02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 37』
〈梗概〉大航海時代末期、英国冒険貴族ファミリーが織りなす新大陸冒険活劇。連作掌編。今回はマデラインの回想。
〈梗概〉 大航海時代末期、英国冒険貴族ファミリーが織りなす新大陸冒険活劇。連作掌編。今回はマデラインの回想。
37 バランス
――マデラインの日記――
「マデラインお嬢様、今日からここが貴女のお家です」
軍人だった父が戦死して、後を追うように母が亡くなり、馬車で出迎えに来た執事のアランに手を引かれ、里子として遠縁の親戚に引き取られたのは、七歳のときだった。
お屋敷は湖水地方にあり、そこにはアッシャー男爵家嫡子の養父母、そして義理の兄となるロデリックがいた。
このころの結婚相手というのは、親戚間で、年の近い子供を許婚にするのが普通だった。
そういうロデリック兄様には、キャサリン様というイトコにあたる方がお相手になっていいて、お屋敷にはよく出入りなさっていた。
彼女は赤毛の縦巻ツィンテール。子爵家のご令嬢だった。私を妹のように扱って下さり、おそろいのエプロンドレスを羽織っていたものだった。
*
ロデリック兄様がなぜ、キャサリン様とご結婚なさらなったかですって?
それはもう一人、お屋敷に出入りなさっていた、ロデリック様と同じ年ごろの伯爵世子ベン・ミア様の存在が問題だった。お二人はそろって、オクスフォード大学神学科に入学し、同じ寮に寄宿。そして深い仲になった。
その事実はやがて、キャサリン様のご実家の知るところとなる。当時、その手の関係は犯罪で、場合によっては死刑になるような案件でもあった。ロデリック兄様が大学長期休暇期間になると、婚約者のキャサリン様が男爵家へ遊びに来たりもしたのだけれども、卒業近くなるころ、パタリと来なくなった。
卒業直後、子爵家から使者がやってきて、正式に男爵家との縁談は破談になった。
*
婚期に達した私は男爵であるお爺様のお部屋に呼ばれた。
中に入ると、ベッドに半起きしたその人が、
「ロデリックはあの通りだが、やつを男にできるのは、おまえしかいない。新大陸には儂が昔いた、アッシャー家中興の地となった荘園がある。そこであの子を更生させてやってはくれまいか」
お爺様はすでに、北米マサチューセッツ植民地行きの船の登乗チケットを三枚用意なさっていた。湖水地方の屋敷から街道を南下してブリストル港へ向かい、そこでガレオン船に乗る。乗ったのはロデリック兄様、私、それから執事のアラン。義理のお父様とお母様のほかに、お見送りして下さったのは、ベン・ミア様だけだった。
船が出て行くとき埠頭の先端で、若い貴婦人がハンカチを振っているのが目に映った。キャサリン様だ。
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。実は代々魔法貴族で、昨今、〝怠惰の女神〟ツァトグゥア(ザトゥー)を守護女神にした。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻になる。ロデリックとの間に一子ハレルヤを産んだ。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。マデラインの体術の師でもある。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。




