我在古事記
五月晴れのスカイハイな空を見上げて、鈴は珈琲を注文した。待ち合わせの時間まで、後5分位だ、少々苛立って、お財布の小銭をカウンターの上に音を立てて派手に置いた。
「お待たせ、ハイラッキーミルクだよ」
「有難う」
渡されたカップのストローに口を着けて吸い込むと、甘くて苦い珈琲ミルクの味と鼻に燻った香りが突き抜けて鈴は笑った。
「やっぱり、此処のじゃなきゃね、場所移るときは教えてね」
手を上げて踵を返し、待ち合わせの場所に向かうと、背後で「毎度っ」と威勢の良い澄んだ声に後押しさ
れた。白いワンボックス車が鈴の前に音も無く止まると、ウインドウが開き、運転席の生徒会長が手招きする。鈴はドアを開けて言った。
「茶木会長、久しぶり。喫煙車でしょ?」
鈴が乗り込むのを待って、茶木は煙草に火を着けた。
「当然、揃ったし、行こうか」
鈴が後部座席を振り返ると、右手を上げた夜見副会長が笑った。
「同窓会名簿でね」
「聞いたよ。今時と思うけど、個人情報保護法にひっかからないかなって心配なんだよ。」
「でねー、運転しながらだと悪いんだけど、これ見て」
夜見がカーナビを指さす。ザザッと音がして鬼面の着物姿が写され山車が鳴る。スピーカーの音が良いのか、重低音の声で流れた。
『校~~~~~立~~~~~~~百三十年~~~~~・・・』
ポンと鼓の音が聞こえて掛け声とともに舞う。舞の拍手とともに座敷に数人の制服姿の 子達が丸く輪を作って座って言い出した。
「先生、百年じゃないんですか?」
倉先生の顔が映し出される。
「子曰く我想う故に?よく考えて話し合いなさい。」
学生達が俯きながら言い出す
「子曰我在り故に我或る」
むぅと一人の子が言い出す。
「我想う故に吾有る」
ふむというと、鼓がポンと鳴った。長い沈黙の後一人また言う。
「我在り故に吾有り是疋」
「我想う戸瀬故に石」
閃いた顔をした最後の子が言った。
「我窯儘是吾在り良し」
ポポンと鼓が鳴った
「先生」
全員が先生が見る。すると鼓を手に取った倉先生が言って鼓を打った
「是良し」
ポンと鳴って、座敷に布団が持ち込まれた。全員で、布団を敷いて枕を置くと先生が電話に出ると言って出て行った。
一人が枕を掴み、人に投げる
「虎投げっ!」
「やったな,
甲羅投げ!」
枕が、飛び交う
「抜刀!」
一人が、布団を広げて応戦する。
「朱雀羽根!」
「先生来た!」
龍先生の叫び声が劈いた。
「こらーっ!止めなさいっ」
画面が暗転して、ロールが流れ始める、最後に紋章入りの学校名が大きく映し出された。鈴は言った。
「これ出す?みんな悩んで自殺者でるんじゃない?」
「うん、廃校式典に出そうと思って」
「なんか物足りない」
鈴が音を立てて珈琲を飲んだ。
「エンドロールにさ、唱歌入れたら?」
「あ、そうしよう。」
茶木が笑って車を止めた。目の前には黄昏色に染まった夕陽に、海が灘いてオレンジ色を放ちながら陽が沈んでいく。茶木は煙草の煙を思い切り吐き出して言った。
「後談、倉先生が外れた時にさ、御関所行って、龍先生に話したらしい。そしたら倉っち舌舐めずりしてアルコール崩れの龍先生、水飲んで自分の顔叩いて行ったらしいものな。夜見どう?」
「編集間に合わない。唱歌これ使っていいかな。歌うか」
学校唱歌が流れて、3人は涙目で声を揺らしながら謳った。陽が沈み、明け沈みの空と海が灘いていた。