02 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 24』
【梗概】 新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。スタンピードついに始まる。フランクリン将軍により少佐は、脱出路となる港町の守備隊長に任じられる。
24 幻覚
五十年ほど前まで、シルハ副王領の首都・同名副王府のブルジョワたちは、街を流れる川の中州にあるリゾート施設のプールサイドで涼んでいた。やがて、鉄道網が敷設されていくと、ダンケルクの砂浜が海水浴場となり、リゾート化した。
大陸鉄道は、シルハから北東へ向い、アミアン、アラス、ドーエ、リールを経由し、リールから北に折れてアーズブルックへと向かい、そこからさらに東のダンケルクに向かう。ダンケルクには港があり、対岸にあるドーバー島に、フェリーが出ていた。
四月二十五日、土曜日。
――レディー・シナモン少佐、ダンケルク市守備隊長を命ずる――
フランクリン大将閣下の命で、黄金の髪を後ろで束ねた少佐は、ダンケルク市に入ることになった。その際、将軍はリムージンを運転手付きで一両都合して下さり、補佐官である私・ブレイヤー博士もそれに同乗。町に入った。
「作戦の第一段階は、ダンケルクの町を要塞化すること。第二段階は、甲殻虫スタンピードを抑えていた前線部隊を町に撤退させること。第三段階は船団に兵士を乗せてドーバー島へ避難させること」
町の外縁に沿って西にはコルム運河と、東にはベルグ=フェルヌ運河が臨んでいる。これらの間に使わなくなったトラックや野戦砲を並べ、有刺鉄線を張って内陣とする。その外側には灌漑で耕作地化した窪地が広がっていたのだが、そこの堰を切って水を引きこみ湿地にした。
最近、軍ではパワーショベルやブルトーザーといった作業車両を導入している。工兵隊の活躍で、〝要塞〟化したダンケルクは、海岸線・東西五十キロ、奥行き・南北十キロの威容を誇るのに、一週間を要しなかった。
ダンケルク港の港湾内部の埠頭は、地図でみる限り、西港と東港と、本港に相当するカナル・ド・ブルブールがあった。防波堤は、L字になった東西二つの組み合わせで箱形をなしていた。堤防間の水路を船で抜けると、バルカンと小アジアのような半島があって、外港たる西港と東港とをなしていた。
さらに、間にある、狭い水路を抜けて入ったところに、カナル・ド・ブルブールという入り江があった。また本港・内港たるこの入り江に、埠頭が五つ、東西に並んでいた。
――兵員一千を駆逐艦に収容するのには七時間を要する。こんな奥まったところにある、爆撃の標的になりそうな、内港は危険だ。外港の東港と西港とを使うしかない。
堤防には、波が激しくぶつかっていて、漁船やクルーザーといった船舶が一隻も係留されていない。しかし大きな船ならどうだろう。コンクリートで出来た堤防から、重石をつけた糸を海中に投じてみたところ、大型駆逐艦や兵員輸送船を接岸させるのに十分な水深だと判った。
少佐が埠頭の水深を計測していたそのときだ――。
甲殻虫による大海嘯の先遣隊と目される翼幅十メートル級の〝トンボ〟が飛来。防波堤の付け根にあたる湾岸道路で待機していた、リムージン近くに爆弾化した卵〝卵弾〟を投下した。――車は爆風で横転して、また正位に戻ったのだが、中にいた運転手の下士官が大怪我をしてしまった。
レディー・シナモンと私は、下士官を後部席に寝かせた。それから少佐の運転で怪我人を野戦病院に運んでやる。
野戦病院は破壊された大聖堂の敷地内にあった。テントが設営され、従軍医師や衛生兵の他に、地元の修道女が看護師として駆り出され、忙しく動き回っていた。ベッドは足りず、地面に寝かされている者もおり、先客が息をひきとると、空きベッドを待っていた怪我人が、すぐさま代わりに寝かされた。
運転手の下士官の寝かされた包帯で目を覆われている。簡易ベッドに、医師が来て診察すると、レディー・シナモンを見て、首を横に振った。――助からないほどの重症らしい。ほどなく彼は息を引き取った。
*
暗号 PREZCMRCBABCSDRVFNBBCNAT
鍵語 Entrezu Dans la prte etroite (狭き門より入れ)
平文 Leglise de Dune(砂丘の教会)=Dunkerke
――狭き扉より入れ、砂丘の教会=ダンケルク――
野戦病院として使われている教会跡。瓦礫と化した町で最も古い教会の扉に何か秘密が隠されている……はずだった。
レディー・シナモンが解読した暗号文にあった砂丘の教会は、高さ数十メートルはあろう、正面玄関〝ファザード〟を残し、飛行型甲殻中の〝卵弾〟爆撃によって焼け落ちてしまっている。
教会の尖塔は、城でいうなら物見櫓のようなもので、往々にして敵陣をうかがう観測所が設けられる。敵もそのあたりは承知していて、真っ先に爆撃するのだ。
大聖堂は、焼け落ちなければ、さぞかし豪壮なゴシック建築であったに違いない。壁の上にあったはずの天井はなくなっていた。床にうず高く山になった瓦礫が、かつて屋根があったことを示している。ポッカリと空いた頭上から雨粒が落ちて来た。木造の扉もやはり消失していた。周りを手探りしてみたが、涙形をした石造りのアーチの扉枠と、足元の瓦礫以外は目立ったものがなかった。
少佐の横にいた私が、
「レディー・シナモン。砂丘の教会は一連の事件の終着点みたいですね」
「そのようですね」
副王領シルハの宗主国で旧大陸の西端にあるヒスカラ王国にしても、それと敵対し旧大陸の九割を支配下におく連合種族帝国にしても、諜報機関を第五局と呼んでいる。ランティエ兄妹の殺人は、ヒスカラ王国の陸軍情報局シルハ支局〈第五局支局〉が絡んでいる。
実のところ兄妹は血縁関係がなかった。そして第一次世界大戦の戦闘に巻き込まれ不幸にも亡くなった、ピェールとカトリーヌの夫妻の子供であることを装った。二人は血縁があるかのように振る舞い、兄は博打好きな副王府シルハのジャーナリスト、妹は地方都市アラスの寄宿学校教師を演じた。
洗濯船の船室で死んだことになっていた兄アベラールは、珈琲を飲んだ後に死んだということになっていた。しかし軍の〈第五局支局〉による偽装であり、実は生きているようだ。
続く
【登場人物】
01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官
02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官
03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長
04 バティスト大尉:依頼者
05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。
06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。
07 エロイーズ:被害者。アラスの寄宿学校教師。アベラールの妹。
08 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。
09 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。
10 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。
11 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン。
12 フランクリン将軍(大将):ヒスカラ王国海外領土シルハ副王国駐留軍総司令官。




