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佳月が見せたもの

 今日の走り込みは半分くらい終わった。僕はふぅ、と地面に座った。腰に掛けていた水筒を取ると、陰が差した。ふわ、と土の匂いがする。


「白昼堂々とサボり? 大一、くん」


 顔を上げると、烈と目が合った。前、顔を合わせた時と印象が違う。僕とおんなじ緑の目だ。もし目が合わなかったら、分からなかった。


「サボりじゃないです。烈さんは何を?」

「私は鍛錬の帰りに、あなたを見つけたとこだった。いつもなら愛恵人に追いつこうと一心不乱に走っているのに今日は違うのね」

「ちょっと休憩です。つま先が痛かったので」


 烈さんの眉間に呆れたような皺が寄った。僕は立ち上がった。


「蓮医隊の方々も戦闘訓練があるんですか?」

「もちろん。試験に受からないと戦場へ行けないあなた方と違って、蓮医隊はいつでも行くから」

「受かってなくても?」


 菊璃姉さんが行ってた「子どもでも前線に出される」って蓮医隊の話だったの? 佳月から聞いた話だと、試験に受かるまで戦場へは行かないし、成人するまで前線には出ない。

 烈はふっ、と自嘲的な笑いを浮かべた。


「もちろん、隊員の数に余裕があれば蓮医隊だって未成年は戦場に出ない。けれども、今は違う。一軍の蓮医隊には成人した隊員が2人しかいない。来年で美実が成人するからそれで3人」

「美実さんって14歳ですよね?」と僕は足元の草を軽く蹴った。「僕が知る成人年齢は22歳なんですが……」

「和伝人は15歳だよ」


 ドタドタと足音が聞こえる。よく草原でここまで足音を立てられるな。いや、足音自体は大したことないけど、気配がうるさい。烈は少し柔らかで呆れ返った視線を足音の主……敢太に向けた。


「そう言えば敢太にも縁談が来てるんだよね」

「え!?」


 僕はあり得ない気持ちで烈を見た。それから敢太を見た。僕より3歳上だから背は高いけど、敢太はまだ12歳だ。僕が知る成人年齢よりもまだ10歳下だ。


「お相手は?」

「美実。来年で成人するから、相手探しに勤しんでいるみたい」


 美実さんも、つばめ姉さんの1歳下だ。菊璃姉さんも結婚どころか恋人がいる気配すらない。


 敢太は「オレはまだ結婚しないからな」と烈を軽く睨んだ。

 烈は「ま、美実とあなたで釣り合うのは年齢だけだもんね」と肩を竦めた。


 そろそろ走り込みに戻ろう。僕は坂道を駆け上がった。走っている途中、ふと気づいた。蓮医隊は全員、女性。そして僕ら、相伝隊は佳月を除いて男ばかりだ。僕は走り続けた。


 *

 

 今日の走り込みが終わると、佳月に手を引っ張られた。


「あの、佳月。なに?」


 佳月はズンズンと家の奥へ進んでいく。土に汚れた小さな手だ。佳月の自室の隣の部屋に入った。そこには3枚の写真があった。目鼻立ちの整った、笑顔が目に残る黒髪の男性。恐らく金髪で、陽気な表情の男性。少し固い顔をした、やや明るい黒髪の男性。赤ちゃんを抱っこしている明るく暖かな髪色の男性。全部、額縁が黒い。


「佳月、これってもしかして。亡くなった方の写真?」

「うん」と佳月は頷いた。「96代目相伝隊隊員の写真。全員、既に亡くなっているの」


 佳月は目鼻立ちの整った黒髪の男性を指した。


「左から私の父の五月四日上徳 直道。美実の父親の雷電 豪人。あなたの父親の土出 鶴二。ゲンの父親の炎谷 幹太」


 僕は父の写真の指先を伸ばした。父の遺影は始めて見た。気の強そうな目が菊璃姉さんに似てる。僕が密かに気にしていた角張った顎も、この人と同じだ。床に座り込んだ。


「佳月に聞いても仕方ないのは分かってるけど、父さんはどうして亡くなったの」

「戦死だった。今日が命日で……。私も人づてに聞いただけの話だけど……彼は伝暗岬の人がパタパタと亡くなっていくことに人一倍腹を立てていたらしい」


 人づての話なのは当たり前だ。僕の父さんが亡くなった当時、佳月は生まれてすらいなかったんだから。手のひらに爪が食い込む。


「伝暗岬ってそんなに人が亡くなるの?」

「うん。私はまだ行ったことがないけど、伝暗軍がこちらに攻め込もうとするたびに人々は命を落とす」と佳月は窓を見た。「現にさ、烈は伝暗岬出身の孤児だよ」

「そうなんだ」


 不自然に言葉が切れてしまう。僕の視線はずっと遺影の辺りをウロウロとしている。佳月が急に遺影の前に立ったから、視界が遮られた。


「なあ、佳月」

「なに?」と佳月は少し険しい顔だ。

「変な質問だけど、相伝隊の女性隊士って佳月以外にはいるの?」

「いないよ」と佳月は笑った。「原則、女性は隊士になれないもん」

「じゃあ何で、佳月は?」

「大人の都合」と佳月は軽く肩を竦めた。


 僕が口を開きかけた時、部屋の外から声が聞こえた。


「佳月! ダイ! 夕飯の時間だぜ!」と愛恵人の声だ。

「はーい」と佳月は戸に手を掛けた。


 その瞬間、佳月はくちゅん、とくしゃみをした。

この日は、佳月の父の命日だったらしい。

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