02 紅之蘭 著 『天才紅教授の魔法講義 其の十九』
梗概/黄戸島村立大学魔法科講師・紅教授と助手・フラ子の日常。
19 可憐
よく私・結城紅子は学校同期から、在学中とまったく変わらないと言われる。
学校というのは、多摩市の外れにある東京魔法大学だった。
二年生のとき、ゴールデンウィークにさしかかる少し前。
十階建ての図書館棟の一、二階が学食になっている。二階の端にガラス壁で仕切られたカフェがあり、当時つきあっていた彼とよく待ち合わせたものだった。
「紅、今度の日曜日は動物園に行かないか? 菖蒲と藤の花が見ごろなんだって」
「島村君、いいよ」
島村は細マッチョというやつで、赤いシャツと白のジーンズ、スニーカー。必要最小限のテキストと筆記用具をだけ入れた小さなリュックを右肩に掛けていた。
遠くにある高尾山をぼんやり望んでいると、円卓に肩肘をついた編みおろし髪の私が、ガラス窓に映っている。アンニュイ・フェイスだ。
動物園や水族園デートをしたカップルは、直後に別れるというジンクスがある。でも、せっかく誘ってくれたのだ。私はパチンと頬を両手で叩く。
「どうした?」
「気合をいれた」
「紅って可愛いよな」
「馬鹿」私は珈琲フロートのストローをくわえる。
島村が嬉しそうに微笑み返し、私に続いて珈琲フロートのストローをくわえた。
ライオンの親子がコンクリートの円形ドームにいる。成獣のツガイが二頭。仔が二頭。
人もまばらな順路を私と島村が行く。
「ライオン家族、ずっと私たちを目で追っているね」
「僕って美味しいヤツだろ。だからだよ」
「確かに島村君は美味しいヤツだな」
「それって、どういう意味?」
「こういう意味だよ」
こっちを向いたノッポさんに、私の唇を重ねてやった。
*
「掌編小説大賞応募作にだしたんだ。率直な感想を聞かせて欲しい?」
図書館棟の最上階である十階に私の教授室がある。南に向きの大窓に向かってデスクがあり、東西両壁際に書架、そして出入口のある北壁に寄ったところにリビングセットが置いてある。
外見上、小学六年生に見えるロリロリなショートカットの助手は、本当のところ、二十六歳である。私とお揃いの白衣姿だ。ソファに座った彼女・縫目フラ子が、スマホから目を離した。フラ子が読んでいたのは、小説投稿サイト「ナルタロウ」にアップした私の掌編作品だ。
「これって、妄想小説ですか?」
期待に反して彼女は、呆れ顔になっている。
――おかしい。会心のできだったはずだが……。
了




