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01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 22』

【梗概】


新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。スタンピードついに始まる。

    22 均衡


 王国特命遺跡調査官レディー・シナモン少佐と同補佐官である私・ブレイヤー博士は、殺人事件の調査のため訪れた辺境の町アラスで、甲殻虫の大海嘯スタンピードに遭遇してしまった。先の大海嘯のおり用いられた坑道を使い、郊外の森へ脱出。そこから、植民地駐留軍の拠点・ダンケルクへ向かって避難することにした。


 途中、住民が避難して無人となった集落に立ち寄る。

 黄金の髪を後ろで束ねた貴婦人が、ポシェットから手袋を取り出し、落ちていたガラス瓶を割り破片を拾った。


「押圧剥離? 姫様、何を?」


 フレーク状になった石片に、角や小枝のような道具を使い、溝状の傷を穿ってゆく。そうすることでミリ幅の縦長なチップが剥がれ落ちてゆく。押圧剥離技法という。後期旧石器時代に確立された石器製作技術で、弓矢に使う石鏃なんかが作られた。


 田舎道沿道の畑には等間隔で竿が刺さっていて、鳥よけに使っていたと思われる凧糸が、張ってある。それを拝借。用水路に自生していたトネリコの枝を折って、ポシェットに納めていたバタフライナイフを取り出して削り、弓矢と矢柄を作る。器用なものだ。矢柄先端の一方に石鏃をはめ込んで凧糸で固定、もう一方には羽を差し込む。


 落ちていた空き缶に、畑のミミズや虫を集め、用水路にばら撒く。すると水面に、鯉が顔を上げてきた。そこを狙って弓矢を放って仕留めた。姫様は、重火器を扱うのは折り紙付きの下手くそだったが、なぜだかアーチェリーは得意だった。


 ガラス質の岩石〝フリント〟は、近代において、フリントロック式の発火装置になっていた。フリントに金属をぶつけると火花が散るので、火薬などの可燃物に引火させれば、燃焼する。


 考古学者であるレディー・シナモンは、道端に落ちていた木端を拾い集め、松の葉を炊きつけに使って焚き火した。そこに腹を割いた鯉を串刺しにして炙り、柏の大きな葉に包んで紐で結わえた。


「二日分の食料になるかな――」

 ワインやビールの瓶が路地にいくらでも落ちていたので、洗って、木の枝で栓を作り、これまた落ちていた布紐で水筒を作った。

 レディー・シナモンに出会った人は、誰もが、深窓の令嬢のような第一印象を受ける。しかし、育ちの良さからは考えられない、ワイルドな一面があった。


     *


 トンボタイプの甲殻虫がこのあたり一帯の制空権を得ているようだ。

 斥候だと思われる一体が上空をかすめたので、姫様と私は、麦畑に身を潜めた。 それがサイレンのような音とともに急降下し、地面すれすれをかすめて、急上昇する。その際、男の悲鳴が上がった。

「捕食されたか。姫様、脱走兵があたりに潜んでいるようです。お気をつけくださいませ」

 その人がうなずく。


      *


 村外れの未舗装道路がオーク林にさしかかったところは岐路になっており、板で出来た道標は朽ちて、杭の下の草むらに落ちていた。そこに森番の小屋があり、軒先で、レディー・シナモンが、ポシェットから地図を取り出しコンパスをあて、現在地を確認していたときのことだ。

 二人組フランス軍脱走兵が、片腕でヨダレを拭って姫様を見た。

「マドモアゼルが、食い物を持ってやってきた」

 山賊化した脱走兵が突進を始めた。慰み者にしようとしているのは明らかだ。二人は、有効射程三百メートル、ボルトアクション方式・装弾五発のMAS制式小銃を装備している。


 ――連中は可憐な姫様に目を奪われていて、私には気づいていない。


 私が目配せすると、姫様がウィンクで返す。

 私や姫様が護身用に携帯している制式拳銃は、ベストのポケットに収まることから命名されている。ストライカー方式・装弾六発のコルト・ベスト・ポケットで、軽量小型だが、そのぶん命中精度が低く、至近距離でしか標的に当たらない。

 十数メートル先に小屋がある。

 軍での階級こそ少佐だが姫様は、銃で人を撃ったことがない。レディー・シナモンがそこへ駈け込んで内鍵をした。

「隠れても無駄だよ、小兎ちゃーん」

 埃と垢で汚れた軍服の襟首、ニコチンで黄ばんだ歯、無精髭。二人の〝山賊〟が慰み者にしようと扉を蹴破る。

 姫様を干草に押し倒そうとした。

 私は後ろから二人を射殺。にやけた顔のまま双方とも床に突っ伏す。

 かくして私たちは小銃二挺を手に入れた。不良脱走兵とでくわしても、牽制程度にはなる。


     *


 新大陸シルハには先住民エルフ族の遺跡が散在している。

 巨石記念物はかなり古いタイプの遺跡だ。巨石記念物で最も多い遺構は立石で、そのうち頭部に笠みたいな横石を置いたものがドルメン、立石を輪にして並べたものが環状列石だ。

 アラスの町とダンケルクの町の中間地点まできたころだった。街道沿道で森にかかったところに、高さ三メートルはあろう立石があったので、レディー・シナモンが頭を垂れ、敬意を示した。

「今夜はここで野営しましょう」

 前日に捕った魚の焼いたものを平らげると姫様は、私の肩にもたれかかって眠ってしまった。初夏ではあるのだがまだ夜は冷える。風邪をひかねばいいのだが……。

 星空だった。

 やがて主力戦車マチルダⅡ多数の音がした。


 ――脱走兵? 戦車ごと奪って逃走している? けれど、うまくいけば乗せてもらえるかもしれない。


 私は姫様を起こした。

 新大陸駐留軍にフランク少将という人がいる。少将率いる機械化部隊からなる迎撃軍が私たちが向かっているダンケルクに、今まさに撤収しようとしていた。

 なんという幸運なのだ!

 途中、斥候が、林のなかの立石の根元に潜んでいた、クロッシュ帽を被った、レディー・シナモン少佐と私を保護したことを、マチルダⅡ戦車に乗っていた、少将に報告した。


「――立石には女神が宿っているという伝説がある。女神の名はシナモンというようだな」


 しかし酷い格好だ。優美な貴婦人も、さすがにここのところの逃避行で、すっかり服が汚れていた。少将は、補給係の下士官に命じて、真新しい軍服を姫様と私に渡した。


 続く

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。

06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。

07 エロイーズ:被害者。アラスの寄宿学校教師。アベラールの妹。

08 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。

09 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。

10 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。

11 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン。

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