01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 19』
【梗概】
新大陸副王府シルハを舞台に、レディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士が事件捜査を行う。いよいよ暗号文の謎解きだ!
19 ヴィジュネル暗号文(洞察力)
初夏早朝のことだ。
王国特命遺跡調査官レディー・シナモン少佐と、その補佐官である私・ブレイヤー博士が宿泊していたのは、アラスのメインストリートに臨んだホテルだった。
突然の喧噪で目を醒ました。寝巻のまま窓を開け、通りを望む。すると、たくさんの車が、ホテルが臨むメインストリートで立ち往生している。さらに停まった車を縫うように、おびただしい人の群れが、首都方向へ向かって歩いている。
アラスの人口は四千人だ。それに対して群衆は数万人はいる。
――お祭りで近隣住民が押しかけている? 否、そんな話しは聞いていない。もし催しがあればサルドさんやナバルさんが教えて下さるはず。何かあったのだ。
私が寝間着から軍服に着替え始めると、寝室の机に突っ伏し、両腕を枕に眠っていたレディー・シナモンが眠気まなこをこすって起きた。
机の上にある電気スタンドはついたままで、図形や表を書き込んだA4サイズの紙が散乱していた。恐らくは徹夜したのだろう。
「ブレイヤーさん、暗号の謎が解けましたわ! 暗号文は、単一換字式暗号文〈シーザー式〉ではなく、他表式暗号文〝ヴィジュネル式〟でした。ヴィジュネルは周期判定法で解読できます。急行列車〈ラ・リゾン〉から見えたモールス信号はPRZCMRCBABCSDRVENBBCNATでした……」シナモンは意に介さず話を続けた。いつもになく興奮気味だった。「ここでです、私は、エロイーズ様のお部屋にあった、福音書にアンダーラインが施され、なおかつ、表札に鉛筆で書かれた「狭き門より入れ」を意味する一節、Entrez dans la porte etroite.〉と照合してみたのです」
ヴィジュネル式暗号文の解読には、ヴィジュネル方陣を作成し、暗号文には周期判定法〈カシスキー・テスト〉を行なう必要がある。レディー・シナモンはこれをやった。
「平文はL***、判っている鍵がE***。鍵語Enttrez dans la port etroite.と挿入してみましたの。そうしましたら、こちらでもピッタリ符合したわ」
すると荒々しくドアをノックする音がしたので開けると、雑誌社〝ラ・レヴュ〟の報道特派員の二人が血相を変えて入ってきた。サルド記者とナバル・カメラマンの二人だ。
すでに身支度を整えた恰幅のいいサルド記者が、
「外の様子がおかしいんで、フロントに降りてみたらもぬけの殻。外の連中に訊いてみると、『でかい虫の群れが迫っている。大海嘯だ。アンラらも早く逃げたほうがいい』って言っていた。――姫様、俺達も逃げますよ」
レディー・シナモンはこんなときでも律儀だ。
カウンターの上にあったメモ帳に、「後で請求書をお送り下さいね」と書き置きして、ホテルを出た。
避難民の群れの動きは単調だ。
レディー・シナモンが、先ほど私にした、暗号解読の続きをした。
「暗号文は、六行ごとに五字からなる捨字があり、これを省きますと、PRZCMRSDVFNTとなり、解読した平文は、砂丘の教会へ行け、L'eglise de Dune.となりました」
「砂丘の教会へ行け?」ナバル・カメラマンが、素っ頓狂な声で、〈姫様〉の言葉を復唱した。
「本国ヒスカラ標準語で書きますと、Let's go to dunn's chrch.――このdunn's chrchを、シルハ西部の方言にするとDun Kerke。それをまた標準語に戻すとDunkirkとなります」
「――ダンケルクか、なるほど!」サルド記者が言った。
「ダンケルクの大聖堂、狭き門は、ドアのことでもあります。扉に何か秘密が隠されていると、私は考えています」
「なるほど、ランティエ兄妹は、扉の秘密に関係していて、それが原因で殺されたってことか!」
「すんげーっ、暗号を解読しちまったよお。〈姫様〉すんげーっ」ナバルが奇声を上げた。
「サルド様、ナバル様。私、お二人にお謝りしなくてはなりません。貴男がたを容疑者として見ていました。だけど……」
若い貴婦人が言葉を終える前に、雲の隙間から、トンボの形をした巨大な羽虫が飛んできて、急降下爆撃をした。そいつの特徴は急行下の際に〝悪魔のサイレン〟という鳴り物を鳴らすのだ。卵を体内で改魔造した爆弾が投下され、たった今、私たちが出てきたばかりのホテルに命中させた。悲鳴があがり、建物の上階が吹き飛ぶ。
瓦礫飛んで、通りにいた避難民にも当たり、少なからずの死傷者が出た。生き残った民衆は噴煙の中でパニックなった。そのためレディー・シナモンと私は、サルド記者とナバル・カメラマンの二人を見失ってしまった。
続く
【登場人物】
01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官
02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官
03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長
04 バティスト大尉:依頼者
05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。
06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。
07 エロイーズ:被害者。アラスの寄宿学校教師。アベラールの妹。
08 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。
09 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。
10 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。
11 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン