00 奄美剣星 著 『レモン彗星を気合で観る方法』
Ⅰ 夏の大三角
「夜景を観ないか?」
週末、僕・恋川は彼女である雫を誘って、夏夜のドライブに繰りだした。
市で一番高い山は、隣町との境界にある六百メートル級の時雨山で、山頂まで舗装道路が敷かれていた。
痩せっぽっちで平均よりも、ちょっとだけ背が高いだけの僕。ほかにチャームポイントはないと思う。そんな僕とつきあってくれているのは、雫の気まぐれだろうか。
職場同僚が誘ってくれた合コンで、そいつがつきあっている娘の友達三人がいた。そのうちの一人が偶然にも同じ大学時代の子だった。セミロングの髪が似合う子で、衣料品店で働いているそうだ。
山頂の駐車場にいるのは、僕らが乗った銀色のセダンだけ。
助手席に座るのは、ワイシャツを羽織り、吊りバンドのショーパンをはいた雫。
「こんな田舎で夜景って?」
麓に望めるのは、地方都市のしょぼい街明かりしかない。
Tシャツにジーンズの車を降り、星を指差す。たぶん僕は、どや顔だったことだろう。
「田舎で夜景といったら星空だ。旬のお奨めは夏の大三角。三角形の中を天の川が走っている。天の川の両岸にいるのが織姫と彦星」
夏の大三角というのは、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ。三つの一等星を結んでできる大きな三角形のこと。三角形のうちの二点は、七夕伝説で有名な織姫星がベガで、彦星がアルタイルだ。
「じゃあ、あとの一つ・デネブは?」
僕が答えを躊躇しているとその人が、クスクス笑いながら、
「間男よ」
暗がりのなか、上目遣いで僕の顔を覗き込もうとする彼女は、小悪魔系である。
Ⅱ レモン彗星を気合で観る方法
――千三百年に一度、地球に近づくレモン彗星――
ネットニュースでそんな記事を読んだ。
興味をもった私は県外の天文台で働く昔馴染に、その星についていろいろ聞いてみた。
「雫か、元気かい?」
夜、いつものように彼とスマホで通話する。
「恋太郎さん、いつごろ観れるの? どのあたり?」
「十月下旬から十一月初旬。北西から北のほう、地平線からそんなに離れていないところにある。レモン彗星は、そろそろ遠ざかるかな」
レモン彗星(C/2025 A6)は、二〇二五年一月にアメリカのレモン山天文台で発見された長周期彗星だ。同年十月二十一日に地球に最接近し、最大で四等級前後の明るさになり、双眼鏡を使えば観察可能で、条件が良ければ肉眼で見えるかもしれない。名前は、発見された観測所の名前に由来している。
すでに十一月だ。地方都市で中学・国語教師をしている私にとってのラストチャンスは、文化の日がらみの十一月初旬。市街地の北から北西にかけては、市内で一番高い標高六百mの時雨山があって視界を遮っている。幸い頂に至るパノラマラインがあるから、頂で観ればよい。
十一月一日と二日は雨模様。
十一月三日の朝は晴れ。チャンスだ!
お昼、東に雲がかかっていたのが気になった。
夕方、南にも雲がかかってきた。
小一時間かけて、車でスカイラインを登りきる。
バックミラーにやせっぽっちな女が一人映っている。
ブラウスにジャケットを引っ掛けた、少し疲れた顔のボブヘア。
フロント越しに、北西から西にかけての空に雲がかかっている。北にある山々も雲に隠れて望めない。
――ああ、やっぱ厄年だ。お祓いしておけば良かった。
休み明けは快晴だった。なんて嫌味なお天気。中学校舎三階の屋上から西の空を見上げると、あの山が望める。
恋太郎こと恋川太郎さんは大学のときに知り合った。同じ大学に通う彼は、故郷の自治体が運営する学生寮にいて、私は自宅マンションから通っていた。通学経路が同じだったので、一緒に通学しているうちにお付き合いするようになった。
細身で平均よりちょっとだけ背が高い。流し髪。まつ毛が長く中性的な容姿をしている。
その彼からメールがきた。
「そんなときは、西にある星のどれか一つをじっと観て、プィッと横に頭を横に振ってみてごらん。星に尾がついて彗星のように見えるからさ」
――あの天然!
だいたい、いつまで私を待たせるんだ。普通、三連休になったら二人で秋の旅行だろ。
左手薬指の指輪が夜の薄暗がりで、無機質に輝く。
私は一瞬取り乱したが、気を静めて言われたように、北斗星を見つめ、横に首を振ってみた。
確かにただの星が、彗星の尾のように観える。
――ああ、なに馬鹿やってるんだろ、私。
ノート20251105




