03 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 39』
梗概/大航海時代末期、英国冒険貴族ファミリーが織りなす新大陸冒険活劇。掌編連作。今回は鉱山幽鬼を退治する話。
39 鉱山幽鬼
――マデラインの日記――
「マサチューセッツ植民地では、陶磁器の原料となる長石を産出しているが、私の所有するラウドネス鉱山では最上質と呼ばれる、虹色に輝く〝ラブラドライト〟が採れ、珍重されている。経営は順調だった」
「だが鉱山幽鬼が現れ、作業を中断させた。そこで私に祓って欲しいと? ラウドネスさん?」
「さすがはロデリック様、話が早い」
ボストン市にある商会オフィスではなく、アーカムの町に近い本宅・アッシャー荘園屋敷を訪ねて来たのは鉱山主のラウドネス氏だ。彼は、そこで執れた長石をつかって焼かいたというザクセン窯の花瓶を手土産に、執務室のリビングセットの向かい側に座った。その人は、夫が奨めた葉巻煙草をせわしく吸い、むせりながら煙を吐いていた。
私の夫・ロデリックは、アッシャー男爵令子息、アッシャー冒険商会会頭、マサチューセッツ植民地桂冠詩人というのが表の顔。その実は魔法使いなのである。鉱山主の案内で、早速現地へ向かう。
商会馬車一両および騎馬護衛十騎、先方も同数の馬車と護衛のカウボーイを出していたので、ちょっとした行列になった。これだけいると、街道に潜む山賊も手出ししては来ない。途中、野営して、谷底平野を抜けると再び山岳地帯になった。問題の鉱山はそこにある。
ラウドネス氏は、
「まさか奥様までご一緒だったとは――」
「逆ではないか? ――とおっしゃりたいようですね? でも僕のような魔法使いは後方支援型で、妻のように強力な前衛が不可欠なのです」
肥った鉱山主はハンカチで汗を拭った。
夫と私は馬車から降りる際、祭礼服に着替えることを忘れない。およそこのような場所では似つかわしくない、銀巻髪のカツラと、錦刺繍のガウンを纏った宮廷風の盛装だ。
*
谷に向かった斜面にボタ山、選鉱場の小屋、坑道口。そして坑道の奥へと、トロッコ・レールが続いている。ラウドネス氏に代わって、そこからは出迎えにきた鉱山長のスターリング氏が案内する。馬車を降りた夫と私、それからカウボーイ十人から原住民ジョーら四人を選んで、暗闇の内部へと入って行く。十五度の傾斜を五五〇ヤード(五百メートル)ばかり進むと、深度一四〇ヤード(一三〇メートル)になる。坑道は途中で、何度も複数の枝線に分岐していった。
顔に傷のある偉丈夫な原住民ジョーが、
「まるで迷路だ!」
声は何度もエコーして坑道中で無気味に響く。
スターリング鉱山長は、ノッポで神経質な感じだ。「静かに! 鉱山幽鬼どもが近づいて来ます!」それから鉱山長は、「サム、エドモンド。あの落盤事故は気の毒だった。家族には補償した。いい加減に眠ってくれ。ケント、モーガン、俺を呪うのは筋違いだろ!」と半狂乱を呈している。
魔法使いの夫・ロデリックは、シェイクスピアの詩を用いている。文字の一つ一つに念を込め、単語、一文、そして詩全体で術式化し、詠唱と同時に魔法が発動する。その間、盾役である私は、両手にショートソードを構えて、夫を守った。
*
「ソネット 18番」 シェイクスピア 作/森山恵 訳
夏の日と、きみを比べてみよう。
きみの方がはるかに美しく、やさしい。
きれいな5月の花の莟も、烈しい風に揺られ、
夏のいのちは、あまりに短い。
天からの日射しは、時に強すぎることも、
金色の光が蔭ってしまうことも、ある。
ありとあらゆる美は、いつか頽れゆく、
偶然に、または自然な時の流れによって。
しかし、きみの夏は蔭ることない、
今あるその輝きが、褪せることもない、
きみが「死」の影の谷を歩むなど、「死」にも言えまい、
時を越えた詩のなかに、生きるならば。
人が生きて、目を見開いているかぎり、
この詩は生き、きみに命を与え続けるのだ。
*
夫の後ろを守っていた原住民ジョーが、へなへなと床に膝をついた鉱山長の襟首をつかんで、元来た坑道を辿って、坑道口へと出た。
出迎えにきた鉱山主ラウドネス氏が、「どうでした」と不安そうに訊いた。
ロデリックは、
「坑道のような狭く暗い空間はもともと、〝冥府への入り口〟として不安を感じる空間です。構造上、遠くの音が反響しやすく、それが〝声〟〝足音〟のように聞こえ、湿気が溜まりやすいから、突然ランプが消えたりもする。そこに来て、実際に鉱夫が亡くなったりした過去もあれば、鉱夫たちは幻覚を見、やがて共有するようになる。つまり今回の件は〝集団幻覚〟という催眠現象のようなものと言えます」
その夫が促したので私は、銀製の携帯瓶に入れたブランデーを、原住民スターリング鉱山長に少し吞ませると、蒼ざめた頬に少し赤味がさしてくる。
肥った鉱山主がほっとした顔になった。
「幽鬼退治をしなかったから代金は旅費だけでけっこうですよ」とロデリックが言ったのだけれども、鉱山主が「どうしても」というので、契約額の満額を受け取った。
*
後日、自宅の荘園屋敷にて――
夜、息子・アーサーを寝かしつけて化粧室へ行こうとしたとき、夫の執務室からランプの光が洩れていた。中を覗く。床には魔法陣がチョークで描いてあり、真ん中にロデリックが立っている。彼が、ラウドネス氏から戴いた瓶のコルク栓を抜くと、シャツに長ズボン、長靴を纏った鉱夫が五体現れ跪き、その手に口づけした。
「これから君たちは僕の使い魔だ。よろしく頼むよ」
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。実は代々魔法貴族で、昨今、〝怠惰の女神〟ザトゥーを守護女神にした。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻になる。ロデリックとの間に一子ハレルヤを産んだ。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。マデラインの体術の師でもある。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。幼馴染だという神出鬼没の謎の美女レディー・ティターニアがいる。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。




