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友人との思い出

作者: 岩隈大介

 七年前、高校時代十六歳で知り合った親友が六十一歳で他界してしまった。 今でも夢に出てくる親友が、時々俺を助けてくれる。

 熱帯夜、国道十七号線を埼玉県から戸田橋を渡り東京都に入る。愛車のレブル250は、志村坂下の上り坂をギアを二段落としフルスロットルで上りきった。

 六十八歳という、この歳になってもバイクに乗るのが好きな現役ライダー。車は持っているがめったに乗らない。

 百六十センチの小柄な体形でありながら、五十二年もの間バイクに首ったけだ。

 ライダージャケットで包まれた老体は、外観からは誰がこんな年齢の親父がバイクで走っていると思うだろうか。

 真夏のバイク走行では、半そでやラフな服装で乗るバイク族が多いが、俺はいつでも万が一の転倒などを考え防護服のようにきっちりとライダージャケットを着用している。

 愛車のレブル250に乗って風を切るこの加速感はバイクでならの醍醐味である。この姿は誰もが気持ちよさそうだと思うだろう。

バックミラーを時折見ながら、パトカーや覆面が急接近してこないかを確認しながら走っていた。

深夜なので車も少なく走行している時は暑さも我慢できる。でもジャケットの内側は蒸し風呂のようでとても熱いのだ。走行している時は風によって熱さを軽減できるが、信号などで止まった時は地獄のようだ。そんなとき泳いでいるのをやめたとき死んでしまうというマグロの話を思い出す。志村坂上を過ぎ赤信号で停車した。 

右肩に「かさっ」と何かが触れた気がした。

風で飛んできた紙屑か何かだろうと、特に気にもせず青に変わった信号をアクセル全開で発進した。

そんな時だ、首筋をカサカサとくすぐられるような感触がして「むっ、なんだ」

走行中だが肩で首筋をこするようにあてた。さっきの信号待ちの時に、枯れ葉でも肩にのり、それが風に押され汗をかいた首筋にはりついたのだろうと思い、そのまま走り続けた。しばらくするとそれがのど元から首の方向へずれてきた気がして「あれ?」と思ったその時、ヘルメットのシールド内側の目の前二センチのところに黒い影が現れた。影ではなかった、大きなゴキブリだ。背中は黒光りし、触覚が小刻みに動いている。

思わず「うぁー」と大声を出しバイクを側道に停車し、かぶっていたヘルメットを地面に投げ捨てた。

 バイクを停車した場所は自宅まであと二キロ弱の板橋本町を過ぎたあたり、真夏なのにゴキブリのせいで身体は寒気をおこしている。生ぬるい地面に腰掛け、ティシュペーパーでヘルメットのシールド部分を丁寧に吹き上げた。足跡などあるはずないが、ゴキブリが歩いたであろう面を入念にこすり拭く。

国道一七号線の路肩の車道と歩道の段差に腰掛けゴキブリの出現で荒くなった息を正常に戻す為しばらく休むことにした。時々車が通るとぬるい風が吹く中、目を閉じていると、ウツラウツラとし、周囲の音が遠くなっていった。眠りに負けず夢の中へと落ちたようだ。

