止めている。
意識が切り離されてる故に、体を動かす事が出来ない。
そうでなくても【音響】で散々に脳や神経をゆさぶられている。
動かしたくても首から下がまともにうごかない。
胴体や手足がほとんど無傷でもだ。
それらを動かす中枢が、もう働いてない。
そこに幻影による残酷な映像が流しこまれる。
体が崩壊する悪夢が。
真に迫るそれを人面トカゲは真実と誤解する。
この誤解は、否定される事もないまま受け入れられていった。
空想の中で人面トカゲは死んだ。
最後のひとかけらすらも消え去って。
意識は暗がりの中に漂うだけ。
ただ、何もない虚無だけがある。
それが死んだ後の感覚なのだと思いこみ。
人面トカゲは意識を手放した。
まだ生きてる肉体の中で。
精神だけがこの世を去った。
心が死んだその瞬間、人面トカゲの巨体が止まる。
微細な痙攣すらも止まり。
完全な脱力状態になる。
そんな体が立ち続ける事が出来るわけもない。
手足は崩れるように折れ曲がり。
太く長い胴体が地に落ちて。
長い首もうなだれた。
先端についてる頭が、勢いよく地面に叩きつけられる。
それでも人面トカゲは起き上がる事はなかった。
その頭に近付いて。
オトハはサユメから手槍を無言で渡され。
サユメは小太刀を抜く。
そのまま2人は己の持つ武器に霊気を込めていく。
先にサユメが手にしていた小太刀を振り上げる。
振り下ろした刃は、人面トカゲの額に触れると一気に霊気を放出した。
刃の性質に沿った霊気が、人の顔をした怪物の頭を割り開く。
外皮より柔らかい内部があらわになる。
そこにオトハが手槍を突き刺した。
霊気が鋭い一突きとなって貫いていく。
脳髄から首を伝い胴体へと。
脆弱な内部を破壊され、人面トカゲは完全に死滅した。
かろうじて残っていた胴体が消滅をはじめる。
今回は頭の部分から分解されていく。
あとはいつもと同じ。
煙のように消えていき、人面トカゲだった霊気結晶だけがそこに残った。
迷宮の主であり、この場において最強のはずの怪物。
それは持てる能力をまったく出す事も出来ずに倒された。
「……やりました」
「……うん、やったね」
呆然としながら、オトハとサユメは結果を口にしていった。
いまだに自分たちで成し遂げた事が信じられないというように。
目の前にある霊気結晶という証拠を見ながら。
それでも二人は迷宮崩壊に飲み込まれていく。
中心たる迷宮の主を失った迷宮は消滅を始める。
それに巻きこまれながら、2人は現実へと戻っていった。
周囲の景色がめまぐるしく変わる。
今まで潜入していた迷宮の景色が消えていき。
最初に迷宮に入った地点へと戻ってきた。
「おつかれさん」
一緒に迷宮に入り、2人を見守っていたソウマが声をかける。
それを聞いて、ようやく2人は全てが終わったのだと受け入れる事が出来た。
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