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001 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 20』

【梗概】


 新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。スタンピードついに始まる。


    20 抜け穴


 謎の先住民〈エルフ〉遺跡が点在する新大陸シルハ森林地帯。そんな森林地帯には複数の前線基地が配置され、森に潜む大型の虫がときどき起こす大海嘯スタンピードに備えている。

 大海嘯を引き起こす大型甲殻虫の中には、人類が造り出す兵器類を模倣する者がいることが報告されている。

 

「スタンピードだあ!」


 急降下爆撃機型トンボが、サイレンのような音を鳴らしながら、硝酸弾掃射をかけた。ホテル爆撃され、壁のセメント破片が飛び散る。

 

 〈姫様〉レディー・シナモンと私・ブレヤー博士だったが、避難民の列に入ろうとしたとき、前線の森林地帯に配備された基地からの脱走兵が割り込んできて、避難民のパニックは収拾不能になってしまった。私たちは、先導してくれていた雑誌社〈ラ・レヴュ〉特派員サルドとナバルからはぐれたうえに穴に転落してしまった。高価不幸か、水が溜まっていて、そこに落ちたので怪我はなかった。少し泳いで岸にたどり着く。


「《姫様》ご無事ですか? 軍事教練で着衣遊泳をしていなければ、溺れてしまうところでしたね」

「アラス市駐留軍はスタンピード襲来に備え、市域の随所にトーチカを設け、網の目のような地下通路で連結していると聞いています。ここを使えば何とかなるかなと思います」


 通路の幅は一ヤード(約一メートル)、高さ二ヤード(二メートル)というところ。通路の前後には深淵が続いていた。

 平時であれば、せいぜい、水滴しか聞こえまい、アーチ天井の古い横坑には、大型トンボが放つ硝酸弾のせいで爆音と地響きが続き、天井や側壁に積んだレンガの幾つかを路床に落としていた。

 天井の穴からわずかに光が差し込んでいる。

 〈姫様〉は周囲を見渡し、マグカップ、針金、それから、細粉調整前のセメント用石灰の塊を見つけた。また、爆風で横倒しになっていた街灯の電球が、奇跡的に無傷だったので、コード付きでライトを拝借した。


「石灰を水に浸すと電池になります。これで即席の懐中電灯をこしらえるといたしましょう」

 

 地下通路にはところどころ陥没し、深い水溜りになっている箇所があり、泳ぐこともしばしば。それにも関わらず、レディー・シナモンは意外にも耐えることができた。この人は、平素の立ち振る舞いこそ貴婦人だが、非常時にはサバイバルもこなせるのだ。


「《姫様》、通路が広くなりましたね。メインストリーというところでしょうか」


 幅五ヤード(約五メートル)、高さ三ヤードといったところだろうか。私たち二人は、転落した穴から半マイル(一キロ強)ほど〈メインストリート〉を進んだところで、外から差し込んだ光を見つけた。そこは森に隠したトーチカの一つだ。


「どうやら町の郊外まで来たようですね」

 姫様と私は大型甲殻虫がいないのを確認して、外へ出る。


「甲殻虫も厄介ですが、脱走兵は評判が悪い。〈姫様〉、お気をつけて」


 レディー・シナモンと私は、代わりにポシェットから護身用拳銃コルト・ベスト・ポケットを取り出した。彼女は射撃が絶望的な腕前なので、敵に当ることはあるまいが、威嚇にはなるだろう。仕留めるのは護衛役でもある私の役目だ。


 がさっ。


 運河に臨んだ茂みから人の気配を感じたので、私たちは手のひらサイズの拳銃を向ける。

 トネリコの藪から、両手を挙げて出て来たのはアラス警察官六名で、見知った顔の人物もいた。エロイーズの殺人についての捜査で、協力してくれたロラン警部だ。


「皆様、こんな状況でも、避難なさらなかったのですか?」

「レディー・シナモンこそ……。小官達は虫どもの動きが一段落したらアラス警察署に戻り、引き続き町の治安にあたる所存」


 警察官達は、住民が避難した後、無人になった家々をパトロールして、脱走兵や暴徒からの略奪から守るというわけだ。職務の熱心さには脱帽だ。


 頭上を覆う樹木枝葉の隙間から、爆撃型トンボが数匹飛んで行くのが見えた。

 アラス市街地からは、相変わらず爆撃音が聞こえてくる。


 このスタンピードですでに、アラス周辺では数千人が死んでいることだろう。あるいは数万人かもしれない。

 女性考古学者が、殺人と判断したランティエ兄妹の殺人捜査にもはやどういう意味があるのだろうか? けれども、髭の警部は協力的で、シナモンとの情報交換に応じた。


「――なるほどレディー・シナモン、暗号ですか。するとランティエ兄妹のうち、少なくとも、寄宿学校のエロイーズ先生は、ヴィジュネル暗号を操る謎の組織に関って殺害されたわけですな」

「私は、ランティエ兄妹の兄、アベラール様の殺害現場で、妖しい人物を見かけたという証言が得られ、次いで、妹エロイーズ様のご遺体の爪に付着した犯人の皮膚から、血液型がA型であるという情報も得られました」黄金の髪を後ろで束ねた貴婦人は続けて、「例の暗号文の謎が解けました。ランティエ兄妹、あるいは、兄妹を殺害したのは組織ぐるみで、ダンケルクの町に秘密を隠しているようです」


 髭の警部は、アラス市がスタンピードにさらされる直前に、シルハ副王府警視庁のくれた情報を教えてくれた。


「そうそう、容疑者達の血液型が判りました。――画家トージがA型、学生オスカーがO型、雑誌社特派員サルド記者がO型、ナバル・カメラマンがB型、連絡将校フルミ大尉がA型となっています」


「――ということは、A型であるフジタ様とフルミ様のお二人に、真犯人が絞り込まれることにますね」


 ロラン警部は腕組みをしてから、片手を顎にやった。


「もう一つ、警視庁から情報が届いています。――アベラール・ランティエがアパルトマン代わりに間借りしていた洗濯船船室ですが、そこの親爺や常連の婆様が言うには、アベラールに借金をしていた男が浮上しました」

「その方は警視庁が、確保なされていらしゃりますの?」

「別件で逮捕され、担当刑事が締め上げ、余罪を吐かせていたところ、婆様に金をつかませ、『怪しい男を見かけたって証言』しろと命じた。実のところ親爺は死体を見ていなかった。――殺人捜査そのものも警視庁の管轄さったものを、途中から〈第五局〉が割り込んできたって話です」


 〈第五局〉といったら、副王領陸軍の諜報機関だ。

 面食らった私が、

「素朴な疑問ってものですが、警察の現場検証から離れ、諜報機関が捜査した殺人事件です。そもそも、アベラールって奴は死んでいるのでしょうか?」


 〈姫様〉は、双眸を閉じ、一連のことを整理しだした。


 続く



【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。

06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。

07 エロイーズ:被害者。アラスの寄宿学校教師。アベラールの妹。

08 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。

09 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。

10 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。

11 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン。

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