この近所に、七年前に他界した友人の村木芳文の家があることを思い出していた。

 彼とは十六歳で出会い高校、大学と共に学び遊んだ仲だった。

 高校へ入学した初日に、とても不安な気持ちでの中、となりの席に座っていた芳文。

 座っていても、身長が高いのがわかった。

手足、首が明らかに自分より長い。背の高い奴だなと思いながら見ていた。となりの奴はおそらく俺を見て

「なんて小さな奴なんだ」と思っていただろう。そんな時、目が合った。

「あっ、俺。川添賢治、よろしく」

「俺は、村木芳文。こちらこそよろしく」と

とっさに自己紹介をした。先生がくるまでの間に沢山の会話が交わされた。

 村木は板橋区から、俺は北区から来ているという話になり

「小学校五年の時に、俺の席の隣に座っていた君と同じぐらいの背丈の奴がいて、板橋区へ引っ越し転校したんだ。なんかとても寂しい思いをしたよ」

「北区と板橋区は隣り合わせだからね、近くへの引っ越したんだけど、寂しさを感じる転校だったんだな」と芳文は会話をつなげてくれた。

「こんなこと初対面の相手に話すことじゃないけど、そいつすごく毛深くみんなから、毛男と呼ばれていたんだ。板橋区と聞いてそいつを思い出したよ」

 芳文は、ちょっと不思議そうな顔つきになった。

「そういえば、小学校五年の時、俺と同じぐらいの背丈の奴が転向してきたよ、そいつもちょっと毛深く、一部の奴が毛男星人とか言っていたな」

「もしかして、そいつなんて名前」

「澤田という奴だったよ」

 俺は「澤田って、名前は康夫じゃない?」とびっくりしながら言うと

「そう、毛男星人は、澤田康夫だよ」

 本当に、偶然だった。小学校時代に、俺の横に座っていた澤田と言う男が、転校した先の学校では、今、隣に座っている村木芳文の隣に座ってたのだ。

 この偶然がきっかけで、二人はとても親しくなった。高校、大学と同じ学校へ進み、バイト先も、俺が探してくれば、しぶしぶではあったが、一緒に働き、旅行へ行ったり、バイクで走り回ったり、ディスコへ通い飲み歩いていた。大学卒業後も、連絡を取り合い、年に二回程度はカラオケ行ったり、飲み会う仲であった。

 そんな彼がだ、突然の病にたおれ、六十一歳の若さで他界していった。戸田橋近くにある火葬場で通夜、お別れの会を行った。今でも信じられない。

突然「久しぶりだな」と目の前に現れそうだ。  

ついさっき、村木のお別れ会を行った火葬場の近くを走行して来たばかりだ。

高校生のころ火葬場の近くにある河川敷で二人はモトクロスの練習をしていた。 

その時、彼の乗っていたバイクはヤマハのAT125、二サイクルエンジンを搭載したあの「カーン」と鳴るような、かん高いエンジン音は今でも記憶に残っている。


 西武池袋線の椎名町駅から学校へと向かって歩いていると、ポンと誰かに背中をたたかれた。

 振り向くと、同級生の村木芳文が「おはよう」と長身の顔から三十センチ身長の低い俺に笑顔を向けている。

「ヤングマシン持ってきたぞ」

 俺も、持っていたマジソンバックに指をさし

「モーターサイクリスト持ってきたぞ」と返事をした。

 両雑誌は月の初めに発売されるオートバイ誌。一人で二種類を購入すると負担なので、それぞれ好きな方を購入し、俺と芳文は発売後七日目ぐらいに、両誌をを交換して読んでいる。芳文は、ヤングマシン派、俺はモーターサイクリスト派となっていた。

もう一誌「オートバイ」と言う雑誌が販売されていたがこの本はとなりのクラスにいる西沢と言うバイク仲間と雑誌の共有をしていた。

三人のバイクの好みはそれぞれ異なり、自分の好みのバイクの話になると、それぞれの長所、相手のバイクの短所などを言いながら、バイクトークバトルが始まる。

「俺は、二サイクルが好きだ。あの加速力がなんとも言えない。特にヤマハのオフロードタイプに乗りたい」と芳文が話すと、俺はその言葉に対し

「俺は絶対四サイクルだ」

「出足が悪いぞ」と芳文が言うと

「それは言えるが、スピードが乗れば静かで安定した走りができると雑誌には書いてあるよ」と俺は言葉をかえしたが、本当のところは、俺は足が短いので、車高の高いオフロード車には、はなっから選択肢はなかった。それがロードタイプを選ぶもう一つの理由だった。

 その二人の会話を聞きながら、西沢はくすりと笑う。

「好きなデザイン、排気量に乗ればいいんだよ」と

 西沢はもうすでに、小型自動二輪免許を取得しスズキのハスラー90というオフロードバイクに乗っていた。芳文はオフロードが好きなので、西沢の家に来るとバイクにまたがしてもらい、エンジンをかけ何回もアクセルを回し、二サイクルの甲高いエンジン音に酔いしれていた。賢治もまたがしてもらったが、つま先がやっととどくのがやっとだったのでその時から、乗るのはロードタイプと決めていた。

 それを見ている西沢は、二人に

「まずは、免許を取得しないとね」と得意気に話し優越感に浸っていた。

 学校からの帰り道、来月から教習所へ行かないかと芳文から言われ、二つ返事で承諾する。

 翌月、予定通り二人は、大型自動二輪免許を取得するため、高島平にある教習所へ通い始めた。

 教習車両はホンダのCB350だった。芳文は

「オフロードをなんで使用しないのかな? 違う車種だといいんだけどな」と文句を言っていたが、CB350を教習所で乗っている彼の走りを見ていると、とても嬉しそうだった。なかでも「一本道」と呼ばれるコンクリートできた、幅三十センチ、長さ十五メートルの細い橋の上をバランスよく乗りこなす芳文の姿はとても嬉しそうだった。俺は、四メートル間隔で置かれたパイロンの間を、縫うように連続してリズミカルに走るスラロームの課題が好きだった。急制動や坂道発信なども難なくクリアし二人ともスムーズに見極め印をもらい、卒業検定も合格し、念願の大型自動二輪の免許を取得することができた。

