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03 紅之蘭 著 『天才紅教授の魔法講義 其の十七』

    17 洞察力


 昭和の御代。都内に学び舎を構える六義学院は、国内屈指の名家子弟・子女が集う場所。

 事件が起こりましたのは、学院卒業式直後・謝恩会のことでございました。

 当時、政財界に絶大な影響を与えておりました十七条家令息・真紀人様が、ベルサイユ宮殿を模した学生会館の踊り場に立ち止まり、居合わせた同期学生を前に、高らかにこう仰ったのです。


「ここにいる諸君に発表したいことがある。十七条グループ並びに結城グループ傘下にある各社との提携関係を解消。そして僕・十七条真紀人は、結城紅子との婚約を破棄すると宣言する!」


「お待ちください。個人的な好き嫌いはありましょうが、グループ間の提携まで解消とはそこまで、若様の御一存で、なせるものでございましょうか?」


「結城紅子。おまえが学園生活期間全般にわたって、ここにいる日村紗江にしてきた数々の嫌がらせは目に余るものがあった。そのような者が本家筋に籍を置く結城家と、これまでのような誼など、なせるものではあるまい」


 すらりと伸びた手足。美麗な十七条ノ若が言い放つと、和やかに談笑していた広間の雰囲気は一変したのでございます。十七条家の取り巻きである生徒たちは、いっせいに、

「やはり結城のオヒイ様は断罪されたか。言っちゃ悪いけどオヒイ様は、容姿・性格ともに、紗江さんには劣る。気立てのいい紗江さんこそ、十七条ノ若に相応しい」


 紗江さんは平民出自の特待生で、明るく振る舞い、上流階級子弟とも円滑に接していらっしゃった。華奢な体躯に大きな瞳は愛くるしい。対してオヒイ様は、紗江さんほどの社交性はなく、深窓の小部屋で書物を漁るところがあり、十七条ノ若にはいささか物足りなく感じたのでしょう。

 とはいえ身内びいきやもしれませんが、オヒイ様の体躯は、身長・ヘソ下の長さが一・六対一となる完璧なるプロポーション〝黄金比〟をなし、長いまつ毛をともなった切れ長の双眸。オタク傾向はあるものの学業は優秀、まさに才色兼備な淑女でございます。――紗江さんとの接点なぞ、ほとんどございませんでした。――それが今になって、とってつけたような罪を並びたてられたのですから、オヒイ様側の私としては、理不尽にしか思えません。


「事情は呑み込めませんが、私がお気に召さぬということは承知いたしました。潔く身を引くことにいたしましょう」


 踵を返したオヒイ様は、颯爽と正門前に進み、そこで待たせていたリムージン後部シートに身を任せ、結城家東京邸にご帰還なされた次第です。

 以降、オヒイ様は学業に邁進され、博士号をおとりになり、黄戸島大学教授になられ、今に至ります。


「――ああ、そういう私でございますか? 執事の世蓮せばすと申します。以後、お見知りおきを」


 紅教授って、お嬢様だったのか!


   ***


 黄戸島の港湾には定期的に、一千トン級で豪華客室四室を備えている、結城家所有クルーザーが訪れる。

 紅教授が〝お花を摘みに〟席を外したとき、随行してきた私はデッキに残った世蓮氏に、教授の過去について、根掘り葉掘り聞いた。

 すらりとしたロマンスグレイの世蓮氏は、タキシードが似合うイケオジで、私の好みだった。その人が教授の、ほろ苦い青春の一頁を語ったのだった。


「――お喋りめ」戻ってきたその人が言った。


 付け加えるならば、結城グループを裏切り、業務提携を解消した十七条グループはバブル崩壊で傾き、ブラックマンデーで解体されてしまった。十七条ノ若と日村紗江はその後、日の目を見なくなったそうだ。


「実を言うとオヒイ様は代理人を通し、株価急落した十七条グループの親会社・十七条銀行株の半分をお買いになりました」


 世蓮氏がクルーザーで帰るのを埠頭で見送った紅教授は、日傘と夏のドレス姿で、潮風にもてあそばれた髪を撫でながら、


「世蓮ってね、元は十七条真紀人っていうんだ。奥さんの紗江は、うちのクルーザー船長に雇っている」


 もしかすると紅教授は、十七条家没落を見越し、婚約破棄を受け入れた。そして同家を実質的に乗っ取ってしまったわけだ。見事な〝ざまあ〟展開。まさに悪役令嬢ではないか。


「ぎゃはは、なんちゃって。紅の妄想小説だよーん!」


 ――教授周りの連中が言うことは、どこまでが本当なんだ!


    了


《梗概》紅教授の悪役令嬢エピソード。

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