 あとはバイクを入手するだけ、芳文はヤマハのAT125を購入することに決め、俺はまだ購入車種を決めかねていた。先立つものは、バイクを買うための軍資金だった。

 二人ともバイク購入資金をつくるため、北区滝野川にある。イイトモ百貨店で、品出しのアルバイトを始めた。

 バイトは、夕方六時から九時まで、大学生が数人働く中での仕事だった。ついこの間まで中学生だった二人にとって、大学生のお兄さんや、スーパーの社員さんの中で働くことは興味深いものばかり、バイト代をもらいながら数多くの社会勉強をさせていただいた。

 

 六ヵ月後、二人は念願だったバイクを購入した。芳文は予定通りヤマハのAT125を新車で購入。俺は学校近くのバイク屋の店先に置かれていた、中古のホンダCB125S、四サイクル単気筒のモデルを購入した。

 

 ロード派の俺は、モトクロスはあまり好きではなかったが、芳文の強い誘いを断れず荒川河川敷でモトクロスの練習をしていた。

 バイクは、西沢の所有するハスラー90を借りていた。

二人は荒川河川敷でモトクロスの練習をして荒れた道を走っていた。

バイクのステップに中腰で立ちながら、後ろをマイペースで走行している俺に

「オフロードって、面白いだろう」と泥んこになったヘルメット姿の顔がとても嬉しそうだった。

アップダウンの荒れた道を走行、走りに夢中になり気がついたら、辺りは真っ暗になっていた。は飽きがきていたので、

「そろそろ帰ろうか」と帰り支度を始めていた。

 その時だった。河川敷の草むらで、カサカサと音がして高さ四〇から五〇センチぐらいの位置に「キラッ」と光る目のようなものがみえた。犬や猫の眼なら地面から二〇センチくらいの位置のはず。その倍の高さでキラリと光る怪しい物陰。

 二人は「なんだろう?」と顔を見合わせた。

河川敷に住むという噂の妖怪だろうか? と乗っていたバイクのヘッドライトを謎の眼のある方向に向けた。

「えっ、うそだろう」

その正体を知った二人は唖然とした。

そこには真夏にも関わらず、古びた黒い長そでの服を着た老人が、野糞をしていたのだ。

その老人はライトの方向に首を後ろ向きに尻を出した状態で、大きく手をふりかざし怒っている

「なにライトあてているんだ」と間の抜けた格好で怒っている。

その姿に二人は先ほど感じていた恐怖心を大きな笑いに変えた。

「ごめんなさーい」と言いながら、乗っていたバイクをアクセルターンで方向をかえ走行。

「そろそろ帰ろうか」と二人は

「野糞怪人見たしな」と再び大笑いしながら河川敷をあとにした。

 国道一七号線を二人は、志村坂下をかん高い二サイクルエンジン音を発しながら上って走る。バックミラーを見ると、二サイクルエンジン独特の白煙が映し出されている。

 一七号線と環状七号線の交差点で芳文は右折していく。

「またな」というように手で合図をして、このあたりで別れ、二人はそれぞれの家へと帰った。


 ちょっと居眠りをしていただけなのに、高校時代の思い出が、いくつも映像のように頭の中に浮かび上がっていた。すでに先ほどの心の動揺は落ち着いていた。

 若いころは、怖いもの知らずだった。

 今の世の中、怖いものだらけ。車の性能が良くなったから猛スピードで走る暴走車や、急に飛び出してくる配達自転車、そして、目に見えない癌などの病気。

「芳文、なんで癌なんかと友達になったんだ。六十一になってもいっしょに遊び続けていた俺がいたのによ。十六で出会い六十一で別れかよ、早すぎたよ」


 遠くの方から、昔、芳文が乗っていたAT125のエンジン音が聞こえた。そのバイクを目で追うがもう遠く、ぼんやりとしたピンクのナンバーしか見えない五十数年前のバイクをまだ乗っている人がいるんだと思いながら気を取り直し、バイクにまたがり、セルスイッチを押して、エンジンを始動し再び、国道十七号線を走りだした。

 先ほどまでは、スロットル全開で制限速度を超え走行していたが、あと二キロほどの自宅までは、何かのんびりと走行したい気分になっていた。

 板橋区役所を過ぎたあたりで、何気なく左側を見ると、そこでは、早朝なのに警察の取り締まりが行われていた。飲酒運転の検査だったが、先ほどみたいな猛スピードで走行していたら大変だった。

 あのゴキブリに遭遇しなければ、おそらく深夜の国道を高速で走り、きっと捕まってしまっただろう。あのゴキブリは他界した芳文が「スピードの出しすぎはダメだよ」と天国から忠告してくれたのだろうか? きっとそうだったんだろう。

「わかったよ」と空に向かいつぶやいたとき、前方の空に流れ星が走っていった。


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